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2018年5月12日 レポート

トリエンナーレスクール vol.02 『アーティスティック/ディスカッション 地域を作る対話方法』

2018年3月18日(日)トリエンナーレスクール・レポート

あいちトリエンナーレ2019に向けたトリエンナーレスクールの第2回目を、名古屋市美術館にて開催いたしました。あいちトリエンナーレ2010から、現代美術を紹介するスクールとして始まり、トリエンナーレファン以外にも浸透しつつある今スクールは、2018年から内容編成を少し変え、「聞く・考える・話す・共有する」ことを、より積極的に参加者を巻き込んで行っていきます。

第2回目も、進行役の会田大也さんからスクール全体の意図と、今回のテーマについて紹介がされたのち、ゲストの堀見和道さんから、地域住民と共同して行う「まちづくり」についてトークしていただきました。

第1部のトークを受けて、第2部ではワールドカフェ方式で参加者全員によるディスカッションを行いました。

<概要>
あいちトリエンナーレ2019 トリエンナーレスクール vol.02
2018年3月18日(日)14:00-16:00
『アーティスティック/ディスカッション 地域を作る対話方法』

ゲスト:堀見和道(ホリミ カズミチ)
高知県佐川町長(現職2期目)。
2013年の就任以来、佐川町のまちづくりの指針となる「総合計画(マスタープラン)」を住民・役場職員一丸となってつくり上げた。
この成果は「みんなでつくる総合計画」としてまとめられ、2016年度グッドデザイン賞を受賞。

進行:会田大也(アイダ ダイヤ)
ミュージアムエデュケーター。
2003年開館当初より11年間、山口情報芸術センター(YCAM)で教育普及を担当。
さまざまなワークショップを企画、「コロガル公園」シリーズでは2014年度グッドデザイン賞を受賞。
2014年より東京大学大学院ソーシャルICTグローバル・クリエイティブ・リーダー[GCL]育成プログラム特任助教。
あいちトリエンナーレ2019 キュレーター(ラーニング)。

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<スクールの様子>
(以下はトークやディスカッションの様子を簡単にまとめたものです。詳細を知りたい方は<第1部:トーク内容>以降をご覧ください。)

「まちづくり」という言葉が聞かれるようになって久しいですが、住民が全員参加して行うまちづくり、というのはあまり例をみません。
人口13000人(平成29年)の高知県佐川町において、なぜまちづくりの総合計画を、住民を巻き込んで作成することになったのか、そしてどのように実現されたのか、現場の話も交えつつ、実現するために必要な心構えやキーワード、ポイントといったことを中心に、堀見さんに語っていただきました。
堀見さんは高知県の佐川町に生まれ育ち、大学から県外へ出て、25年間東京や静岡などで暮らされ、その間会社の経営をされました。そこでの経験が、佐川町でのまちづくりにつながっていきました。

ご自身を「不遜な人間だった」と振り返る堀見さんですが、とある会社にいたとき、その社長が自分を上回るワンマンぶりで、辛い経験をされたようです。堀見さんはそれを反面教師とし、逆にみんなで一緒に目標をたててそこへ向かって進んでいくことがいいのではないか、ということに気づきます。
その後、静岡では青年会議所にいたおりに、市民から代表者を選んで市民討議会を行い、市民の声を市政に反映させる活動に携わります。そこではファシリテーター(*)という役割にはじめてのぞむことになりました。課題に対して様々な意見を出し、議論しあい、最終的に参加者全員で合意形成をはかり、解決策を見出していくそのプロセスに「これだ!」と感じたとのこと。現在も佐川町役場の職員などがファシリテーションの研修を受け、佐川町のまちづくりに活かされています。
ファシリテーションに加え、リーダーシップについてもやはり堀見さんが自身の経験から得たリーダー像が浮かび上がりました。

会社経営をするときにはリーダーシップが必要ですが、リーダーがやることは、ゴールや目標を明確に示すこと。様々な考え方や能力を持った人々が協働するときに、方向性さえ間違わず、共通のゴールさえあれば、一歩一歩これに向かって積み重ねることができます。
つまりは大きなリーダーシップが必要になってきます。そうしてはじめてチームが機能することができるわけです。

佐川町のまちづくりにおける思いは「チームさかわ まじめにおもしろく」という言葉に込められています。佐川町の総合計画を表現する言葉をつくるために、多くのアイディアを出して練られて生まれた言葉ですが、佐川町13000人が一つのチームとして機能することをイメージしています。
いいチームとなるためには、いいリーダーシップはなくてはならないものですが、それ以外に「自分ごと」で動く、という主体的な意識が必要です。なぜこうなんだ、ああなんだと文句は言えても、それを自分で考えて行動して変えていくという人はあまりいません。役所の仕事に対して文句を言うけど、どう解決すればいいかは考えない。「他人ごと」でものごとを捉えたり考えたりしていては、いいまちにならない、ではどうすればいいのか。

そう考えたときに思い至ったことが「みんなでまちの総合計画をつくる」ということでした。
いいまちとはどんなまちか、まちづくりの目的とは何か、ということになったときに、堀見さんが考えたことは、今よりも将来少しでも幸せになること、でした。

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幸せに生きているのかを測る指標が世界的にも制定されていますが、日本で暮らす人々の価値観や幸福観にあわせた新たな指標を作成し、佐川町でも幸福度を測るということを実施します。
佐川町の総合計画は10年間ですが、10年後に同じ方法で幸福度を測った時に、あがっているのか、さがっているのか。自分の住んでいる地域の幸福度とあわせて気になるところです。

トーク後半にはYoutubeから「さかわ発明ラボ」を紹介。佐川町にある豊富な木を使って、デジタルファブリケーションを取り入れ、レーザー加工機や3Dプリンターなどを使い、新しいものづくりの機会を創出し、新しい仕事を生み出す試みです。住民でまちに必要なものを考え、デジタル機器でそれらをつくり、まちに設置していったり、そうした新たな機材やプログラミングを知ることによって、それらを例えば震災時などにまちにとって有効に活用するためにはどうしたらいいか、といったことを子どもたちが考える授業など、新たな教育にも取り組んでいます。

まちづくりという活動を心から楽しんで行っている堀見さんですが、このまちづくりがなにか魔法を使ったようにいきなり実現したのではなく、生まれてからこれまでの堀見さんの人生、その経験で得たことと、佐川町の人たちが一歩一歩積み重ねてきたこと、そうした一つ一つは小さなことの蓄積によって、全国にも例を見ないまちづくりの活動として結実したことがトークから見えてきました。

また、トーク内では「数学だいすき」という堀見さんの学生時代に数学が大好きだったところから課題解決能力についても話がおよび、
会田さんいわく「話を聞きながら自分の脳に自分の言葉で書き込んでいく」ことに集中した時間となりました。

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第2部のディスカッションでは、やはり「自分ごと」「他人ごと」が主要なテーマになりました。前回からはじまったディスカッションのスタイルは引き続きワールドカフェ方式で、10分程度トーク内容について思ったことや考えたことを自由に意見交換し、テーブルを移動して意見交換を重ねていきます。

1回目に参加して顔なじみになった人もちらほら。あいちトリエンナーレ2019をどのような方向性で進めていくのがいいのか、愛知の観光資源をもっと掘り起こしアピールしたい、愛知県内の各市町村でのまちづくりはどのようになっているのか、「自分ごと」で動くことの難しさや、国民性や県民性からの「自分ごと」にしやすさ、「他人ごと」へなりやすさなど、参加者それぞれが自分なりに地域や愛知県、トリエンナーレに対する問題意識やそこにある課題を発見したりしながらディスカッションが行われました。

前回も感じたことですが、今回はとくにディスカッション終了後に残って話をする人が多く、連絡先を交換するなど積極的につながりを持つ姿勢がみられました。トーク中の「ぜひ今日の話を聞いて皆さん何かしら活かして行動に移していただければ嬉しい」という堀見さんの声が届いているのではないかと感じられる、新しいつながりからどんな行動が生まれるのか、楽しみになった時間でした。

*ファシリテーター
会議などの場で発言や参加を促したり、話の流れを整理するなど中立的な進行役。
合意形成や相互理解をサポートすることにより、組織や参加者の活性化、協働を促進させる、促進者。


<第1部:トーク内容>
(以下、トーク内容。若干編集しています。)

[会田]
今日は「アーティスティック/ディスカッション」というタイトルにしましたけれども、これまでのトリエンナーレスクールでは、だいたいアート関係者が呼ばれていまして、僕自身も教育普及について前回のトリエンナーレスクールの時にお招きいただいて、ゲストで話したこともあるんですけれども、僕が今回企画にちょっとだけ携わらせていただいて考えているのは、いわゆる「アート好きな人」以外の人に、どうにかリーチできないかということです。

イベントの形式としては、前半トークで1時間ぐらい、後半ディスカッションということになります。普通、人間ってどんな人でもそうだと思うんですけれども、話を聞いたら「ありがたかったです」って言って、そのまま知識を頭の中にコピー&ペーストするみたいな感じで、喋られた内容が、そのまま頭の中へポチッと入ってくる、なんてことはないわけですよね。

普通なら、話を聴きながら、いやちょっと違うんじゃないかなとか、そこの部分はすごく納得するとかいうことを、色々考えながら聞くわけですね。つまり、考えながら聞くという話になりますけれども、考えながら聞くということは、自分の脳みその中に自分の言語を使って書くということになるんですね。耳を使うというよりは、ある意味、話しながら聞くというか。

皆さんの中でもテレビにツッコミを入れながら見るっていうことがあると思うんですけれども、人の話を聞いたらそれについて何か喋りたくなるということは、普通だなと僕は思っています。ましてや、こういう風な場でやっていますと、隣の人はどういうことを考えてるんだろうなとか、自分は気になったこの部分はあの人はどう思ってるのかな、ということがあるわけですね。
そういうところを即座に話をしていただくというのが、普通というか「ナチュラルな」プロセスかなという風に思っています。

このトリエンナーレスクールという、スクール像ですが、僕は教育普及という仕事をしていますので、美術館に人が来てほしいわけですよね。来てほしいということになると、アートっていいものなんですよーとか、誰にとっても大切なものなんですよっていうことを、
ついつい言いがちなんですけれども、でも実際に山口でそういう活動をしている時には「そんなことはわかってる」というようなことを言われたりとかもするわけですよ。
「わかっているけど、選択的に美術館に行きたくないから、行かないんだ」という人もいるわけです。
そうなってくると、いかにアートの良さを説明しても、中身の問題じゃないってことなんですよ。じゃあ、どうしたらいいのかなっていうことを考えた時に、やっぱり色んな切り口でアートのことも考えていければなと。
アートの中身のことを僕らはすごく言いたくなるんだけれども、そういったことではなくて、アート自体が世の中にあるっていうのはなぜか、人類の歴史が始まって以降、アートや文化がなぜこうやって生き残っているのか、非常に困難な時期や、困難な地域だったとしても、文化やアートっていうのはずっと引き継がれてきた歴史っていうのがあるわけで、さらにいうと、余裕があって暇だからやってるって訳でもない。
そうしたことも含めて、広い意味でアートの話を考えていきたいと思っています。
マニアックな美術史の話とかではなくて、美術やアートというものがあることによって、私たちの生活にどういう風な豊かさを与えられているのか、というようなことを考えていきたいと思っています。

アートがそれほど好きでない人もいて、でもそれが社会というもので、「アートが好きでないと思っている人にとって、アートは何ができるのか」ということが、僕の一番大きな興味の中心になるわけです。
ただそうは言っても、普段暮らしていて、我々は単に必要なカロリーを摂取すればいいわけではなくて、食べ物だって美味しく食べたいし、食べ方にだって礼儀やマナーがあるように、趣を持つ、それを楽しむというような、情緒を持ち合わせてもいるわけです。
もう一つ、これは特に3.11以降、特に強く思ったことですけれども、見たことのないシチュエーションが起きた時に、どうやって次の一歩を踏み出すかということは、とてもクリエイティブ(創造的)なことです。

例えばそれは、役所に勤めていて毎日ルーチンワークをしているような人であっても、見たことのないような事象が起きた時にどういうような反応ができるか、過去の経験に根ざしてどういう風なリアクションができるのか、というようなことを生み出す能力っていうのが、クリエイティブだなと思ったりします。

これから社会がどんどん変わっていく世の中になります。常に新しいものに興味を持って、観察眼を鍛えて、シチュエーションをきちんと見極めてリアクションしていくという、そういった「主体」というものが、非常に重要なのかなと思っているので、「創造的」という言葉をキーワードにしました。
単に、綺麗なチラシをデザインできるとか、綺麗な器を買い揃えることができるとか、そういうことだけではなくて、見たことのないところに、どう上手く対応していけるかっていうことも、創造性と考えているわけです。

今回、ゲストに堀見さんをお招きしているわけですけれども、昔から仲がいいということではなくて、お会いするのは今日で2回目です。僕は、教育普及の仕事の中で「まちづくり」に携わることもあるんですけれども、日本中全てのまちで「まちおこし」が可能なのかということを考えた時には、必ずしもそうではないと思うんですね。
人口もどんどん減少していくわけで、右肩上りに人が増えていくだけではない未来も含めて、色んな方向性からまちについて考えていくことが必要ですが、(典型的には誰か専門家にお願いして、外部委託でまちづくりの計画をしているところ)、高知県の佐川町というところでは住民がまちづくりの計画に参画しているというようなことを伺いまして、これはとんでもないなと思いました。

なぜなら、僕も山口にいた時にまちづくりの長期計画のマスタープランをつくったんですけど、それってすごく大変なんです。役場でつくっていくわけですけれども、ただでさえ大変なところに、まちの人まで巻き込んだりすると、二重、三重どころか、10倍ぐらい大変だということがあると思うんです。
けれども、それを本当に実現して、しかも「グッドデザイン賞」という日本を代表するデザイン賞を受賞している。
そういったまちづくりの現場の話っていうのを、ぜひ聞いてみたいなと思って堀見さんにお声がけをさせて頂いて。
そしたら「いいですよー」と、気軽に、気軽にじゃないかもしれませんが、気軽にお返事いただきまして、非常に僕としては楽しみにして来た次第です。
まちづくりに関するお話だとか、創造的に暮らすこと、まちで豊かに暮らすことなどについても伺えればいいなと思っています。

[堀見]
皆さんこんにちは。日曜日の、昼のいい天気の時によくこの会場に来ていただきました。
私は会田さんにお声がけいただいたときに、本当に気軽に「いいですよ」と言ってこちらへ来ました。名古屋に来たらまずは味噌煮込みうどんを食べたいかなーと思って食べてきました。

実は、愛知県には2ヶ月だけ住んだことがあります。社会人になってすぐ新日鉄に勤めていました。5年間そこにいた時に、名古屋製鉄所で現場研修というのがありまして2ヶ月だけ愛知に住んでました。年子の兄がいまして、兄は名古屋市に住んでいて、しかも新日鉄で勤めていました。今日、色々とパワーポイントの資料を用意したんですけれども、資料に基づいて話をするのがいいのかどうか分からなくなってきたので、ちょっと会田さんにイジっていただきながら話をするのがいいんじゃないかなという風に思っています。

ちなみに、佐川町について、この日を迎えるにあたってひょっとしたら調べてきた人もいるかもしれませんが、「知らなかったよ」っていう人、手あげてください。

あ、ほとんどですね。皆さんぜひ佐川町に連れて帰りたいなと思います。

今日だと40人ぐらいの人に来ていただいていますが、いま佐川町の人口は13000人です。去年一年間で生まれた子どもが70人ですから、
ここにいる皆さんを連れて帰ったとしたら、喜ばれますね。すごいねって喜ばれるんですが、実は私は町長の仕事をしながら、日本中から色んな人を連れ帰って来ています。ちなみに平成29年度は「地域おこし協力隊」と呼ばれる人たちが30人も来てます。

[会田]
全国一位くらいの人数じゃないですかね。

[堀見]
ベスト3には多分入ってると思いますけどね。30人の協力隊のなかには、家族、子どもがいる人もいますので40人超えてますね。東京も大阪も名古屋もよく来ますけれども、色んな所へ行って「佐川町良い街でっせ」「川きれいでっせ」て言うて、「行ってみようかな」って言ってもらったら、そっと網をかけて連れ帰る。そんなこともしながら・・・

[会田]
皆さん気をつけてくださいね!

[堀見]
そうなんです、今日は1人、2人連れて帰ろうかなと思ってきました。とにかく、楽しく町長の仕事をしています。二期目に入ったばかりですね。
(総合計画冊子「みんなでつくる総合計画:高知県佐川町流ソーシャルデザイン」 を取り上げて)この本読んだことある人っていないですよね?

これはさっき会田さんからもご紹介いただいていましたが、佐川町のまちづくりの総合計画で、佐川町にある全6500軒の家に配ったものです。

これは行政で使うものではなくて、住民の皆さんがこの本に書いてあるプログラムやアクションを楽しんでやっていただければ、10年後にはきっと幸せなまちになってますよ、という総合計画別冊版です。
行政で主に使っている10年間の総合計画表は佐川町のホームページから PDF でダウンロードすることができます。ちなみに、総合計画別冊版はAmazon でポチッとすれば買えます。こんなことを、我がまちでやってみたらどうですか、ということも含めて本にしました。結構売れていて、4000冊以上売れたんです。

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(総合計画冊子「みんなでつくる総合計画:高知県佐川町流ソーシャルデザイン」を手に取る堀見氏)

[会田]
すごいですね!

[堀見]
そうなんですよー。早く1回目印刷したものがなくならないかなと思ってるんですけど。
私は高校を卒業するまで高知県の佐川町にいまして、卒業してから東京に行って、それから静岡県で16年間住んでました。県外に出てから26年間、高知県以外の場所で暮らしてましたが、5年前になって家に帰って、選挙に出てなんとか当選をして、今の仕事をしてます。この仕事は本当に楽しいですね。こんなに楽しい仕事があっていいのかなっていうくらい町長の仕事楽しいです。選挙の時の公約で、みんなで総合計画をつくりましょうという公約を一つ掲げました。そんなことを掲げて選挙に出て、いいねって言ってくれる人なんて、ほとんどいないんですよね。道路をつくりますよーとか、橋を綺麗にしますよとか、分かりやすいでしょうけど。
でも、総合計画みんなでつくりましょうと言って。票にはつながらないんだろうなと思いながら、一つの大きな公約として口に出して選挙戦を戦いました。なぜかって言いますと、町長をやる前は15年間自分の会社を経営していました。会社の経営をするとですね、やっぱり経営計画を立てて、事業計画を立てて、明確な経営方針をしっかり示して、会社の社員が惑わなくていいように、ちゃんとゴールを設定します。羅針盤がいるんですね。
今日いらっしゃっているなかに、自治体から来た方や(あ、県とか市町村から来たかもいますか?何人かいらっしゃいますね。あとはアートがみなさんお好き?色んな方が来ていらっしゃるんですね)、会社に勤めていたり、経営者をされている方もいらっしゃるかもしれませんが、リーダーのやるべきことっていうのは、その組織がどこに進んでいったらいいのかっていう方向性を、ちゃんとわかりやすく指し示してあげるということ。それに向かって、ベクトルを合わせてみんなが反対側に引っ張られなくていいように、ゴールを明確に設定して、みんなでゴールを目指して歩いていきましょう、というために計画が必要になります。そんな思いで、佐川町の計画をつくりました。

ここで、これまでの経験を簡単に話したいと思います。なぜ、みんなで総合計画をつくろうということになったのか、ということの説明がつかないと思うからです。実は、私は若い時はすんごい不遜な人間でした。今もそうかもしれませんが、世の中、全部自分の思い通りになるとかですね、
全部自分が決めて、みんなをぐいっと引っ張っていけばええわ、とかですね、すごくわがままな人間で、「まあ面倒くさいし、こっちこっち」て言うて、一人でわがままなリーダーシップをとるというような人間でした。田舎のガキ大将ですよね。小学校の時とかですね、今の時代でもし子どもでいてたら先生から大変煙たがられるんだろうな、というぐらいな田舎のガキ大将でした。それが社会人になって、仕事をするようになって、ある時に勤めた会社の社長さんが、私よりもはるかに強烈な超ワンマンの社長さんでした。もう命令は絶対。私も割と自分が決めて進めるのが好きなタイプだったのですが、その社長さんから「おれが右だと言ったら右だ。お前が左、左と言っても俺が右だと言ったら右だから、右に行け」と。そういう反面教師的な人がいました。
すごいつらかったんですね。人ってやっぱり命令されて何かやらなければいけない、自分の意思に反して楽しくもないことをやらなければいけないというのは、これだけ辛いんだなっていうのを、30代前半から40代前半まで色んな形で経験しました。同時に、若い時の自分の反省もあわせてしました。私はその時会社のナンバー2をしていましたが、社員に対しての接し方は逆に優しくなりました。みんなの話をよく聞くようになりました。色々な人がいて色々なリーダーシップの取り方があるんだけれども、みんなで考えて結論・ゴールを設定できたら、
してそれを皆が納得をすれば、みんなでできるんだなっていうのが、その会社でまずわかりました。

それから、16年間静岡県にいたんですけれども、その時に青年会議所という組織に入ってまして、静岡市の行政の人たちから、もっと広く市民の意見を市政に反映をさせたいので、そんなことをやりたい人と考えてくれないか、ということで相談がありました。その当時は2007年だと思いますが、東京の三鷹市が「市民討議会」っていうことをしていました。無作為抽出でバランスよく選ばれた市民が集まって、市の行政の課題について意見を出しあって討議をしていきましょうっていうのをやっていて、それを静岡でもやりました。無作為抽出で静岡市民の人、40人ぐらいですかね、集まっていただいて市民討議会をやりました。その時に、ファシリテーターの役割を自分が努めなければいけないということで、ファシリテーター研修を受けました。

要するに一つのテーマを決めて、最終的に集まったみんなで合意形成を図って、結論を出していきましょうという、そういう進め方を勉強しました。今までは自分で考えて、これでいこうと決めるようなやり方だったんですけど、合意形成を図るプロセスがすごく良かったんですね、その時。多分、その反面教師だった社長さんから色々やられてて、どっかにぽっかり穴が空いてたのかもしれないですけど、すっと入ってきて、もう「これだ!」と思ったのが37歳の時ですね。今49ですから12年前ですね。
その後PTA 会長になったりとか色んな活動の中で、合意を図っていく、みんなで最終的に結論を出して、みんなで決めたんだから、「自分ごと」で、決めたことをみんなやりましょう、やっていきましょうっていうことが、すごく良いことだなって。それがこの総合計画をみんなでつくるということにつながっていくわけです。

[会田]
そういう話があるとは知らないまま、なんでまちの人を巻き込んだ総合計画をつくるっていう方向に舵が切れたんだろうって不思議だったので、話を聞いてみたら、非常に、そのなんというか、真っ当な道というか。たまたま心にぽっかり穴が開いたところに出会ったっていうのも大きいと思いますけれども、ある意味ではすごくストレートな道として、ファシリテーションっていうものと出会ったんだなっていうのが、聞いて分かりましたね。

[堀見]
ずっと振り返ってみてですね、人生って行き当たりばったりなんですよね。最近キャリアデザインとかですね、今後どう生きていくかとか、今の子ども達は大変だろうなと思うんですが、自分が決めたキャリアを進んで行くと幸せになるのかっていうと決してそんなことばっかりではないなぁと思うんですね。私は3年から5年の周期で、行き当たりばったりで人生歩んできました。会社をずっとしてましたし、自分で立ち上げた会社は5つあります。経営コンサルタントの仕事もしましたし、本業は、一応はアートでいったら建築のデザイン、建築の設計が専門です。建築事務所の仕事もしましたし、化粧品や健康食品もつくりました。
結構な行き当たりばったりな人生を送ってきましたが、その都度、真剣に考えて、考えた以上は行動に移してました。
今日、皆さんどういう思いでこんな私の話を聞きに来ていただいているのかわからないですが、ぜひ、今日の話を聞いたら、ちょっとこういう風に動いてみようかなとか、何か行動に移していただけるとありがたいなと。
会社の経営をやってましたので、経営者向けのセミナーってあるんですね。トップセミナーって、会社の社長さんがやってくるんですけど、終わるとですね、みんな今日は良かったですねー、ほんとよかったと言って、それで満足して帰ってくんですよね。

[会田]
わかります、それ。何にもなってないんですよね。今日の話勉強になりましたって言って、握手して帰る人こそ、昨日までとあまり変わらない人生を歩んでいく。

[堀見]
聞くことが目的になってるんですよね。本当は、聞いた上で、自分の会社の経営に何かを活かしてちょっとアクション起こしてみようかな、というのが本来の目的なはずなんですけれども、聞くことが目的になっている。
ちょっと話がそれますが、仏様の教えで、今この瞬間を一生懸命生きる、今まさにこの瞬間を生きるということがあるんですけど、そういうことと、やっぱり行動に移すっていうこと、それがすごく大事かなと思ってます。
一人一人、感じ方も考え方も違いますけど、一人の行動がものすごく良かったら、良い影響を与えることもありますし、そういう意味でいうと今日皆さんここに足を運んでいるっていう行動が、私からするとこんな日曜日のいい天気の日にわざわざ、素晴らしいなと思うんですけれども、皆さんが私のこの話を聞き終わった後に、何だったんだったという風にならなければいいなと思います。

[会田]
せっかくなので、皆さん興味ありますよね、佐川町のことを教えてください。

[堀見]
ちなみに高知県へ皆さん行かれたことありますか?そこそこいますね。高知市から西に30 km ほどの場所にあるが佐川町です。面積の7割が山林の中山間地域で、人口が13000人で、今年中に13000人を切りそうです。関ヶ原の戦いで徳川についた、山内一豊が土佐に入り、その筆頭家老・深尾氏が佐川町の地域を与えられて、今の佐川町につながっています。
すごく教育熱心で文教のまちといわれて、お殿様がやっていたまちの寺子屋があって、そこの出身者としては植物学者の牧野富太郎博士とか、明治維新に活躍した田中光顕(陸援隊副隊長、宮内大臣)がいたりします。それから、江戸時代の風情を残す町並みがあったり、「司牡丹」という美味しい日本酒の酒蔵があったりします。これは木造の蔵として、西日本で多分一番の長さになる蔵です。
あとは、会田さんにも飲んでいただいたんですけど、地元の酪農家が絞った生乳を地元の小さな工場で、低温で時間をかけながら殺菌をして、学校給食とかスーパーで販売しています。

[会田]
めっちゃうまいですね!今まで飲んでいた牛乳は一体何だったんだろう・・・って思うぐらいに美味しい。

[堀見]
笑ってる牛の乳は美味しいんですよ。地元の牛乳だから、地酒みたいに、地乳という。いま佐川町は「地方創生」ということで、自伐型林業をしています。小さな林業と、山から切り出した木を使って「デジタルファブリケーション」(レーザーカッターや3 D プリンターなど)のデジタル加工機器を使って、ものづくりをして新しい商品を開発する。あわせて、子どもたちの創造性教育ということで、デジタルファブリケーションでのものづくり教室とか、あとはプログラミングの授業を行っています。こうした活動が、「田舎な町で何(なん)か面白いことやりよるね」ということで、交付金を頂いて進めている事業になります。

[会田]
(スライドを送って「数学が大好き」が大きく出てくる)
これきた!

DSC_0433.jpgのサムネイル画像

[堀見]
きましたね。これ出たんで話しますけど、数学が学生の時好きだったって人いらっしゃいますか? 2020年から新しい指導要領で、アクティブラーニングをするとか、考える力を身につけるためにプログラミング教育がこれから大事ですよ、なんてことをやるそうです。けれども別にプログラミングとかインターネットとかパソコンとかそういうのがなかった時代でも、数学をひたすら勉強するとですね、考える力が実はついているんですね。
これは今だから振り返ってそうだったんだなと思いますけど、課題解決能力が格段にあがります。課題解決だよねとか横文字でソーシャルなんとかとか、ソーシャルデザインとか色々ありますけれども、実は日本の教育って暗記や記憶をして、覚えたことを紙に書いて、先生が点数をつけやすいような問題にして、100点とりました、おめでとうございます、というような教育を長年やってきたんですね。
でも物理とか数学っていうのはそういう形ではなくて、考えないと点数を取れないんです。私は数学が本当に好きで、国語の授業中も、社会の授業中もずっと数学をやってました。先生からもう公認で、俺の授業聞かなくていいから静かにして数学やってろ、って言われたぐらい数学ばっかりやってました。学校から与えられた教科書とか問題集とかありますよね、それを全部すぐ解いちゃって、終わったら本屋に行ってまた問題集買ってきて解く。で、終わるともっと難しいのないかなって買ってきてまた解く。今の仕事流にいうと、自分で課題を見つけに行って、課題解決をするっていう。
小・中学校の時から、好きな数学でひたすら課題解決をしてきたことが、結局ビジネスマンとして仕事をするときも、お客さんから色々課題が与えられて、それをどう解決したら良いかなと、自分一人で解決できないことは世の中いっぱいありますので、それぞれのプロフェッショナルに声をかけて助けてもらって、課題を解決する。設定条件や前提条件がある中でどうやって解決方法を見つけるか。

それって数学と同じなんです。役場の仕事も実は同じなんですね。
役場の仕事も色々課題があります。例えばゴミの問題、みんなが快適に暮らすためにゴミをどうしたらいいか、水道や下水、人口減少など、
現状があって前提条件があって、ゴールの設定をする。それに向かってどういう解き方をするかなっていう、何通りもの求め方を考えて、課題を解決する。これには、数学的な力が必要かなと思います。ちょっとアートの話から違う方向にきちゃったかな。

[会田]
アートで考えた時には、デザイナーとアーティストの違いっていうので、分かりやすい例としてよく言われるのが、課題を解決するのがデザイナーで、課題をつくるのがアーティストだと。
わざと課題を生むんじゃなくて、良い問題をつくる、良い課題を出すっていうのがアーティストの役割だとよく言われるんですけど、建築家って実は両方の役割を持っているかなって。問題や課題を解決するパターンもあれば、建築物を投げかけることによって、例えば獲得できる空間容積が一番効率いい建物だけが幸せではないよねという課題を投げかけるような建築家もいますよね。

[堀見]
そうですね。
建築ってまさしくそうで、具体的に最大容積を埋めるためにどうしたらいいかとか、敷地の条件にも色々制約条件があるんですね。建ぺい率とか容積率、日当たりとか、色々な規制を解決しながら良い空間をつくっていくわけです。私はどっちかっていうと数学的にしかデザインができなかったので、面白くもない建物をデザインしていたんですが、本当に面白いすごく刺激的なデザインをする人を見ると、羨ましいなとか思いますよね。

[会田]
まちづくりの方に話を戻して行くと、スライドの後ろの方に「いいチーム」っていうのがあるんですよね。つまりチームビルドとか仲間作り、組織というのを考えていくときに課題解決型の思考っていうのがやっぱり効いてきたりするんでしょうか。

[堀見]
課・題・解・決・型・の・思考......。
確かに、良いチームをつくる時に必要になってきますよね。必要にはなってきますが、それ以外の要素の方がちょっと大きいかもしれないですね。(参加者に向かって)今日せっかく一番前に座っていますので、いいチームってどんなチームだと思われますか?

[参加者]
僕が考えるチームですか?状況によって違うと思うんですけれども、意見が違う立場の人たちが集まったり、あるいは同じ意見の人が集まって良いチームになるときもあるだろうし......

[堀見]
すいません、無茶振りをしてしまいましたが、まさしくそうですよね。違う意見、色んな意見、色んな考えが集まっていいチームができることがある。佐川町の総合計画で、10年間こんな未来像でやっていきましょう、というその思いを「チームさかわ まじめにおもしろく」という言葉に込めています。私はチームっていう言葉が好きでして、佐川町の13000人を一つのチームにできればいいなという風に思ってます。
でもこの言葉はみんなで考えました。いくつもいくつも考えた中で最終的に絞り込んで、何回も何回も議論をしながら決めた言葉なんです。
さっきもお話ししましたが、ゴールの設定をするというのはすごく実は大事で、スポーツのチームもそうですし、例えば自治会という会も一つのチームですし、会社組織もそうですけれども、どっちに進んで行ったらいいかわかんないような状態だと、チームって機能できないですよね。
色んな考え方を持った人がたくさんいていいんですよね。刺激をしあって、「そんなこと考えたことなかったなぁ。ありがとう」と言いながら、色んな人が切磋琢磨しながら考えてやっていけるといいですが、最終的にはどっちに向けて一歩踏み出すのっていう、その方向性を共有しとかないといけない。そのためにはやっぱりゴールの設定ってすごく大事なんですね。
それと、私の勝手な定義ですけれども、いいチームっていうのは、そのチームのメンバー全員が「自分ごと」でそのチームをどう考えるか、「他人ごと」になってないことが、すごく大事じゃないかなという風に思っています。
そういう思いで、地元住民の皆さんが「他人ごと」にならないようにするためにはどうしたらいいかなって思って考えたのが、一人でも多くの人に総合計画づくりに参加をしてもらうことだったんです。
参加をしてもらって、尚且つ一人一人のアイディアを聞いて、大事にして、思いを受け止めて、汲み取りながら、町全体の方向性へそろえていって。最終的に総合計画に載っているアイディアだけでも450以上あります。自分が出したアイディアが入っている人もいるわけですよね、その人は喜んでそのプログラムをやっています。そうすると「他人ごと」じゃなく、「自分ごと」になる。そういうみんなでつくって「自分ごと」で楽しく参加できるまちというのを10年かけてつくっていきたいという思いで計画づくりをしました。実際、本当に大変なんですけどね。合宿もやりましたしね。三回も。

[会田]
普通これ反対出ますよね。役場の方から。なんでそんな面倒くさいことって、町長、こんなのできないですよって。

[堀見]
確かに、そんな話が出ましたけれども、当選して間もない時だったので、そのまま押し切って。公約にもあるしって、進めました。

[会田]
(スライドを送って)あと「幸福度指数」っていうのは気になるとこなんですけど。
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[堀見]
これは町長の仕事、つまり、まちの経営っていうのは何かなって考えたときに、やっぱり将来が今よりも少しでもいいので、「このまちで暮らしてよかったなぁ」「幸せだなぁ」って思えるまちをみんなでつくること、そういうまちになっていくことが、一番行政がやるべきことだと。

例えば、町長が4年間の任期の中で、こんなことしましたよ、あんなことやりましたよ、という時に、4年経って、皆ちょっと幸せになったよねって、幸福度上がったよねっていうのが、本来一番大事な評価基準じゃないかなと思いました。その幸福度っていうのが測れたらいいよねっていう話をしてる時に、幸福度研究をしている慶應義塾大学の前野先生(*1)と幸福度を測る指標をつくりました。それを、総合計画の策定に関わってもらっていたソーシャルデザイナーとして活躍している筧さん(*2)が、都道府県別に全国の幸福度指数をちょうど測ってまして、10年経った時にまた同じアンケートをしてどれだけ幸福度指数が上がったかどうなのか検証しましょうという恐ろしいことをやっています。もし10年後に幸福度が下がっていたらですね、私辞めなきゃいけないという思いがあります。が、そうなっていないといいなと思います。(*3)

[会田]
幸福度指数って、世界でも使われたりしていて、幸福に過ごせているか、幸せに生きているのかっていうのを世界レベルで調べています。でも、どうも世界基準の幸福観と、我々、つまり日本で暮らしている人の幸福観がちょっとずれているらしいということが、最近言われています。

例えば「あなたは幸せですか」とか「もう1回人生やり直すとしたら、同じ人生をやり直したいですか」とか、これは比較的日本人にヒットしやすいんですけど、それ以外の質問項目で例えば「あなたは幸せを感じてますか」と言われて、100から0の間で何点ですかと聞かれると、日本は特に低いんですよね、そう言われた時に。「あなた幸せですか?」「はい、幸せです」みたいなことを言っている人こそ、大丈夫か?みたいな価値観というか、日本の中で暮らしている時に共有しているような基準で測らないといけないんじゃないかと。なので、佐川町で測っている幸福度指数というのが、そのまちの人にヒットしていることはとても重要なことかなと思って話を聞いていました。

[堀見]
ちなみに、皆さん名古屋市内に住まわれているんですか?名古屋市外から来られている方いらっしゃいますか?結構いらっしゃいますね。水道の水って皆さん飲んでますか?蛇口ひねって出てきた水をそのまま・・・あ、結構飲んでるんですね。東京で水道の水って飲まないですよね?

[会田]
飲まないですね、確かに。

[堀見]
高校まで高知にいて、それから東京に行って、静岡にいきましたけど、佐川町の水ってめちゃくちゃ美味しいんですよね。水道の水でも。それから星すごい綺麗なんですよね。田舎ってこともありますけど。あと静岡県でも色んな野菜がとれるんですけど、圧倒的に静岡の野菜よりも佐川の野菜の方が美味しいですよ。なんでかな、と思うんですけど、本当に美味しい。幸せって人それぞれあるじゃないですか。
例えば、お金がいっぱいあったら幸せだという人もいるし、お金がなくても人からありがとうという機会がもらえれば幸せだなぁという人もいますし、家族に囲まれていたら幸せだという人もいます。これが幸せの尺度ですっていうのは言い切れないですけれども、佐川町に戻って町長の仕事をして、自分の給料は半分近くくらいになりましたけど、お金では買えない幸せっていうのがありましたね。圧倒的によかったなぁ、田舎に帰ってよかったなーっていうのは、時間の感覚がもう全然違いますね。
町長の仕事って本当忙しいんですよね。土曜日も日曜日も仕事で、今日も日曜日ですけれども仕事してるわけですが。本当に忙しくて大変だねって町の人に声をかけていただくんですね。大変なんですよって言うんですが、前の仕事の方がよっぽど大変でした。本当に。家を出て車で3分で役場に着くんですよね、今は。東京にいるときは1時間30分、満員電車に乗って通ってたんですけど、往復で3時間で。圧倒的に時間っていう観点で見たときに、その豊かさは比べ物にならないですね。
多分みんな一人一人幸せに暮らしたいなと思っていて、そこは共通してるんですよね。ただ、私にとって何が幸せなんだろうっていうのは、みんな一人ずつ探しているんでしょうけれども、人として行き着くところって、やっぱり何か自分がいることで誰かの役に立てて、ありがとうって言うてもらったら、よしっ!つぎも頑張ろうかなって思える、そんな幸せが田舎に行けば行くほど多いかなって思うことはありますよね。

[会田]
「しあわせ会議」(*4)っていうのをやってたりするんですね。

[堀見]
この会議、200人くらいの人が集まったんですよ。中学生も来てましたね。

[会田]
色んな人がいるってことがすごく大事で、主体的な参加っていうことも、さっき言っていた「自分ごと」にしてやるっていうことが大事だなって。
日本の社会がある意味徐々に成熟していく江戸時代の後半とかに、だんだん代表に任せてその人達同士で話して決めたことをやっていくっていうことを、ある程度理解していく世界になったんですが、どうしても自分のことではないというか、誰か任せにしちゃって。文句は言えるんだけど、自分が行動を変えて、自分でオーナーシップを持って決定していくということがやりづらくなっちゃったのかなって思っていて。そこらへんが僕は社会学的な意味で思っても、佐川町はすごく面白いなと思っています。

最後に、 YouTube で「さかわ発明ラボ」っていうのがあるんですけど。

[堀見]
絶対見ましょう。
さかわ発明ラボ」っていう、これは地域の資源を使って、デジタルファブリケーションの技術で新しいものをつくって、新しい価値を見出していきましょうということをやっています。この発明ラボのスタッフは全て協力隊で、慶應義塾大学でデジタルファブリケーションを勉強して、新卒で佐川町に来てくれている人もいます。

[会田]
慶應義塾大学は日本におけるデジタルファブリケーションの一番トップの先生がいて、その先生のもとで学んだ学生がそのまま佐川町に来ている、直送便みたいな。

[堀見]
そういう外から来た人たちをですね、受け入れるのがなかなか難しいっていうところもあるんですが、楽しい活動にしていきたくて、外から来た人たちが地元に馴染むとか、地元の人が外の人を受け入れるとか、ものすごく気を使っているところです。やっぱり、いわゆる「よそ者」が地元の人とチームになって活動していけるまでにフォローしてあげなければいけないし、まちの皆さんにも受け入れ、受け止めていただくそういう懐の深さを目指したいなと思っています。楽しい活動にしていけたら、みんな喜ぶし、みんなが幸せになるんじゃないかなということで、実際に活動として、牧野富太郎博士ゆかりの牧野公園に、散歩の途中で座れるようなベンチをみんなでつくろうというプロジェクトをやるときの動画をYoutubeにあげています。

[Youtube視聴] (https://youtu.be/MfPT5amv-Bc)

[会田]
少し口頭でも説明いただけますか。

[堀見]
地域の資源って豊かなんですけど、何もないんじゃないって言われるんですね。まぁ、木がいっぱいあるので、それを生かしたいなということで、最新のテクノロジーを使って地域住民や子どもたちに対してどういう風に刺激を与えられるかということで、デザイン思考を取り入れながら、テノロジーを使って、震災に対応できるための何かを開発してみようとか、その社会に一歩入って、地域資源を活かして何ができるかということを、子どもたちに考えてもらうという授業の取り組みをしています。

[会田]
日本は独自の環境があって、林業も中国やロシアみたいに平野エリアにたくさん木があるんではなくて、戦後直後くらいから非常にたくさんの植林を山にしたんですね。なので、大規模な林業機械っていうのをそのまま入れても、借金した分を返すほどの利益が取りにくいっていう問題があって。なので、大きい機械で木を丸ごとズバッと斬っちゃうんじゃなくて、手作業で間伐をする、つまり、ちょっとずつ選択的に切っていかないと、いい建築用の材料も育たないという問題があります。実は、自伐型林業っていう、小規模の投資できちんとその人達が生きていけるための林業をつくろうっていう動きが、高知県と宮崎県でどんどん出てきているんですね。いわゆる地域に即した形で、他の所の知恵を借りてこれないっていうものを独自に発明して、しかも仕事を生み出していく。
また、デジタルっていうものの一番いいところは、それがいきなりダイレクトに世界中に反映できる、共有できるっていうところもあるなって。これが、これまでの社会の在り方とは違ってくるんじゃないかなって。これ、多分規模感もそうなんですが、やっぱりダイレクトに「自分ごと」として、自分の生活そのものが世界に誇れるものだっていうのを、実感できる部分もあるんじゃないのかなって思っていて。そこら辺を、この後のディスカッションでも、堀見さんにも加わっていただきながら、テーマとして考えていきたいなと思っています。


[堀見]
例えば「さかわ発明ラボ」ならラボのチーム、林業なら林業のチーム、防災のことを一生懸命やってる人達は防災のチームっていうのがあります。「まじめに おもしろく」で、色んなチームがある。
みんなが少しでも、このまちをより幸せにするために「自分ごと」でやっていきましょうっていうことを共有しながらですね、それぞれみんなが得意なこと、好きなこと、自分がやってみたいことで参加をして、まちのことに関わっていきましょうっていうことを今やっています。
最後に、防災のことについてちょっとだけ話をします。町長になって2年目の夏に、台風によるものすごい大雨が二週続けてありました。避難勧を佐川町全域にも出さざるを得ないという状況で、全域に避難勧告を出しました。おそらく苦情の電話が何本か入るんだろうなと。「何でお前、避難しないかんのだ」っていう電話があるんだろうなと思ってましたが、やっぱり案の定、町民から役場に対して「何で避難勧告や」っていう電話が入りました。
でも、何で町民がもっと「自分ごと」で考えてくれないんだろうと思ったんですよね。それで、その後に「防災まちづくりサロン」というワークショップをまちの100箇所以上でやるっていう計画を立てて、今70箇所近くやっています。例えば、仮に小さな50人しか住んでいない自治会に対して避難勧告を出したとしても、その50人のうち10人は絶対に避難して欲しいけども、残りの40人は避難しなくてもいいですよっていう状況だって考えられるわけですよね。住んでいる場所によって。山のすぐ裏だったら避難しなきゃいけないし、安全なところに住んでいる人はしなくてもいいですよとか。要するに、当たり前と言えば当たり前なんですけれども、自分の家が避難をしなければいけない家なのか、避難しなくてもいい家なのか、仮に避難をする必要があるとしたら、どこに避難しなければいけないのか、そういうことを一軒一軒自分たちで決めてくださいよと。
そのために、自分のための「防災まちづくりサロン」というのをやっています。
「他人ごと」ではなく、ちょっと自分に余裕があったら隣の人、地域の人を助けてあげてくださいという、デザイン思考でワークショップを重ながら行っています。そういうことを積み重ねていくとですね、人がつながっていって、顔と顔がつながって、結構楽しくやってるんですよね。

[会田]
なるほどね。
今日、お話を伺ってみて、やっぱり魔法の処方箋があるっていうことはないだろうなと思ってましたけれども、本当の意味の「自治」ですよね。一歩一歩、ちっちゃい、ちっちゃい一歩の積み重ねなんだなっていうことが、よくわかったなっていうのが僕の率直な感想です。
ご当地愛知においても、トリエンナーレという大きな祝祭が必ずあるわけですけれども、それがすぐに皆さんにとって「自分ごと」になるわけではなくて、愛知県は広いですし、そういう意味ではすぐ一飛びに「自分ごと」になる、身近になるということにはいかない、ということを噛み締めた1日でもありました。
また、それを考えていくと、おそらく次の一歩を踏み出す方向がどっちになってくるかということは、大きなリーダーシップのもとで、それをみんなで歩み続けていくことで、結局はそれが最終的なゴールにたどり着く、小さいけれども大き一歩なのかな、ということを僕の中で感じました。

*1 前野隆司(http://lab.sdm.keio.ac.jp/maeno/index.html)
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 研究科委員長・教授。専門は、幸福学、感動学、イノベーション教育、システムデザイン、ロボティクスなど。

*2 筧裕介
1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。2008年ソーシャルデザインプロジェクトissue+design設立(http://issueplusdesign.jp)。社会課題解決のためのデザイン領域の研究、実践に取り組む。グッドデザイン賞、キッズデザイン賞など受賞多数。

*3 幸福度指標
「地域しあわせ風土調査」(2014年)http://www.hakuhodo.co.jp/uploads/2014/08/20140811.pdf
「慶應義塾大学 ヒューマンシステムデザイン研究室」http://lab.sdm.keio.ac.jp/maenolab/wellbeing.htm

*4 「地域未来大学 課題解決人材を育てる ー高知県佐川町のみんなの総合計画づくり」http://socialdesignschool.jp/sakawa/佐川の未来を考えるしあわせ会議(「これまでの活動」Vol.10がしあわせ会議のアーカイブ)


<第2部:ディスカッション>
今回も前回からはじまったワールドカフェ方式によるディスカッションを行いました。4〜5人ずつテーブルにつき、およそ10分間今回のトークの内容について意見や感想、考えたことなどを話し合います。テーブルを移動しメンバーをシャッフルして議論を展開しました。

前回から続けて参加され顔なじみになっている人も少なくありませんでしたが、今回も「まちづくり」というテーマに惹かれて参加された、アートには普段あまり関わらないという新たな参加者も少なくありませんでした。

自分の地域のまちづくりについて考えたり、あいちトリエンナーレが「自分ごと」になるためにはどうしたらいいか、あるいは愛知県をもっと観光面でアピールするために県民はどうしたらいいのか、など「まちづくり」という観点からみたときに初めて気づくことや、これから気づくかもしれないことなど、

現状の問題や課題だけではなく、何か希望めいた部分も議論されていたような、そんなディスカッションの時間でした。

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以下に、全てではありませんがディスカッションで話されたことを箇条書きでご紹介します。

・ 愛着を生んだり、地域の自然資源を活かすことができるのは田舎の大きなメリット
・ 自然資源がなくても「資源=魅力」は必ず存在する。
・ 意外と知られていないが、実は多種多様な「まちあるき」が愛知で盛んにおこなわれている。 
→地域の魅力や特徴を発見できる。
・ 名古屋=大いなる田舎
・ あいちトリエンナーレは「自分ごと」だったのか!
・ 「美術館を出たアート」として地域創生をあいちトリエンナーレが担っていた。
・ トリエンナーレにいくことで、まちの面白いところなどに気づくことができた。
・ だれのためのアートか?
・ 長者町にはトリエンナーレの作品が残っているところがある。一方で開発もすすみ、アートとはあまり関係がない趣になりつつあることへの残念感。
・ あいちトリエンナーレをきっかけに長者町では市民があつまってアートプログラムをしたり活動がひろがって持続している。