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2017年9月10日 レポート

レポート|「キュレータービジット&トーク」

2017年7月23日に「キュレータービジット&トーク」を開催しました。

この企画は、現代アートの専門家がアーティストのスタジオを訪問する機会を定期的に設けることで、アーティストと専門家の交流の場を築き、アーティストの育成に取り組むとともに、東海圏のアートシーンをより広く伝えることで、この地域の芸術文化を成熟させていくことを目指すものとして考えられました。初回のゲストは、鳥取県立博物館の赤井あずみさんです。以下に、トークでの様子をまとめました。

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はじめに、アートラボあいちディレクターの服部さんより今回の企画についての説明をしていただきました。

愛知県内の作家数はとても多いです。しかし、海外のキュレーターが日本の作家の視察に来る場合、東京を中心とした関東圏と京都を中心とした関西圏を視察するだけで帰ってしまうことが多々あります。また、愛知県を拠点とする作家は県外での作品発表の機会を持たないことも多いのが現状です。そのような背景から今回、愛知の作家を国内外のキュレーターに知ってもらうためにこの企画を立ち上げました。

今回のゲストである赤井あずみさんは、トーキョーワンダーサイトで働いた後、あいちトリエンナーレ2010のキュレーターチームに関わり、その後鳥取に移住しました。赤井さんいわく、2010~11年に愛知に住み、京都と東京にも住んだ経験から愛知の特徴を考えると、以下のようなことが挙げられるそうです。

・愛知には作家が多く、アートシーンが成立している。

・特に独特な活動をする作家が多く、年齢層も幅広い。

・あいちトリエンナーレでは、ボランティアが自分たちで企画を立ち上げてイベントを開くほど能動的だった。

総じて、愛知はポテンシャルが高い土地だと思うとのことでした。

次に、赤井さんの中心的活動の『HOSPITALE(ホスピテイル)』についてお話いただきました。

鳥取県民は約57万人、鳥取市は約19万人で、鳥取県は日本で一番人口の少ない県です。『HOSPITALE』は鳥取市内のJR鳥取駅から徒歩5分のところにある旧横田医院を拠点に2011年から展開されている活動です。1996年まで病院として使われており、以降2011年までは空き家となっていました。

鳥取大学地域学部で創造都市論の研究をしている野田邦宏特命教授が発起人となり、「文化芸術を通じた空間資源の活用に関する調査研究」の一環として、旧横田医院を活用したプロジェクトが始まりました。旧横田医院は円形の2階建ての建物で、1階には臨床検査室や手術室、2階には病室があります。当初の野田さんからの依頼では、「ここ(旧横田医院)で何かアートのイベントをしてください」というものでした。しかし、ここではホワイトキューブと同じようには展示ができないので、この場所を生かした展示手法を考えたそうです。赤井さんが初めて旧横田医院に足を運んだのは東日本大震災が起こってから半年が経った頃のことで、ちょうどあいちトリエンナーレでの仕事が終わり次の仕事を探していた頃だったそう。鳥取からの依頼は震災後初めての仕事だったので、"今私がしなければならないことは何か"を考えながら取り組んだとのことでした。

『HOSPITALE』とは、後期ラテン語で「来客を迎える大きな館」という意味です。旧横田医院が、作家が作品をもって見に来た人を迎え入れる場所や鳥取という土地やそこに住む人が、作家という外来者を迎え入れるための場所、つまり互いを迎え入れあう場所になれば、との思いを込めて名付けたそうです。また、生と死、死と再生、ということを最初の展覧会のコンセプトとして掲げました。表向きのプロジェクトコンセプトは、空きスペースの活用による市街地の活性化、人材育成、コミュニティの創生などですが、裏向きのプロジェクトコンセプト(赤井さんの私感)は、アートをきっかけに様々な事柄について議論できる場を作る事、作家の制作プロセスを市民と共有して市民が様々な事柄に興味関心を持ったり身の回りを批判的に眺めたりできるようになること、作家が持続可能な活動ができるように協同の機会を持つことなどでした。当初、『HOSPITALE』はグループ展を1回行って解散される予定でしたが、旧横田医院を継続して借り続けられることになったので、赤井さんが現職である鳥取県立博物館の学芸員になった今でも、その活動を続けています。

『HOSPITALE』では6つのプログラムを行っています。

1つ目はギャラリープログラム。これは、作家を呼んで、館内で展覧会を開くプログラムで、旧横田医院がユニークな建築であることから、建築的アプローチで制作する作家を呼んだり、パフォーマンスをする作家を呼んだりしています。

2つ目はアーティスト・イン・レジデンスプログラム。これまで8人の作家が参加しています。できるだけ市民が関われるようなプログラム構成を意識しているそうです。また、『HOSPITALE』が、鳥取大学が主体となったプロジェクトであることから学生が積極的に関われるようにも意識しているとのこと。これまで参加したアーティストの活動をいくつか紹介していただきました。まずは「レオ・カチュナリック」。彼はクロアチア人の作家で、自身が紛争を経験していることから、社会的影響の大きい事件や事故によって個人のアイデンティティが大きく変容してしまうことをテーマに制作をしています。滞在中は『Re-Death Project』を行いました。続いては「守章」。彼は各地の防災無線から流れる音を採取して、それをもとに制作しています。滞在中は、唱歌『ふるさと』の作曲で知られる鳥取県出身の作曲家・岡野貞一についてリサーチを行い、また鳥取県内全19市町村の防災無線の音を採取して作品を制作しました。最後に「野村誠・やぶくみこ」。滞在中は、市民や学生と共同作曲をし、作品を制作しました。

『HOSPITALE』から徒歩3分のところには、アーティストが滞在制作をする際に利用しているレジデンススペースもあります。この建物は赤井さんが個人的に借り上げている建物で、1階部分はコワーキングスペースとして、2階部分の5部屋がレジデンススペースとして使われています。また、レジデンススペースとしての役割以外にも、市民が立てた企画を実行する実験スペースの役割も果たしているそうです。生活をテーマに、アートに限らず何か創造的なことが行える場になればいいとの願いを込めて運営されているとのことでした。

3つ目ははじめてのアートプロジェクト・トークシリーズです。これは赤井さん自身アートプロジェクトの運営は『HOSPITALE』が初めてだったこともあり、「そもそもアートプロジェクトとは何か?」を学ぶために始まりました。キュレーターやアーティストといったアートプロジェクトの実務家を招き、事例紹介などを実施しています。

4つ目は「すみおれライブラリー」です。もともと、展覧会の参考資料を並べていたら、それを見た市民から「家にある本もここに置いて多くの人に読んでもらえるようにしたい」という意見をもらったのが始まりで、市民が持つ読まなくなったけど捨てられない本を収集して図書館をつくっています。アートだけでなく、本も『HOSPITALE』への入り口の一つにしたいという想いから、地元の祭りに『出張ブックカフェ』を出店したり、詩人を招いてワークショップを開いたりしています。また昨年からは、地域に眠る8mmフィルムを集める活動も始めており、フィルムの収集、上映、DVD化を行うようになったとのこと。収集したフィルムを活用したプログラムを実施することで、地域の年配の方々が8mmフィルムの上映会に興味を持ってくれ、これをきっかけに、地域の人々にアートプロジェクトを紹介でき、アートファンと地域住民とが話す機会を作ることにも繋がっています。

5つ目は庭造りプログラム。これは、「生意気」というアーティストユニットを中心に、旧横田医院の敷地内の庭を管理したり整備したりする中で、新たな人的ネットワークが生まれることを期待して始まったプログラムです。始めは雑草がぼうぼう生えていたり、ゴミがたくさん捨てられていたりした庭でしたが、少しずつきれいに整備していき、ある程度きれいになってからは、植物・生命・食べ物をテーマに庭造りをしています。

最後に紹介するのはアートスクールプログラムです。これを始めたのには2つ理由があると言います。1つ目は、「第一線で活躍する作家から直接学ぶ場を作る」。アーティストが大学教員になると相当な時間を講義や卒業制作指導のために割かなければならず、第一線のアーティストが教員となることは時間的制約上難しい。そのため、アーティストから今一番面白いことを学びたいと思ったら、既存の教育機関では難しく、そのための場を新たに作らなければばなりません。2つ目は、「アーティストの収入源を増やすため」。作家は展覧会を控えた時期や、レジデンスプログラムに参加している時期はとても忙しいですが、それ以外の時期には収入がなくなります。そのため、展覧会の隙間の時間で取り組める活動があれば、作家の持続的な活動を支援することができると考えられました。

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以上が、『HOSPITALE』中心となっているプログラムです。中でも特に赤井さんが力を入れてらっしゃるのはアートスクール。アーティストは作品制作をする前に、必ず作品の題材について入念に調査をします。赤井さんは、作品になりきらなかった面白いものが調査過程の中にあると考えたため、第一線で活躍するアーティストを講師に迎え、アーティストのリサーチを学ぶアートスクールを開催しました。1週間の合宿形式でしたが、県外からも参加者が集まりました。参加者は「風」をテーマに、ヨットやパラグライダーで風を体感するなどして調査を進め、討論を繰り返し、最終日にはアーティストの前で成果報告をしました。

アーティストと参加者が互いを受け入れあうという、『HOSPITALE』のコンセプトを体現するような面白いプログラムだと思いました。

また鳥取県立博物館での街中展示についても話を伺いました。これは、博物館側から「街中展示をしてほしい」という要請を受けて実現したものでしたが、「博物館とは何か?」を問い直すことをコンセプトに企画を立てていかれたとのことです。

赤井さんからのトークを受けて、いくつか質問がでたのでご紹介します。

Q:博物館での活動と、『HOSPITALE』の活動とのつながりはありますか?

A:つながりはなく、別のものと捉えている。博物館は予算が大きいが制約が多く、自主企画ができるのが3年に1度くらいなので、『HOSPITALE』を博物館にまで拡張することは難しい。

Q:時間の使い方は?

A:博物館での勤務は週休2日の8:30-17:15。『HOSPITALE』の仕事はその後にしている。ただ、それでは『HOSPITALE』の仕事に差しさわりがあったので、職場と交渉して、『HOSPITALE』の仕事を鳥取大学に協力する地域連携の仕事であるとして博物館での勤務時間中に行えるようにした。

Q:同じ作家と継続的に関わっているのはどのような思いからなのでしょうか?

A:(赤井さんにとって)一番面白いことは作家と話すことで、そこで刺激を受けることができる。作家との会話にある刺激を多くの人と共有したいため、(作家と市民との交友関係を築くためにも)同じ作家と継続的に関わっている。

Q:鳥取県立博物館の企画に、街中で展示するというものがあったかと思うが、それについて詳しく話を聞きたい。

A:かつて、『ミュージアムの創造的対話』という企画展を開いた。これは『HOSPITALE』と直接には関係がないが、街中展示をしなさい、というお題を館からもらって開かれた展覧会だった。「博物館とは何か?」を考えられなければ、博物館が街中展示をする意味がないという想いから、「うちとそとを使ってミュージアムを考える」ことをテーマに企画した。

Q:作家を選定するにあたって、地元にゆかりがあることは条件になっているか?

A: 『HOSPITALE』ではなっていない。博物館では企画によりけり。

最後にスタジオビジットでの様子や感想を伺いました。トーク前日、赤井さんや服部さん、県内の美術関係者などと計5人で、瀬戸市と長久手市の共同スタジオを巡っています。

「タネリスタジオ」

最初に、6月から一般公開されている瀬戸の共同スタジオ。建物2軒分をくっつけてできた天井が高く広いスタジオで、1階にカフェとギャラリースペースがあり、3階にはレジデンススペースがある。このスタジオは、瀬戸市が、空き家等利用促進補助事業の一環で運営する空き家バンクに登録された物件の活用事例第一号で、市から補助金をもらっている。改修費用は100万円。制作場所は普段は非公開。カフェやギャラリーといった、一般の人が自由に出入りできる場所を持ち、街に開いていこうとする姿勢は面白いと思った。スタジオを利用しているのは10人で、一人6000円ずつ運営費を払っている。物件の家賃は10万円。スタジオ利用者が定期的に入れ替わったり、成果発表が出来る場を持っていたりする仕組みが面白い。スタジオの代表の設楽さんが「みんなでスタジオを作っていこうという意識のある人が集まっているし、そうでなければ共同スタジオの運営はやっていけない」と語っていた。この言葉に代表されているように、作家間にゆるやかなつながりが生まれていたり、作家どうしモチベーションが揃っていったりしているところはちょっといいなと感じた。建物のポテンシャルが高い。赤井さんは建物の物件としての面白さに注目して見学していた。物件大好き。というのも、今、鳥取で元工場の建物を活用したスタジオを立てることを検討しており、絶賛物件探し中だから。オープンしたてであることもあってか、発展途上な雰囲気があったが、このスタジオでの活動に対する期待感を利用者みんなが持っていることが感じられた。

当初、スタジオビジットは県内の個々の作家やその作品を見学する事を目的としていたが、このスタジオでは作家どうしの関係性や、スタジオそのものに魅力があり、そちらに注目が集まった。瀬戸は古くから陶芸が盛んで造形家が多かったこともあり、今でも作家に対する理解が深い。そして瀬戸に拠点を置けば名古屋から距離を置いて落ち着いて制作できるし、家賃も安いので(いい作家が集まって)、瀬戸は名古屋よりも面白くなりそうな街だと感じた。(赤)街の中心に川が流れていることもあってか、のんびりした豊かさを持っていて、さらに面白い近代建築もある街。(服)

「安堂シューター」

北川民治のアトリエがあった場所の隣にあるスタジオ。もとは製陶場だった場所を改修しており、かつて使っていた人が作った陶器が残っていたため、陶器が入っている箱を積み上げて白く塗り、仮設壁を作っている。この仮設壁の存在が場所の雰囲気を作っている。運営主は永田さんで、他に画家が5人いて、計6人でスタジオを共有している。家賃は8万円。設立から12年が経ち、立ち上げから残っているのは永田さんのみになった。作家間が連携している様子はあまり見られず、純粋な制作の場として運営されているため、作品を見るためにこのスタジオを訪れる人は全くと言っていいほどいない。白い壁も建てられているし、作品と距離をとって鑑賞できるだけの広さがあるので、鑑賞者のためにスタジオを開いたらいいのではないかと思った。(赤)

「アトリエハウスKUMABARI」

愛知県藝術大学の近くにある共同アトリエ。もとは農家の屋敷だった古い日本家屋を改修してできたスタジオで、日本画を学んだ作家3人が場所を共有している。2年前から近隣の「TOKIOSOU」(詳細は後述)と共同でスタジオ公開をしている。外に開いていこうという姿勢が見られる。スタジオがそう広くなく、作家が作る作品もそう大きくなかった。スタジオの造りによって作品の様子が変わってくるのは面白いと思った。(赤)

「TOKIOSOU」

次に紹介するのは「TOKIOSOU」。設立から10年が経つ。ここは見学したスタジオの中で唯一エアコンがあった。各々画家として活動をしている夫婦2人が共同で使っている。2人それぞれ制作手法も作風も違うが、どことなく似ている感じがしたのが面白かった。住居はスタジオとは別にあるようだったが、生活と制作が全てつながっている感じがした。(服)

「愛知県立芸術大学(大崎研究室)」

最後に紹介するのは愛知県芸の大崎のぶゆきさんの研究室。ここでは大崎さんのアトリエと、彼が指導する学生2人の作品を見せていただいた。研究室自体は版画を主とする研究室だが、学生が取り組んでいたのはそれとは少し違う分野だったのが面白かった。(服)美大は自由な雰囲気があっていい環境だと思った。しかし、学生が学習・制作を重ねるうちに入学時と異なる分野に興味を持ち、学びたい技術と教えられる技術の不一致が生じたときに、学びたいことが学べなくなってしまったり、教えられることに引っ張られてしまったりするのは良くないので、分野を超越してもっと自由な制作ができるようにすべきだと思った。(赤)

エアコンがないスタジオが多く、暑い過酷な状況の中制作するアーティストを追体験する旅のようだった。天井の高いところをスタジオとして使いたいと思うと、そこにエアコンをつけるには莫大な費用がかかってしまう。そのため、愛知県に限らずどの地域に行ってもエアコンのついていないスタジオが多い。

スタジオを必要とする作家のうち画家が占める割合が高いということもあり、今回巡ったスタジオには画家が多かった。そして、ペインティングの分野の層は厚く多様な画家がおり、総じて質が高く、愛知独特の様式も存在しているので面白いと思った。しかし、各作家が他の作家との微小な差異から独自性を探っているようにも感じられた。その理由は、絵を描いている作家がペインティングの問題だけを追求しており、「なぜその媒体を使って表現するのか?」を疑っていないからなのではないだろうか。これはペインティングに限った話ではなく、また全国的にみられる問題だが、ある媒体が表現できる領域の内部だけで制作しようとして苦しんでいる作家が多いのだろうなと感じている。

愛知県は、多くの作家がいて作品が量産されていて、アートシーンを活性化させるための潜在能力が高い。しかし批評が機能しておらず、そこに問題があるのだと思った。しかし、批評を機能させる方法はある。例えば、優れた作品をどんどん売りに出して市場の評価機能を活用する、あるいは、キュレーターと作家が組んで実験的なグループ展をどんどん開催する、といった方法が考えられる。

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今後、国内外を問わず多くのキュレーターが愛知を訪れ、実験的な試みがなされていけるように継続して今回のようなプログラムを実施していきます。