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2017年9月12日 レポート

レポート|オープン・ディスカッション「ドクメンタ、ミュンスター彫刻プロジェクト、ヴェネチア・ビエンナーレについて話し合う」②

8月24日(木)19時よりアートラボあいちにて、現在ヨーロッパで開催されている主要な芸術祭についてのオープン・ディスカッション(公開意見交換会)を開催しました。飯田さんからのミニレクチャーのレポートに続き、ディスカッション部分のレポートとなります。

ディスカッション登壇者|青田真也さん、荒木由香里さん、飯田志保子さん、伊藤仁美さん、徳重道朗さん、西田雅希さん、野田智子さん、服部浩之さん、山城大督さん、吉田有里さん 他

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ディスカッションは主に行った人それぞれの視点、それぞれの意見を交換し合えたら、といったような流れではじまった。

ディスカッションの会場にはアーティストが何人かいたということもあり、飯田さんはキュレーターはやはりキュレーター同士で回ることが多いそうで、アーティストがどう思ったのか、アーティストの意見を求めた。

まずアーティストの徳重道朗さんから話しはじめた。徳重さんは3つの芸術祭の中でヴェネチアビエンナーレがいちばんエンターテイメント的な意味で楽しめ、ヴェネチア全体の印象としてはかわいらしいような感じがあった。それに対してミュンスターは前回行ったときの衝撃が強く残っており、それを超えられなかった感覚が自身の中であったため、期待はずれだったと話した。

アーティストの山城大督さんは、三つの芸術祭を見て、ミュンスターは一番あいちトリエンナーレ近い印象を受けたと言う。ミュンスターはコンセプチュアルな作品もあったが目で楽しめるものが多く、いわゆる美術のコンテクストをガチガチに知らないとわからないような作品ではなくて、身ひとつで行って楽しめるので、現地を自転車でまわりながら旅をしながら作品を見ていく感覚があいちトリエンナーレと似ていると感じ、初心者も楽しめるし、プロでも楽しめる。逆に真逆だと思ったのはドクメンタで、3日ぐらい予習してから行かないと楽しめないような、ハードな展覧会だった。という印象を受けたそうだ。

キュレーター服部浩之さんは芸術祭に行った直後はミュンスターの印象がすごく良かった。しかし周りと話ていく中で話題として一番多くあがるのはドクメンタの話だったそうだ。このような意見をもった人が何人かいたらしく、それはドクメンタがある種構造がよく練られているところがあり、その分問題も多くあったから話題になるのだと思う。と話した。

今回ドクメンタはもともとあったコレクションにもフォーカスしていて、ナチス時代に集めた実現できなかった展示もある。そのひとつでノイエ・ギャラリーというところでかつてやろうとしていたプランがあり、それはナチス時代にナチスが退廃芸術にし、ユダヤ人が収奪していったものがあり、祖父がそういうことをしていた人が1000点ぐらい持っている作品という物があって、はじめはその作品をノイエ・ギャラリーで見せようという計画があったそうだが、それが結局当時なくなってしまい、今のカタチになったそうだ。

アテネでやろうとしたこともいろんな背景が見えてくる。それを含めて背景がみえてこないとわからないことが非常に多いのがドクメンタだと話した。

山城さんはヴェネチアはあまりおもしろくなかったと話した。飯田さんの話にもあったようにどちらかと言うとお祭り感、芸術万歳といったような印象が強かったそうだ。ミュンスターがいちばん観光的に楽しく、ドクメンタは気持ち的にしんどくなるような部分が多かったという。しかし振り返ってみるとそのときは楽しい展覧会だったのはミュンスターだが、帰ってきてからどんどん自分に降りかかってくるのはドクメンタ。もしドクメンタと同じテーマの展覧会を日本でやろうと思ったら絶対にできないと思うし、あんな展覧会をやってもお客さんが来なくなるんじゃないか、例えば展覧会で小学生をギャラリーツアーするとして、アートってこんなにおもしろいよ、美術館に来てね、と言うような内容をするのだとしたらもしそれをドクメンタでやったら次はもう来なくなるんだろうなと思うぐらい難解なものが多かった印象を受けた。と話した。

ドクメンタは途中A4サイズにまとめられた過去の書類がずーっと展示されていて、A4用紙をずーっと見させられているような気がしてくる。背景や歴史を知識として持ったまま初めて見るのなら楽しめたかもしれないが、自分はそれが無い状態だたので辛かった。しかしそれを後から勉強していくと、あの展示ってこうだったのか、というのを掘っていける展覧会だと思うので、ドクメンタがいちばんおもしろかったと思っていて、しかし山城さんも服部さん同様体験としてはミュンスターがおもしろかったそうだ。

アーティストの前川宗睦さんも同じくミュンスターがいちばんおもしろかったと話し、次におもしろかったのはドクメンタ、次がヴェネチアだったと言う。ドクメンタは作家の数が多すぎてテーマもなんとなく聞いていたし、キュレーションからこういうテーマなんだろうなと思うのだが、結局自分の中ではその作品が良いか悪いかで鑑賞するため、テーマがどうとかはあまり重要視してなくて、どういう作家が出ていて、その作家がおもしろいかおもしろくないか、という判断で見ていたので、作家の数が多すぎると強く感じた。むしろミュンスターはプロジェクトで名をうっているからひとりひとりがプロジェクトとして独立して見えている。

服部さんの話によると今回ミュンスターは芸術祭がはじまるまでにOut of Body、Out of Time、Out of Placeという3つフリーペーパーを発行している。実際に展示を見てみてもBody、Time、Placeの3つのテーマに結びついていることがわかる。

ミュンスター彫刻プロジェクトは「彫刻」といっているが、彫刻の概念をどう考えるかということを考えるとおもしろくて、例えば毎日パフォーマンスをしている作品があったりとか、ジェレミー・デラーのように10年前の前回の彫刻プロジェクトから、スタートして、共同農園みたいなところの人たちに日記をつけてもらうといった作品があったりとか。それって彫刻なのか、彫刻って何なんだろうという言うことを考えさせられる。そう思うとこのフリーペーパーを出しているということは戦略としてもおもしろいと思った。Body、Time、Placeって結構誰でも考える言葉だし、いろんな作品に通じるもので、逆に何も情報を得なくて行ってもその場で作品と対峙できるという意味では、すごくおもしろいなと思う。と話した。

前川さんは帰ってきてからおもしろいなと思ったことがあり、ART iTの中の特集で今回のキュレーターのインタビューの記事を読んだのだが、その中で街との信頼関係などのキーワードが出てきて、その後すぐに荒川医の作品が盗まれたり、最近だと田中功起の作品が盗まれたり、作品にすごいラクガキがしてあって、今回のために塗装を塗り直すとか。そういったあいちトリエンナーレではそうそうない状況、敵対関係みたいなのがない状況っていう状況そのものがおもしろいなと帰ってきてから思ったと言う。

県職員としてあいちトリエンナーレ2010で関わった吉田たかゆきさんは、県職員として関わった立場からの話をし、あいちトリエンナーレをやっているとき、世界の文化芸術の発展に貢献ということが目的のひとつに掲げられているのだがどこかピンときておらす、それがはじめて、今回国外の芸術祭を見て、世界の文化芸術の発展に貢献というのはこういうことなのか、というのを納得できて、特にドクメンタは世界中からアーティストがきて、それこそ日本も含めて世界中から観客が観に来る。世界の文化芸術の「芸術」というのが目に見えてわかる。これが世界の文化芸術の発展に貢献することか、と思ったそうだ。それぞれ3つの芸術祭を観て、歴史的な必然があって、何のためにやるのかということであまり悩む必要がなくて。改めてあいちトリエンナーレをふりかえると、世界の文化芸術の発展に貢献と言ってももうひとつピンと来ないし、他の文化芸術の必要性とか浸透とかあるのだけれども、地域の魅力の向上とか、そういうものもどこか中途半端で。あいちトリエンナーレに限らず日本の芸術祭と言うのは世界の文化芸術の発展に貢献というところがなかなかわかりづらいと思う。自分は文化政策や地域活性化とかそういったところに興味関心があるからなのかもしれないが、日本の芸術際を考えて行くなら、そういったところも考えていく必要があるのではないかと思った。あいちトリエンナーレでいうとそういう意味ではどこを目指していくのか改めて考えていく必要があるのではないかと話した。

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2013年に関わった飯田さん、2016年に関わった服部さんに山城さんから、吉田さんが言ったような国際芸術祭という名前をつけているうえで意識していた個人的な意識と、芸術祭全体の意識をトリエンナーレを終えて、振り返ってみての個人的な認識を聞いてみたいとの質問があった。

飯田さんは2016年はオーディエンスとしてトリエンナーレを観たので、それを観て初めてひとつ前の回に何をやっていたかが見えてくる感覚だった。でもやっているときはわかっていない。同じように2019年を観たら2016年がみえてくるかもしれない。自分自身が考える時間を要したからかもしれないが、今の質問だと、国際展をつくる意識でつくっていた。吉田さんがおっしゃるほど地域参加とか地域活性化とか、私は2013年はいちキュレーターとしての限定的な仕事だったので、県職員の方が配慮して目的とすべきところはそこまで優先順位が高くなくて済んでいる。そこに責任を負わない立場として関わらせてもらったので本当に展覧会をつくるだけの立場だった。特に2013年のときの回がテーマ的にはあまり初回とか2010年のときほど大きくなくて、本当に限定的なトピックを扱っていたというのがあって、親しみやすさとかお祭り感も、意識はもちろんしてはいたのだが、ヴェニスとかミュンスターとかドクメンタのケースのどれかに近づけようとか、どれかを参考にしようとかは全く考えなくて、そのテーマをいかに国際的な文脈におとし込むかっていうことしか考えていなかった。なので逆に県職員の方がそれ以外の部分を全部担ってやれる、あの大きいブルドーザーみたいな体制だからキュレーターは限定的な仕事だけで済んでいるのだが、それは自分がどういう立場でトリエンナーレに関わるかによって動き方とか負う責任が違うので、あいちの2013年のときはすごくのびのびとやらせてもらったというか、札幌のときはもっとつらい立場にあったなと思っている。と話した。

ヴェネチア、ドクメンタ、ミュンスターをまわっていて、自分があいちトリエンナーレのキュレーターですという機会があるのか、という山城さんの質問に飯田さんは全くないと言う。例えば海外の知り合いとばったり会って、お互い共通の知り合いを介して初めての方とお会いするときは、紹介するうちの一言としてついてくることもあるが、周りもキュレーターばかりなので別に自己紹介をしても意味がないし、あいちでやったという、あいちトリエンナーレとしての認識度はそれほどない。なのでそこまであいちトリエンナーレには国際性はついていない。アジアの中の詳しい人は知ってくれている。やはりヨーロッパまで行くと知られていないので、深い話をする時間がないときはわざわざ話にはださない。と話した。

山城さんは今回のこのディスカッションから少しズレるが、今ここの会場にいる人たちにとって、あいちトリエンナーレは身近なものであるが、鑑賞者やアーティストにはそれに国際性があるかどうかということを確認するすべがなくて、例えばヴェネチアにいて、あいちトリエンナーレの出展作家ですって言うのと、他の国でヴェネチアビエンナーレ出展作家ですって言うのとでは大きく違うし、これは国際性だと思うのだが、そういうことを意識したことがあるのか気になっていると言う。

服部さんはあいちトリエンナーレが3回目ということをすごく意識していたと話した。3回目ってすごく難しいなと思ったそうだ。自分自身は美術展のキュレーターのひとりということで、割と全体の中での役割分担みたいなところを自分は意識していたところがあった。大きな星座の中でどこの役割を担うかというのを意識していて、その中ですごく国際的かどうかはわからないが、なるべくこういうところとの接点はつくれるようなかたちっていうのは生んでいきたいなというのはあって、ただ大きなコンセプト、最初のコンセプトは基本的に芸術監督が決めるっていうのがあいちトリエンナーレの場合はあるので、そのもとでできること、それは何だろうということを考えていて、やはり3回目、その次に繋がるか繋がらないかっていうところがやはり大きかった気がする、と話した。

山城さんはドクメンタをまわっているとき、観客の人たちの姿勢がすごいなと感じた。ちゃんとテキストも読むし、鑑賞に対する時間のかけ方もすごく丁寧で、回数を重ねていくことによって見る人の質が上がってたりとか、意気込んで見に来ている人たちが全員じゃないだろうけどいるんだろうなと思ったときに、これはすごいことだなと思った。あいちトリエンナーレもそういうふうにある作品に対してキュレーションに対して意見をもの申す鑑賞者がどんどんでてくるとこういう風になっていくのかなと思ったことがあったそうだ。

服部さんはその流れで会場の雰囲気についての違いを話した。ドクメンタでいいなと思ったのが会場のうるささだった。日本の美術館とかでしゃべっていると監視員に怒られたりすることがある。ドクメンタでは結構な人数が作品の前でしゃべっている。それこそそれなりに小難しい作品の前で結構年配のご夫婦とかがいろいろと会話をしていて、ドイツ語だから明確には分からないが、興味があったから聞いてみたら何か作品に対して議論をしていて、その議論をするという土壌ができているのはすごいなと思っていて、あともうひとつそれと繋がることで、観客が多様なところがとても需要だと思った。地元ドイツの人もいればそうでない人もいていろんな人種の人が来ている。ドクメンタ自体はナチスのころの反省がテーマとしてずっと今も続いている。基本的にドクメンタのスタートが反省からきているため、見終わった後に疲れると言うのはそこから来ているのではないだろうかと思う。展示自体も内政的なところが多いし、シリアスなものが多いので、それをあの規模でやっているので正直見る人に負荷がかかる展覧会だと思う。それでも見ている人は割と自分の立ち位置で楽しんでいるというのがおもしろくて。ドクメンタに行ったときにツアーにも参加したのだが、ガイドボランティアさんがいて、でもドクメンタのガイドさんはボランティアでなくお金をもらってやっている人たちがいて、それもいろんなところから集まってやっているのだが、そのツアーが少し独特で、ただ作品がこうだと説明していくだけではなく、一応芸術監督の意図のもとなのだが、誰かが説明して、受ける人がいるといったヒエラルキーを壊したいからということで、ガイドしてくれる人が基本的に聞くスタイルだった。あなたはどう思うのかとか。しかしそういうことをすると崩壊することがあって、自分が一緒にまわったところのツアーは簡単に崩壊してしまった。アジアのキュレーターと一緒に行ったのだがまとまれなくてみんな自由に散開してしまった。3分ぐらいでツアーは崩壊して、でもそれは多分最初にこういうコンセプトでっていう話し方をしていたら違っていたかもしれない。はじめからこの作品を見てあなたはどう思った?ということを聞く。でも作品とか何かと対峙するときって多分受ける人のモードの違いもあるから、いきなり対等に話しましょうと言われても、そんなに簡単ではないと思う。鑑賞することってタフなことだなと正直思った。と話した。

飯田さんが山城さんからの疲れませんかという発言に対して、私もドクメンタはすごく疲れるし、見ていてとても辛い。なのでドクメンタを最初にして、ミュンスターで休憩して最後でヴェニスに行くルートにしている。ミュンスターはそれぐらい旅をしながら見られる。ドクメンタはすごく集中力がとられるので、正直経験として楽しくはない。しかしそれがいかに大事で必要で、この後5年思索するだけのものが詰まっていると思う。なので見てその日で消化できてしまうものとか、3ヶ月や1年で次の回って何だろうぐらいのものでは経験として足りない。ドクメンタのように大反省会をずっとやり続けていることだから、近寄ってドイツ語でわからないなとか言っても、日中とか日韓とか東アジアあるいは東南アジアで展覧会をやるときも絶対そこに社会と政治のことって出ちゃうじゃないですか現代美術は。そのときにそんなに美術に興味がないとか教養がないとかどんな言い訳をしようが、とくに上の世代の人は知っているから、作品のことがどうであれ話に戦争のときにどうだったかとか話にあがる。それが欧州で同じことが起こっていると私は想像するので、作品を本当は見てないかもしれないけど、日本の広島のようにドイツも子どものときから情操教育を絶対にされているから、それをやった中でああいう展覧会が5年に1回あると、話さざるを得ないと思う。美術じゃないかもしれないけれど、その美術じゃないかもしれないという経験も含めてドクメンタだと思うので、辛くても見るしかないと思って自分に課して5年に1回頑張って今回も行こう、と思うと話した。

アーティストの伊藤仁美さんは今回ヨーロッパ自体も初めてだったこともあり、結構大きな期待をもって行ったそうだ。しかし思っていたよりも自分の中に光ってくるものはなく、自分の制作に繋がるもの、示唆になるものが見つかるのではないかと思っていたが、自分の中でつかまれるようなものはなかった。私はドクメンタがいちばんおもしろかったと思う。自分が映像作品をつくっているということもあり、映像作品が多かったし、数が多くて辛かったというのもわかるが、おもしろかった。カッセルという街との距離感が良くて、芸術祭も街もまわれたのは良い経験だったと話した。

伊藤さんの話から服部さんはドクメンタは確かにまわる規模は小さいけれど、ある種の疎外感と言うと言い過ぎかもしれないが、自分がアジア人だと強く感じた展覧会でもあって、それはやはり自分が見た順番もあるかもしれないが、最初にドクメンタ・ハレの大きなホールのところに行って、次にフレデリチアヌムという、すぐ側にあるギリシャの現代美術館のコレクションを持ってきた、というところの展示を観て、なんとなく導入としてはいまいちかなと思い、つぎに自然史博物館がすぐ近くにあるのだが、そこに結構東南アジアの作家とかアフリカ系の作家が自然史博物館のなんかに入れられていて、あの展示のつくられ方って正直どうなんだろうかと個人的には思っていて、作品ひとつひとつは良かったのだが、要はヨーロッパから少し遠いところにある少し遠い問題というのがある種ヨーロッパからはすごく遠いところの問題として扱われている感じがして、今回はすごくヨーロッパ中心主義的だと言われいているところもあると思うのだが、その中でも自然史博物館ともうひとつトーフファブリックというところであいちトリエンナーレにも出してたハーバード大学感覚民族誌学ラボというフランス人の映像の作家が、日本人の佐川さんという人がかつてフランスに留学していたときに、オランダ人の白人女性を殺害し、その肉を食べたという事件があり、多分40代以上の人はよく知っていると思うのだが、その佐川さんにフランス人のアーティストがインタビューをした映像がり、それだけではなくて最初に映像がふたつあって、ひとつは多分佐川家だと思われる家族のホームムービー、18ミリを16ミリに変換した、60、70年代の日本ののどかな風景が出てきて、その奥に16:9の映像で佐川さんの顔がドアップになったりとか、彼が獄中で書いてた漫画、自分が殺したこととか肉を食べていることをさも極楽の体験のように書いた漫画があるのだが、その作品自体も倫理観があるのだが、それが少し離れたトーフファブリックという名前の豆腐工場みたいなところで東洋人が西洋人の肉を食べたみたいな映像が上映されている状況で、これはどう考えているのかと結構悩んでしまう作品だったと話し、このふたつの作品の配置が気になっていたと言った。

前川さんはそのトーフファブリックの展示の佐川さんの漫画を実際に読んだことがあり、それを読んだうえであの作品を見るとフィルターがかかりすぎていて、漫画を読んで感じた反感や気持ち悪さがあるから、インタビューや映像とかを見てると、漫画見せれば良いじゃん、という気持ちになってしまってあそこはいまいちだったなという印象だったそうだ。

山城さんはあの作品の何が気持ち悪いかと言ったら、佐川さんは今はもう寝たきりで、自分ひとりでは生活できないので弟さんに世話をしてもらっているのだが、その漫画を弟に1ページずつめくらせて、弟に読ませている。自分の兄っていう切っても切れない関係の人が、そういう殺害をしたことも知っていて漫画を書いたことも知っていて、今になってもう1回それを弟に兄の前で読ませながら兄になんでこんなことしたの?ってしきりに言っている構図をなぜやらせたのかとすごく感じたのだが、自分は映像の記録者としてはものすごい見たことのない映像で、この2年間ぐらいの間に見た映像の中で作品としてではなく記録手法としてこんな記録の仕方があったのかとびっくりした。撮影に使われているレンズがピントがボケボケになるものをわざと使っていて、基本ノーカットで1カメで手持ちでゆらゆらして撮っているのでとても気持ち悪いのだが、映画の学校ではあんな撮影の仕方絶対教えないし、むしろ先生に怒られるような撮り方をしているのにこんなに記録できるのかと思った。多分ハリウッドみたな特殊撮影の仕方で臨場感を出そうとしている人たちには全く思いつかない撮影の仕方で、その点撮り方では映像作品の中ではベストだと思う。倫理観でいうと最悪の気持ちになるところがあるが。と話した。

トーフファブリックの展示に対して服部さんはあの場所でああいう展覧会の構造でしかも中国人のワン・ビンっていう映像専門の人が多分キュレーターで入っていて、何となく彼があれは選んだのではないかと確証はないが勝手に思っていて、もしアジアの人が選んでいるとしたらすごく複雑な構造で、全体の配置の中でもそういうつくり方ってすごく気になるなと思って。大きな構造としてはコレクションを扱う美術館的なところがあって、新作を扱うノイエギャラリーがあって、そういうのはすごくクリアにつくられていると思うが、普通にコレクションを持っている美術館にもうまいこと作品が入っていたりとか、そういうが大学でも公開になっている。すごくオルタナティブな感じで大学の中で実践されていたりとか、かなりバラエティも含めてつくりはすごく良くつくられていると思ったけれども、その中でヨーロッパの外側の遠さっていうのはやはりすごく感じるところがある。ヨーロッパ中心主義というと言われてしまうとそれまでだが。と話した。

documenta-Tofugabrik WEBサイト[http://www.documenta14.de/en/venues/21735/tofufabrik

服部さんの発言に対し飯田さんはドクメンタに関しては全然それを問題と思っていなくて、むしろその姿勢で良いと思っている。全世界を網羅する必要は無いし、その発祥が自分たちの歴史の大反省会しますみたいなところで。でもそうはいっても国際展だからドイツの作家だけではない、ドイツを構成している人たちももはやドイツ人だけではない。そうしたら必然的に自分たちのいるところからももっと広い世界の視点でいやでも出てしまうので、参加アーティストを世界的にバランスよく何割ずつというはナンセンスだからやはり自分たちが詳しいし専門としてるし語るべきことを堂々とやったら良いと思う。そういう意味ではヨーロッパの中だけで巡回していくマニフェスタのような構成もありだし、これはお互い様で、向うの人もアジアについて全く知らなかったりするし、こっちでやるときにほかの南米とか南アフリカとかそんなに網羅してやれるかっていったらやっぱりやれないと思う。オーディエンスはそこから会議していくし自分たちの足元に実直にやるべきことをやるっていう、ドクメンタがそういうスタイルだから私は全く問題ではないと思う。たまたまあれは日本の佐川さんが題材になっていたし、アーティストは昔から日本に関心があって何作かつくっているからあの作品が新作で出てきたと思うのだが。会場ごとにキュレーターを配置しているので、あの場所は小さいからもしかしてその中国人のキュレーターの人が2,3箇所担当していたかもしれないけど選んだのはそのキュレーターかどうかもわからないし、作品ベースで選ばれていると思っていて、逸脱したエクストリームな狂人の域の人の話だから、ああいう身体に関するセクシャリティだとか倒錯した具合とか、日本人が白人の女性に対して憧れてもそういう倒錯した性的な妄想みたいなのって欠落した身体みたいなものがまとまっていくつかあったので、私は他の会場に出ている他の作品とも繋がるから、ただ他の空間にあれを入れると際立ちすぎてしまってとってもエグいしやっぱりそれだけのパワーがある映像なので、やはりどこか外にはずしたいと思う。そういう空間で見ないと他の作品がくわれちゃう、最後に残るインパクトがそれだけになってしまう気がして、あれはトーフファブリックのようなちょっとはなれたところに出してるっていうのは私は正解だと思う。ヴェニスで会った昔の同僚のオーストラリアの人と話したときに、その人はその佐川事件のことを知らなくて、あれは一体何だったの?と聞かれて結構みんなトーフファブリックの話をしていて、やはりヴェニスに行ってまでもドクメンタの話をするという場面があった。そのぐらいのインパクトのものだからあの場所に入れたのではないだろうか。と話した。

山城さんは映像作品を観る環境がすごく良かったと感じたらしく、圧倒的に日本の展覧会と違うのは座席が映画館の座席をもってきて展覧会場に置いている会場がすごく多くて、映画館で座るような感覚でどの会場も映像作品を見れたと言う。

それに対して飯田さんは長時間見れる空間をつくるっていうのは重要で、特に今回のドクメンタは映像が少なくない上に長いものが多くて、長い作品に良いと思うものが多かったので見てしまうから、見せるつもりならそれだけの環境をつくる人が必要だと思う。と話した。

ここでアテネに行ってきた吉田有里さん、青田真也さんが来たので服部さんからドクメンタはアテネとカッセルの2会場で、基本的に同じ作家が出ていると言うのが前提だと思うのだが、そのへんは2会場見てみてどうだったのか。と質問が投げかけられた。

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吉田さんはアテネはカッセルと同じ作品もあったが、ほとんどは違うものが出ていて、その比較がおもしろかったのと、会場が結構広範囲にわたっていたためカッセルよりかなり歩かされる。その間街をすごく見ることができて、カッセルに運ばれたと先日ニュースになっていたのだが、難民キャンプのテントが大理石でつくられている今回のアテネに学ぶを象徴している作品がカナダのアーティストの作品にあるのだが、それを見に行くにはアクロポリスと同じぐらい高いところに山登りしなければならなくて、結構サインもあまり無い中でかなり道に迷ったり、この大理石を古代の人たちはどうやって運んだんだろうと想いを馳せたりとか、身体の体験としてそれを考えさせられるような仕掛けがいくつもされていて。あとパフォーマンスが週末やっているところがあって、会場の美術館まで電車と車を乗り継いで20から30分ぐらいかかるところにわざわざ行ったのだが、海沿いの街で、そこはドイツ軍が第二次世界大戦のときにアタックした場所で全部焼け野原になってしまったということが書いてある歴史博物館のような場所になっていたりして、そういう行って知る情報みたいなものも多くあって、歩かされるが、アテネの街の歴史とかを見れたりとか、あとは街自体が全部グラフィティで占拠されていたり、あとゴミが街の角にすごい高さでたまっていたりとか、そういう状況を見ながら展示をまわるので、アテネに行ってからカッセルに移ったのだが、かなりカッセルはつくられた街なので、普通にマクドナルドがあったりH&Mがあったりする街の中に展示会場があるので、その街の違いみたいなものもかなり違いがみえた。展示のデザインも全くカッセルと違って、ギリシャのデザイナーの人がやっていて白地に黒が目印でスタッフが全員「14」って書いてあるTシャツを着ていてそれもカッセルと違っていた。

青田さんはアテネに行ってからカッセルに行ったのだが、割と映像作品はひとつの時間が長いので1回見るとスキップしてしまうということがあって、同じ作品を繰り返し見るというよりかは、先ほど吉田さんの話にも上がったが少し外れたところにピレウスというところがあってそこの考古学博物館の中に週末展示というかパフォーマンスがベースの作品が展示されていたりとか、あと考古学博物館なのでそもそものギリシャ神話とかそういう風なものが展示されていたりとか、さきほど言ったようにナチスに爆撃された歴史が書いてあったりして、そこに行って電車を降りると少し雰囲気が違っていて、聞いてみるとそこは移民を受け入れている場所らしく、港があり、そこに移民の人が来ていたりとかアテネの中でも結構独特の雰囲気の場所で、そこは降りてみて実際その場所に行ってみると肌で感じるというかそういうふうな経験をしていて、その後にカッセルに行ったときに、クロッシングという4面スクリーンの映像があって、ギリシャの中の移民の場所を2時間ぐらいずっと撮っている映像があって、そこにそのピレウスも写ったりする。そういう経験をすると実際に街を歩いてみてそういうことを肌に感じながら、実際にカッセルで映像作品で振り返ることができると、より経験としては作品だけじゃない部分で情報が入っているので、それはおもしろかったなと思った。と話した。

飯田さんはAngela Melitopoulosの作品は今回のドクメンタのベストだと思うぐらい良い作品だったと思うのだが、アテネは行けなかったのであれが写っている場所が実際どうだったかとか映像になったときに見るものとその場所に自分の身体があってみるものとやっぱり違うんだろうなと思う。比較することができたのは素晴しいと思うけど多くの人は私もそうだけどどっちかしか知らないし、2都市会場にしたのは今回のいちばん重要なテーマでもあると思うのだけれども、全部見ることができない失われた、ロスした感覚をもともと意とされているというインタビューがあった。そうなると芸術監督のアダム・シムジックとしては全部見られていない、得られていないという不満足感とか欠損している感覚というのも企画意図に入れているというのもどう考えようかと思っていたが、どの展覧会でも、愛知の規模ですら全部なんて見るのは、多分ここに来る人たちは見るかもしれないが、普通2,3会場まわって、週末の1日とか、家族連れだと半日とかいて、あいちトリエンナーレ見た、と思うのが普通だとおもう、そう思うとカッセルとアテネと両方やって、一部しか見ないであろうマジョリティのオーディエンスとかはどういう風にそのロス感を消費したらいいのかを分かっていないので、今日話が聞きたかったと話した。

それに対して青田さんは実際カッセルで不満に思ったのはチケットが2日券しかないことだと言った。その後は一週間とかパスになってしまうので大体2日券とかを買ってまわるのが妥当だと思うが絶対2日間だけじゃまわれない場所と数だと思うので、そのさっきの飯田さんの話でロスするというか完全に全部見れないっていうのはみんなどういう風に思っているのかと思っていて、結局は全体像が見えていないというかそれぞれが感じたものでしかないから、そこは共有できる部分もあればできない部分もあるなと思っていて、だからいろいろ書かれているテキストとかも、立場によってとかその人の見方によって全然違うと思う。と話した。

アテネは会場が全て無料なので、アテネの人は100日間かけてひとつづつまわれる、とアテネの人が言っていたそうだ。もちろん美術館はチケットが必要だったりするのだが、基本的には無料だったので週末見に行くとか、毎日公園の広場でディナーを振る舞うプロジェクトをやっていたりして、60人限定で1日ごはんが食べられるっていうプロジェクトで、テーブルを囲むっていうプロジェクトなのだが、見えてしまう場所にも無料の作品がいっぱいあったので、見せ方が全然違った、というような印象があったそうだ。

飯田さんはアテネに行ったふたりに実際に行ってみて批判のひとつにされる問題でもあるアテネを見せ物に搾取しているとか、実際に4年間の雇用をうんでいるとか、会場になっている大学は都市としてうまく関係を築いていっているけど他の場所はグラフィティあらしになっていたりとか、そのへんはどうだったのかという質問が投げかけられた。

吉田さんはグラフィティあらしは街全体で、ドクメンタ関係無しに街自体が多分経済破綻しているから、少し影響があって、ストがあったり、グラフィティで網羅されてたり、なんだかヨーロッパじゃないアジアっぽい雰囲気があった。でもアテネの会場の数も40会場近くありカッセルよりかなり多くて、大学も一般に解放していて、私が大学に行った日は日曜日で生徒たちはほぼいなかったのだが開かれた場所には一応なっていたのではないかと思った。考古学博物館とかに行くと本物は全て大英帝国にありますとか紀元前何千年前の彫刻は全てヴェネチア軍が持って行きましたとか、ギリシャの何千年もかけてヨーロッパからいろいろ搾取されたものも、展示を観てまわっているのだがそれも見て取れる。そういうところでもアテネに学ぶというタイトル通りだなとアテネでは感じた。アテネの美術館のコレクションがカッセルに行っていて、美術館に全部ドクメンタの作品が来ているという少し入れ子構造になっていたように思ったそうだ。

服部さんはそれを聞き、今回コレクションの扱いが全体の大きなキーになっている気がしていて、実現できなかったナチス時代のコレクションの話からスタートして、特にカッセルはコレクションで構成されたふたつの会場がキーになっていた気がする。ギリシャのコレクションの作品のひとつひとつがどうかとか、展示内容がどうかとかは置いておいて。ノイエ・ギャラリーは結構おもしろいと思っていて、結局2回行かないと分からないことが多かったのはノイエ・ギャラリーだったように思う。と言った。

コレクションの扱いについて青田さんは、アテネの方は基本的にはコレクションはなく、新作、作品が出てることが多かった。コレクションを持ってこられた美術館も会場のひとつなのでそこにインストールされている。

飯田さんはエクスチェンジという書き方がされていたからなのかカッセルのコレクションがアテネにいっているのかとはじめは思っていたのだがそうではなく、会場としてアテネを使うからそのかわり作品を送りますという意味のエクスチェンジだったことを後から知って、なるほどな、と思ったそうだ。

青田さんはちょうどアテネにギリシャの友人がいて、実際に会ったときに話をしたのだが、ドクメンタの期間中に本当にいろんなところから人が来るというようなことを言っていて、ギリシャで美術の仕事をしたいと思っている若い人たちの普段の仕事は全然ないが、ドクメンタをおきにドイツに行ったりだとかギリシャで仕事を得たりとか。そういった意味では作品は来なくても人が来たりとか雇用があったりとか、そういった意味での奉還はあるのではないかと感じたという。

飯田さんはそれに対してこれは今回の話であって次回から監督が変わって、またアテネが会場になるとは限らないし多分ならないだろうし、そのときに外に出るチャンスがあった若者とかは良いかもしれないが、中に残る人はまた経済状況が良くなるまではまた同じ状態に逆戻りになるといった結構辛いスパイラルがこれからはじまるのではないかという気持ちでいて、監督は中間報告のときに雇用を生んで、搾取だけでないということを力説はしていたのだが、自分の回が終わったら責任を取らなくていい立場ってこういうことなんだなと思った。それを悪いとかそういったことを言う権利は私には無いしそういうつもりも無いし、今回はやるべき仕事を見つけるからそれで良いと思うのだが、アテネからカッセルに増員したりつくったりとかあれも結局お金を得ているのは最終的にドイツっていう、そういったことはドクメンタの枠組みを超えて、EUがギリシャを締め付けているという報道は変わらない。と話した。

それに対し服部さんは、とはいえカッセルの中だけでも5年に一度は100万人近いぐらいの数の異常に人が来るわけで、あの小さな街で5年に一度だけってほかの4年間はどういう状況なのだろうか、と思ったりする。

それに対し青田さんはニュースなどの記事で見たそうだが今後そういう開いてない時期、期間外のときもそういう施設をつくるということが決まったみたいで、期間中はそこを使ったりとか、開いていないときはコレクションとか、そういうワークショップをやったりとかするそうだ。

飯田さんも6月頃同じ記事を見たそうだが、36億円ぐらいの額をかけて市と国と州が2:1:1で資質分担してつくるそうだ。そこでアーカイブもしていくし、間の期間も活動するし。コレクションを活用するって美術館を会場にする的な発想にいきがちなのだが、作品だけの支援じゃないやり方も今回は見られたし、毎回テンポラルなことをやるのだが、それをどうやって定着させていくのかということや、奉仕とする場所が必要なんだなというのをやっとドクメンタがあれだけの回数をやって、今やっとつくる、経済状況もあると思うが、そういうコレクションとしてどうやって定着させていくかというのは考えることが大きかったし、既存の美術館をどうやってパートナーとして組んでいくか、そこがいつもあいちではそこがジレンマなのだが会期中そこのコレクションを見せることができないのは美術館にとってそれは1回分お休みということになる。トリエンナーレとかドクメンタも可視化状況の現実化をさせてしまうのは本当は望ましくなくて、それを解消する方法としてカッセルが正解ではないと思うが、ひとつこういうやり方があるのだなというのを見た。と話した。

服部さん曰く逆にミュンスターも美術館があってすばらしいコレクションがあって、美術館の端っこで彫刻プロジェクトのアーカイブというのを初めて、結構未完成のまま見せ出しているところとかもおもしろいなと思って、要はいろんなものをアーカイブと言うことができるのだなと思った。逆に美術館外から今回コレクションされるかもしれない作品ってどう呼んでくるのだろうかとか、何をもってアーカイブというのか、全てに関してアーカイブというのか、そこは逆にコレクションとは言わない不思議な態度だなと思ったそうだ。

ドクメンタはアーカイブという言い方とは別の言い方でやっていて、どのくらいの資料が残っているかもわからないし、それを仮に保存しているところはあるのだが、私がさっき言ったコレクションというのは精査した意味でのコレクション、美術館のコレクションという意味で、アーカイブは精査しないことが特徴だから何でもかんでも価値があってもなくてもとりあえず集めます、というのがアーカイブで、ここは混同していなくて、残せるもの、良いものを評価検証したうえで残す、残さなくて良い作品とか、残さないつくり方をしているものってあるだろうし、それがテンポラリーな展覧会のときは意味があったりするわけで、今回のここでしか、何十日間しか見られないっていうかたちもあったりすると思うので、残すもの残さないものといった精査はあって良くて、ドクメンタのアーカイブとは別に、それはコレクションとして残ってほしいなと、いちオーディエンスとして思っている。と話した。

服部さんはミュンスターが今になってアーカイブと言いだしたのはおもしろいなと思って、ミュンスターは結構いろんな彫刻作品、屋外作品も含めていろいろ残っている。しかしあれは方針としては基本的にカスパー・ケーニヒとかは残さないことを前提につくってくださいということをむしろ強調していて、要は残すことを前提にアーティストに頼んでしまうと、例えばコマーシャルギャラリーだとか利権をもっている人たちがいろいろ絡んできて、作品がつまらなくなる可能性があるんじゃないかということを言われていた。つまり最初からプロジェクトでつくったのにコレクションを前提に、なるべく残していこうという発想になってしまうと作品自体のクオリティがおちていくのではないかということで、一応方向性としては例えば市民が残したいと言ったら残すというカタチをとっている。しかし作品が良いか悪いかは別として、あれって残そうとしたら大変なことになると思う。残らないからこそできている作品だと思う。と話した。

そのままミュンスターのサイトを見ながら話を続けた。制作に一億円ぐらいかかったといわれている作品で、スケートリンクだったところを簡単に言うとひとつ別の生態系みたいなものをつくった作品で、確かにこれを最初から残る前提でつくったらこれをどうやってまわしていくのかとか、そういう意味では残らないからこその価値というものがあるんだなと思った。と話した。

ここで飯田さんから会場にいるアーティストに対して質問が投げかけられた。コミッションのときはふたつやり方があって、制作費も出せるからコレクション前提でつくってくださいという依頼をすることが美術館の場合である。そうすると制作費を上乗せされる。でも、できてしまって後から買います。といふうだと、できたものだけに対する態度になるから制作費の段階でもらえてたらもっと良いものつくれたのにっていうのもでてくる。でも残る、コレクションに入る前提っていうのはうれしいことじゃないかなと思うのだが、どっちの方がやる気を出すものなのか、ということを少し聞いてみたい。ということだった。

徳重さんは美術館に作品を買われたこと自体まだないので難しいところではあるが、やはり自由度が高い方が良いと思うし、責任を取らずにすむのならその方がより自由と言うかおもしろい発想がでてくるかもしれないので、自分はお金がなくてもコレクションでということではない方が楽しめるような気がする。と話した。

アーティスト佐藤克久さんも後からの方が良いと言う。残ることが前提にあると、やはり余計なことを考えてしまう。それありきだと、それが制作に含まれてしまうところが邪念で入ってくるので、大きいものをつくる人の場合だと、先にお金があった方が良いだろうが、メディアが決まっている人だと、めちゃめちゃいいものをつくろうという風になってしまうのではないか。

それに関連して、メディアシティソウルで田村友一郎さんの作品が購入された時の話として、日本側の制作マネージメントをしていた野田智子さんから話があった。

田村さんの方から作品が完成した時に、その作品自体がミュージアムピースだよねという話を私と彼との中でしていて、主催が美術館だったので、そこにコレクションされる可能性っていうものをプレゼンしよう、という話になり、彼が向こう側にプレゼンテーションしたら向うもぜひ買いたいということだったので、制作費プラス作品の価格をちゃんとお支払いをして収蔵された。でもこれは珍しいのだろうか?と野田さんからも質問が投げかけられた。

飯田さんの経験としては、コミッションの時に割とそのやり方をするところも多くて、その方が事前にプライスを決められるというメリットがあると言う。

田村さんの場合は完全に事後であった。価格は恐らく向こうからこういうのでどうだろうというのがあったという。

メディアシティソウルも結構複雑なつくりになっていて、美術館自体が会場にはなっているが、そのとき美術館のキュレーターじゃない人が全体をディレクションしていて、キュレーターチームも別でできていたから。購入のときは美術館の人とやりとりをしていたという。

できた作品が美術館で購入するっていうのは横浜でもあいちでもある話で、入れますという前提でつくってはないですけれども、できたものをいくつか買い物していくというのはある。つくりとしてはそういう流れが多いそうだ。

田村さんのその作品も日韓の問題を扱っていて、韓国にある元々日本の大豪邸だった建物を使ってつくられている美術館で、そういう日韓の過去の歴史を扱った作品が購入されるっていうのはすごく紳士なことだなと思った。逆に韓国で、日本人がつくったものが購入される。そういった意味では意味のあるコレクションだったのではないかという話が上がった。

アーティストの荒木由香里さんはドクメンタのとき、インターナショナルドローイングワークショップをするというレジデンスでドイツにいて、カッセル、ミュンスターをまわったそうだ。そのときは2週間朝から晩まで制作だったので、バケーション感覚で見に行っていたそうだ。

やはり作品の前で周りの人と話すというのはどこでもしていて、とてもいいなと思った。そのときそこのレジデンスに一緒にいた人たちの中での話題としては、どの作品、というよりも、建築とか街で盛り上がっていて、作品に対してはどれが一番とかいうのはあまりなくて、どれも同じぐらいそれぞれ話をしていくのだが、自分だったらここで何をするとか、日本でも結構よくやるけど、他の国の人たちもみんなやるんだなと思った。この隙間、いいね、とかを誰かが思って、何となく作品っぽいものが街の中にいくつかあって、それを見つけて盛り上がったりもしていたそうだ。

荒木さんがレジデンスをしていたときはドイツのハノーファーでやっていたメイド・イン・ジャーマニーというドクメンタの時期に合わせてやっていた展示がとても印象的だったという。6つの美術館でその企画で展示をしていて、その中の作品が自分の中では印象的だったそうだ。コレクションを彫刻を使って再構成して見せるとか、結構おもしろかったそうだ。

その後質疑応答になり、質問した方は自身が見に行った中で、見た作品、街もふくめて移民問題、というひとつのテーマが感じられたそうで、日本にいたらあまり身近に感じられなかった問題だったから、と話し、他の方々は移民問題について現地でどのように感じたか、という質問だった。

その質問に対して服部さんは、ミュンスターでガイドツアーに参加した話をした。そのときのガイドさんが自分はイラン系の難民です。と言っていたそうだ。難民として今ミュンスターに住んでいて、大学で勉強しながらこういうガイドの仕事をしていると言っていた。しかしそれはネガティブに言っておらず、自分の今ミュンスターにいる状況を自分なりに楽しんでいる。確かに難民問題はヨーロッパではダイレクトな問題だし、それを思うと横浜トリエンナーレの入口にあったアイウェイウェイの作品もまさに難民問題を扱った作品で、日本で展示していたのだが、なんだかそれって、なぜ日本の横浜という美術館で最初に目に入る作品として見ると、なんとなく個人的には距離感を感じるところはあったりした。ヨーロッパで感じたものとは違う距離感で何か感じるなということはあった。と話した。

それに対して別のオーディエンスの方から、アイウェイウェイに関して、救命ベストの作品は世界各地で展示されているのだが、多分それがベルリンのド真ん中でやられたときも恐らく疎外感と言うか渦中ではないという感じを恐らく与えていて、今回のアテネがドクメンタにまわったというのも恐らくシリア難民がレバノン経由でトルコに逃げるというのが常套手段で、トルコから海を渡ってギリシャに着く。ギリシャが恐らくユーロアンドフロンティアになっている。そこのギリシャで拾われたベストを使って展示されていたのがアイウェイウェイで、そういった風に考えると、難民問題をとりただしたい、けどそれも搾取になってしまう。その中で本当に渦中にないっていうところを織り込み済みでやっているのが恐らくドクメンタであり、アイウェイウェイの横浜の作品であったのかなと思う。逆にアテネに行かれた方々は難民の方に対して何か搾取以外のひらけた感情が生まれたのか、という質問があがった。

アテネに行った吉田さんは、街ではドイツよりも街の人は楽しそうで、気候も全然違う訳だが、街の人はにこにこしていて、食べ物もおいしいし、アテネにいる人の方が私は幸せそうに見えた。しかし子どもたちを連れてお金がないので助けてくださいという方ももちろんいっぱいいたし、フリーの食事を振る舞うパフォーマンスも毎日ステーキとかすごく豪華なごはんが出るので、みんな大量の難民の人と,アテネのドクメンタ見に来た人が同じテーブルを囲むというパフォーマンスの意図だと思うのだが、展覧会を見に来た人よりも先に地元の人がみんなチケットを並んで取ってしまうので、ほとんど無言で食べている、写真も撮ってはいけないような空気もあり、そういう少し違った空気が出ているテーブルもあった。なので一概に何がいいのかはわからないが、そういう現状が見えたという意味では、アテネはすごく街から感じとるものが刺激的だったと思う、と話した。

飯田さんは二人の話を聞き、当事者意識がないと作品をより深く見えないかというと私はそうではないと思っていて、確かに日本はギリシャに距離を感じてしまうかもしれないけれど、距離があるなと私たちは感じる程ではないが、そういう感じ方を意としているのであれば、例えばそれはそういう作品の受け取り方で私は良いと思う。アーティストはそこまでこの作品をこう見てくださいっていうひとつの見方を限定してないと思うので、距離を感じさせるということも大事だと思うし、それに直接当事者として関わっていない作品も日本とか他の国で見せていくっていうのは、むしろ積極的にやる必要があるのではないかと思っている。でないとそこに行った人しかその危機感を感じられないっていうのは残念なことだなと思うし、逆に難民は別にシリアの人たちだけではない訳で、オーストラリアに行ったときは本当に毎朝ニュースでワイドショーのようなああいうガサツなテレビとかでも毎日何々島からこういうボートが来てっていうのはやっぱり今でも毎日の問題としてある。それが時代によってアフリカ系だったり中東系だったり、今年はベトナム、中国だったのだが、それが変わって流れてきている人たちの構成が変わっているから今この国をつくっている国民という人たちも変わってきてしまっているというような因果関係があるので、直接シリアのことはやっぱり他の地域の人が言うのと同じように遠い世界の話だなと思っているかもしれないのだが、自分たちの国も違う種類の話も問題もあるという風な見方をすることもできるので、日本は難民という風に限定すると確かに数のうえでは少ないかもしれないが、実際日本国籍をもっていない、でもこの国に長く滞在して生活をしている人ってたくさんいるわけなので、そこに置き換えてみるとか、そういうことをしていく方がより意味があるのではないかなと思う。でも普段からそんなことを毎日四六時中考えていないので、たまに展覧会を見たときに、そうか、そういうことがあるなって言う風に気づくような、たまの訓練というか、たまに行ってドクメンタきついな、見てて辛いなと思いながらそれを思い出すような自己探偵みたいなつもりで行っている。と話した。

最後の質問で、ヴェネチアビエンナーレの話がもう少し聞きたいという意見があった。

服部さんはヴェニスは各国色々な国がパビリオンを出している。実際にかなりの国が出していて全部なんて見れてないしむしろ見れてないものの方が多いぐらいなのだが、各国のパビリオン、今そのときにその国でいちばんあついアーティストだったりトピックだったりが扱われていたりするのでそこを見ていくと、いろんな国の状況だったりとかが見えてくる。例えばフィリピン館とかは前回が50年ぶりにフィリピン館を復活させたとか、それぐらいヴェニスで出すことはお金がかかってしまうし、大変なことだったりするので、最近そういうアジアだったりとか中東、アフリカの国々も、ジャルディーニとかはもう決まったパビリオンしか出せないのだが、むしろヴェニスのもっと街の中にいろんな国のパビリオンがあって、遠い島、ジュデッカ島とかいろいろな島があるのだが、実は大きなメイン展だけでなく、恐らくそういういろんな国が出しているパビリオンを見ることでその国の状況だったりとか、それに対してじゃ自分たちが住んでいるところってどこなんだろうみたいなことを、再確認することには繋がるのかなとか。要は世界で起こっていることを知れるすごい機会なのではないかと思う。言い方は悪いが、どこだっけこの国とか、そういうことを思うようなことも絶対あったりして、どの国のパビリオンが出しているのかどこにあるのか最初結構分かりづらいのだが、それを見てから行くのも良いのではないかと。と話した。

飯田さんは87カ国が正式参加していて、世界の国とか地域って約200以上ある。だからたった3分の1しか出てないとも言えるし3分の1も出てるという言い方もできるので、それだけの国と地域が参加しているということ自体はやっぱりたかがヴェニス、されどヴェニスと言っても見る価値があるのはそこかなと思う。よくレビューとか批評とかだと、ドクメンタと特に今年はかち合っているので、国際企画展の方しか論じられないことがあるのだけれども、それより同じぐらいか1.5倍ぐらいのボリュームで各国にそれだけナショナルパビリオンがあるので、それは無視できないことだしそこにみんなアーティストは大きな舞台だから2年なり1年半なりかけてやるわけで、そこは雑に見てはいけないなと思い、今回はあきらめてジャルディーニとアルセナーレだけ丸2日にした。それでも全て見れていないが。私も自分が若くてどう見ていいのかわからなかったときは、全部見ないといけないっていうプレッシャーの方が強くて、駆け足でザーッと見ていたのだが、そうすると見終わった後に何も憶えていないという現象があって、今回は割り切って限られた時間の中でちゃんと見るという風にして、もう見れないことが前提で、特にドクメンタの前情報で日数的に無理だともわかっていたので、お腹空いたらごはん食べるとか、そこの街を、都市を楽しむということもちゃんとやろうと思って、作品も全部を見ることはもうあきらめて、でも見られる機会があるものはちゃんと見るという風に切り替えたら案外いろいろ憶えていたし、その方が作家にとっても失礼じゃないかなと思うし、一週間見ても全部は見れないと思う。と話した。

加えて服部さんから、ヴェニスは平行企画みたいなものがやっぱりすごくいっぱいあって、そいうのもすごくクオリティが高いものが多いです。と話し、それに関連して山城さんからこれから行く人がいたらヴェネチアビエンナーレとポルチュニーの展示は見た方が良いと話した。これまで見た展覧会の中でも国内の展覧会の中でもクオリティがいちばん良かったと思う。それは国ごとの問題とか本人が抱えている問題とか、そういう作品ももちろんおもしろいけど、それをすっ飛ばして、人類っていう人間でこの身体で、感覚があって、目があって、手で触れて、とかそういう感覚があったら多いに楽しめる展覧会で、それが古いものから新しいものまで全部ごちゃ混ぜで展覧会として成立されていて、時にはそれは暗い中で光を見たりすることもあったり、その体験の後に、めちゃめちゃペインティングで感動させられたり、キュレーションの勉強ってこういう風にするんだなって思った。キュレーションっていうことばを知るにはああいう展覧会を見たら良いんだと思った。ただ単に配列するだけじゃなくて狭くなったり集中したり、広くなって嬉しくなったり、耳をすましたりとか、そういう体験ができる。作品自体が良かったり、何故このデュシャンの作品がここのこんな壁の細いところに展示されているの?とか、だからポルチュニーは絶対行った方が良い。と話した。感動しすぎて小躍りするぐらいよかったそうだ。しかし毎回ヴェニスに合わせてやっていたこの企画も今回が最後らしく、次からは自分のスペース、美術館をもって展示をするそうだ。

プラダ財団もすごく良い展示だそうで、それも合わせてみると良いそうだ。