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アーティスト

田口薫

びっしりと画面を覆う無数の線が、画面の中にダイナミックな動きやうねりを生んでいます。よく見ると、それは描かれているのではなく、彫られていることがわかります。板を彫ってはそこに彩色を施すという作業を何度も繰り返すことで、表面には複雑な奥行きが生まれ、複数の視点や時間軸に基づくイメージが折り重なるように表されています。そのため、じっと画面を見つめていると次第に複数の図像の輪郭線が浮かび上がってきて、見る角度や距離によって図像や構図の見え方が異なるように感じられ、描かれたもの同士の位置関係や空間に対する私たちの感覚をかき乱すかのように、観る人の視点を揺るがします。

田口は、自身が生まれ育った瀬戸の記憶の断片を繋ぎ合わせるようにして、私的な瀬戸の風景画を制作しました。現在は瀬戸を離れて暮らす田口にとって、今回の展示は瀬戸で暮らしていた時の自分と街の間にあるつながりや当時の自分の心境を外から見つめ直すきっかけとなるものだったといいます。特に印象に残っている場所を再訪し、その景色を1本1本の線でなぞるかのように彫り込んでいくことによって、当時の心情に思いを馳せ、自身を構成するアイデンティティを明らかにしようと試みています。

力強くうねるような曲線や細かく勢いのある直線、幾重にも塗り重ねられた深みのあるトーンによっていきいきと描き出された瀬戸の街並みは現在の風景に当時の田口の心情を色濃く反映させたものであり、街の息遣いが聞こえてくるようです。

  • 《光の跡、遡行する影》2024年
  • 撮影:城戸保