人が基本的な生活を営むうえで、衣服は食物や住居とならんで不可欠なものとして挙げられます。さらには身体を外部の環境から守るだけでなく、社会的役割や権威性の象徴、あるいは自らの表現手段として用いられてきました。そして時には言語のように、特定のコミュニティにおける記号としての役割も果たします。
これまで津野は、病院をはじめ、地域における精神科看護師としての経験や、身体的経験を背景として、身体あるいは他者との関係性における衣服の役割に着目したテキスタイル造形を手がけてきました。また、3Dペンを使用した作品群は、次世代のテキスタイル表現として世界的な評価を得ています。
本展にあたって津野は、ベッドの上での臥床生活となって介護を要するため、共に食卓を囲むことが難しい最愛の祖母との日々の経験を元とした制作に取り組むことを決めました。介護を要するということは、これまでとは異なる日常を受け入れ、生活様式を変化させていくことが暗黙の前提となってしまいます。しかし、津野はその変化を受け入れつつも、介護ベッド上の祖母がテーブルクロスと一体となった衣服を着用し、他者を招き入れるという作品をつくることで、食卓を囲むというこれまでの日常を新たなかたちで実現しました。そこには家族や親族たちの温かで穏やかな関係性が可視化されています。さらに本作は、衣服が物理的に人々の間に介在することで、より密なコミュニティを構築し得る可能性も示唆しているのです。