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2017年1月27日 レポート

レポート|シンポジウム『記憶(⇄)記録をつなぐ』vol.1

「『Shadow in the House』Akira Otsubo exhibition」(2018年1月6日~2月18日)に合わせて、1月27日(土)に「シンポジウム『記憶(⇄)記録をつなぐ』vol.1」が開催されました。

大坪さんは、これまで多重層的な歴史背景を持つ建物やその室内に注目し、そこにいた個人の記憶や文献などの資料を重ね合わせながら作品制作をしています。今年度は、愛知県立芸術大学アーティスト・イン・レジデンスにて、愛知県内に現存している接収住宅と公共建築を取材し、当時の関係者の方のインタビューなどを通して、『Shadow in the House』のシリーズを制作しました。建物や室内を長時間露光によって切り取った写真作品や、当時メイドとしてお仕事をされていた方へのインタビュー、関連資料などが展示されています。写真作品の中には、ダンサーの古川友紀さんに協力してもらい、室内でうごめく身体の影を長時間露光撮影によって浮かび上がらせているものもあります。

展覧会に合わせて企画されたシンポジウムには、大坪さんをはじめ、ゲストに駒井章治さん(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科准教授)、堀田典裕さん(名古屋大学大学院工学研究科助教)、古川友紀さん(ダンサー)、高嶋慈さん(美術批評家)が参加し、記憶や記録にまつわるお話を展開されました。

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大坪さんは、撞木荘を撮影するにあたって、当時GHQのメイドを務めていた山中節子さんにインタビューしました。山中さんは「いろんな文化に触れ、食べた事のないものを食べた。」と語っていたそうです。また揚輝荘では毎日スタッフによる建物ガイドツアーが行われていますが、大坪さんはある時それに参加し、「床についている丸い跡は、司令官婦人のハイヒールの跡だ。」という話を聞いたそうです。しかし、後で他の揚輝荘スタッフにその話をすると、「それは真っ赤な嘘だ。なんでその人はそんな話を捏造したんだろうか。」と怒ったそうです。
このように、現場に入って嘘か真かわからないような話を聞いてそれをもとに制作するということが大坪さんにとって重要なテーマとなっているそうです。今回の調査の中で、館の所有者や実際に館を管理している人たちはもちろん、その地域の人が館を愛して館について熱心に語る様子を見て、館や館にまつわる物語を地域の人が受け入れて自分のものとしていくことが、館が存続する上で重要なことなのではないか、と大坪さんは思ったそうです。
住宅接収というと一般にネガティブな、暴力的なイメージがあります。もちろん自宅や別荘を接収された当事者にとっては悲劇です。しかし、住宅接収は、それまで上流階級しか知らなかった西洋文化が庶民にも降りてくるきっかけであり、日本人が西洋文化を受け入れて咀嚼して自分たちの文化に変更したプロセスでもある、と大坪さんは思っているそうです。

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堀田さんからは、戦後の愛知県の建築に関する2つのトピックにまつわる記憶と記録についてのお話を伺いました。1つ目のトピックは、丸栄百貨店本館の保存についてです。丸栄百貨店とは、名古屋で長年愛されてきた老舗百貨店です。先日、この百貨店の閉店と店舗建物の取り壊しが報道されましたが、建物の建築的価値が高いことなどを理由に保存すべきであるとして日本建築学会が保存活用要望書を提出しました。2つ目のトピックは伊勢湾台風の復興住宅についてです。1959年に日本に接近した大型の台風(通称:伊勢湾台風)によって、愛知県南西部は甚大な被害を受けました。被災後に建てられた住宅が復興住宅なのですが、この住宅は住民が自らコンクリートブロックを積み上げて作られたものです。現在、復興住宅の多くが取り壊されつつありますが、堀田さんはその調査・記録に取り組んでいるそうです。
このどちらも、これらの建築にかかわる人々の記憶に残る建物です。しかし、建築を保存するためには高いお金がかかること、建築を管理し続ける人が必要であることを考えると、これらの建築についての記憶を持っていない人の協力を得なければなりません。記憶を持つ人の外側にいる人を巻き込むために必要なのが、記憶を表現した記録です。個々人が自分の目線で感じたことをいかにして記録するのか、その記録をどのように管理するのか、それが建築の保存をめぐって今後考えていかなければならない大きな問題だと思う、と堀田さんは語っていました。

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駒井さんからは、大坪さんの作品の脳科学的な解釈を伺いました。駒井さんによると、人間の記憶というのは、基本的には非常に曖昧なのだそうです。しかし、記憶が鮮明になる場合が2つあるそうです。1つは記憶する対象の名前を知っているとき、もう1つは記憶する対象に興味が沸いたときです。大坪さんの作品は、特に興味と結びついています。大坪さんが撮った写真には人影が写っているものがあります。人影というのは抽象的だから、そこにどんな顔や身体を持った人をも投影することができます。だから鑑賞者は、写された空間に住んでいた人の存在を人影から想起して、その人の人生の物語を想像したり、その物語に自分を投影したりすることができます。それは鑑賞者の興味を誘い、鑑賞者の中に記憶を形成し、記憶の保持を促します。
また、大坪さんの作品に限らず美術作品というのは、鑑賞者間での記憶の共有を可能にします。同じ場でなくても、同じ経験を共有することで、身体の盛り上がりを同じくして体験することができます。そうすることで同じ記憶を持つ人をどんどん増やしていくことができます。社会にとって、人類にとって大事な財産を残そう、となったときに、このようにして記憶を共有していくことは大事なのではないか、と駒井さんは語っていました。

シンポジウムの内容はとても難しかったのですが、記憶とはなんだろう、記録とはなんだろうということを考える良い機会になりました。異なる専門領域の意見を掛け合わせることで、新しい知見を生むことができる、ということを、身をもって体感できました。