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2018年3月9日 レポート
レポート①|いま、改めてアートセンターを考える。vol.2
前回アートラボあいちがリニューアルした際に第一回のトークイベントとして実施されたシンポジウム「今、アートセンターを考える」。第二回目となる今回は「ラーニングセンターというかたち 八戸市新美術館構想について」というひとつのテーマに絞り、そのプログラムに関わる西澤徹夫さん、浅子佳英さん、森純平さん、大澤苑美さんをゲストに迎え、前半をプレゼンテーション、後半をディスカッションといった2部構成で実施しました。
前半のプレゼンテーションでは、はじめに八戸市の美術館建設にあたって行われたコンペで最優秀賞をとられた3名の建築家チーム(西澤さん、浅子さん、森さん)より美術館がどのような構想になっているのかコンペの内容からお話ししていただき、その後大澤さんより八戸市の取り組みについてお話をしていただきました。
建築家チームプレゼンテーション
・八戸市新美術館コンペについて
今回新しく八戸市新美術館が建てられる場所は市の中心地にあり、これまで税務署として使ってきた建物で、その建物の老朽化が進んできたことにより美術館として新しく建て替えることになりました。これが今回のコンペの始まりです。
コンペの要項には、アートセンターとエデュケーションセンターと美術館の3つの機能が欲しいということと、「エデュケーションファーム」という言葉を使い、八戸市に今ある文化資源を発掘、発見し、種をまいて収穫していこうという理念が書かれており非常に興味深く、それをベースにどのような美術館が必要なのかという問いをたてて八戸をリサーチしていきました。
・八戸市について
現在八戸には、既に2011年に建てられた「ポータルミュージアムはっち」という施設があり、ここは言わば文化や民族、風俗のデパートのようなもので、アートや美術に関わらずおもしろいものを集めてイベントをしたり展示をしたりしています。また中心街にあるため、市内の観光案内所の役割も兼ねている市営の建物です。
2016年には同じく市営の「八戸ブックセンター」という建物があります。ここは八戸市が運営する本屋さんで、ここで扱う本は本屋さんが扱わざるをえない雑誌や売れ筋の本ではなくて、少しとんがった哲学書や美術書など普通の本屋さんでは売れないようなものを置いています。それが売れると分かった際には市内の他の本屋さんに、今どういった本が売れているかという情報を共有し、市内の本屋さんと関わっていくというスタイルをとっています。
こういった施設に加えて八戸市には毎週日曜日に開催され大きな賑わいをみせる「館鼻朝市」や、国の名勝指定にもなっていて東山魁夷の作品のモデルにもなった「種差海岸」、デコトラの発祥の地であったり、青森県全体の話しではありますが「教育版画」が昔から盛んだったりと、様々な文化があります。このように八戸市には既にアートプロジェクトもあれば美しい風景もあり、誰も美術やアートとは認識していないけれどもおもしろい風習や習慣があったり、また加えて青森には県立美術館、十和田市現代美術館、ACACなどおもしろい美術館も既に存在しています。
その間に新しく建つ美術館として、美術館とは言わず「ラーニングセンター」としました。
・「ラーニングセンター」に込められたコンセプト、構想
「ラーニングセンター」ということばには八戸市に既にある文化資源を調査、研究して、それらを繋いで新しく価値づけすることのできる専門性をもつスペースというコンセプトが込められています。
この今ある資源を調査、研究したり、展示やドキュメンテーションしていくというプロセス自体を市民やボランティアスタッフの間で相互に学び合う、つまり美術館のようにエデュケーションするのではなく、本来教える立場の人も学ぶ必要があり、教える人、学ぶ人が交互に入れ替わる場所が今の八戸市にはふさわしいと思うのです。
ラーニングセンターには先程のコンペの要項にもあったように、種をまくという段階と実らせるという段階があって、種をまくというのは例えば展示をする、イベントをするということ。実らせるというのはそこからどういうものが発見できるか、ということを育てていく。そして成長を促すという段階でそれをお互い学び合って、収穫したらまた種をまく、そういったサイクルが大きく必要であると考えています。
ポータルミュージアムはっちやブックセンターからもわかるように、八戸市からは行政が主体的になって市民の文化レベルをお互いに高め合おうとする意志を強く感じていて、自分たちの街について学び、発信していこうという姿勢はとても公共性のあることだと思います。
ラーニングセンターに私たちが必要だと感じていることは、先ほどもお伝えしたように教える人と学ぶ人が同じ場を共有すること。もうひとつは専門的に深く学んだり、専門性に偶然出会うということ。例えば制作している人の横で研究している人がいたり、プロジェクトを練っている人がいたり、それぞれ専門性の違う人が同居しているという環境が重要なのではないかと思います。それに対して「ジャイアントルーム」という名前をつけたものと専門性の髙い「個室ルーム」、この二つ種類の空間を用意するということが建築の考え方になっています。
・施設内構想
まず、教える人と学ぶ人が同じ場を共有するのに必要とされるジャイアントルームというものは、かなり大きな空間で、ここにはオフィスやライブラリーの空間が含まれつつ、全体のエントランスでもありイベントスペースでもあり、仕切りのないユニバーサルな空間となっています。
一方で個室ルームは、専門的に深く学んだり専門性に偶然出会うということに必要とされる部屋で各専門性に特化した小さな箱です。例えばホワイトキューブや映像専門のブラックキューブ、アトリエなどのようなものが個室軍としていくつかあり、これを複数同時に利用して、組み合わせ方によってアートセンターになったり美術館になったりエデュケーションセンターになったりと、流動的な使い方ができるということが重要であると考え、組み立てました。
他にもギャラリー1,2というものがあり、これはいわゆる市民ギャラリー的な使い方をすることを想定としているのですが、市民ギャラリーと言ってしまうと市民しか使わないようになってしまうので、市民はここを使えますよというだけで行政的なくくりはなく、行政的にここでしかやってはいけないという考え方はとてもよくないと思うのです。
加えてケースギャラリー、ワークショップスペースがあり、ケースギャラリーは美術館のコレクションを展示するスペースなのですが、そこで見た作品を写生したり、コレクションの作品をテーマにワークショップをしたりするためにケースギャラリーとワークショップスペースが隣接していたり、近年映像を中心とした作品が非常に増えているということもあり、映像作品を展示するための最適な音響や明るさを備え、同時にホワイトキューブで大型展があったときに、その紹介映像を流す等の使い方ができるブラックキューブという部屋があったりと、専門分野に特化したスペースがいくつかあります。
・プロジェクトベースであること
通常だと美術館が竣工したときにはこけら落としになる展示があり、それを建物をつくっていくことと並行して学芸員さんが計画していくのですが、私たちの場合はまだ組織的にもフレキシブルということもあり、どういうことをやっていくのかということを学芸員さんやアートプロジェクトを既にやっている人たちと一緒に考えるということをしています。コンペの要項があり、建築を提案するということを経て、実際にどういった展覧会やプロジェクトをやったらよいのかということを考えながら、同時に建物の設計にフィードバックし図面に反映するというやり方をしています。
また、展覧会を企画するなど何かを企画するにあたってプロジェクトベースで考えていくことが必要であると考えており、何かのプロジェクトの中に展示があったりレジデンスがあったりという形をとっていく方が、柔軟にその中で何をやるべきかということの組み合わせが自由になるのではないかと考えていて、多分それは私たちが提案した建物のつくり方にも合っていると思うのです。こういったことを他県のアートセンターやアーティストにもリサーチをしていて、建設の途中経過でこの建物だったらどういったふうに使うかと言うことを、将来的に使うであろうアーティストの立場から空間についてコメントをもらうというカタチをとっています。普通はこういったやりとりは設計者と学芸員の人たちとでするだけで、実際に使う人の意見は聞いているときりがなくコントロールしきれないということもあり、ほぼ取り入れられないのですが、私たちは実際にここをどう使ってくれるのかということを重要視していて、使うという意味ではアーティストも学芸員も同じであると考えています。
八戸市の取り組みについて(大澤苑美さんより)
・八戸市と文化
八戸市は青森県の右端の太平洋側にあり、人口は23万人。
五穀豊穣を祈るお祭り八戸えんぶり、夏になると八戸三社大祭、B級グルメのせんべい汁、朝6時の人口だったら名古屋駅に負けないぐらいの賑わいをみせる館鼻朝市など、八戸市には様々な独自の文化があります。
・八戸のアートシーン
施設としてはポータルミュージアムはっちという複合的な文化施設や、ブックディレクターの内沼晋太郎さんがディレクターを努めている市営の本屋さん、八戸ブックセンターなどがあります。それに加えてアートプロジェクトを様々な側面で展開しているというところが八戸のアートシーンの特徴だと思います。
そしてその大本となっているのが小林市長なのです。
・八戸市市長
小林市長は現在4期目の市長で、総務省出身ということもあり地域をどうしていくかということにかなり関心が高く、大学時代は演劇部の大道具をしていたということもありマネジメントの経験もあったのではないかと思います。
そもそものはじまりはポータルミュージアムはっちができるより以前、小林市長の前市長が三社大祭の山車小屋をつくりたいと言っていたことに対し、より活発な活動が生まれる場としてポータルミュージアムはっちをつくろうということを言い始めました。それに加えて小林市長はこれからは文化スポーツがまちづくりの中心になるんだと考え、現在私のいる部署であるまちづくり文化スポーツ観光部をつくることを発案しました。これはかなり大きなことだと思います。
このように2005年以降、市長が就任してから様々な文化政策が行われてきており、ポータルミュージアムはっちができ、アートプロジェクトが展開されていき、その先にこの八戸市新美術館の建設に至っているのです。
・まちづくり文化スポーツ観光部のこれまでの活動
1.南郷村(なんごうむら)との合併
私のいる部署、まちづくり文化スポーツ観光部がこれまでどのような活動をしてきたかというと、まずひとつは南郷村と八戸市の間にある行政的な合併の課題の解決です。八戸市に合併した南郷村は人口500人しかいない小さな村で、合併にあたり南郷村の方々にも、八戸市の方々にも利点と同時に不満に思う部分もいくつかありました。そんな八戸市と南郷村の間の溝のようなものを解消すべく、ホールと一緒になってパレード、コンテンポラリーダンス、ファッションショー、映画制作、ジャズフェスなど、市民の人と一緒になってやるアートプロジェクトをいくつか展開していきました。
そしてそんな各場所で行われているプロジェクトをひとつにまとめようということで今年の秋に、小さいからこそ丁寧に地域と向き合ったことができるようにと考え「南郷小さな芸術祭」の開催が決定したのです。
2.工場とのアートプロジェクト
八戸は工業地帯で工場がたくさんあります。そんな街の工場を経済の拠点としてだけではなくて、景観、まちづくり、文化など様々な面でとらえ、それをアートと組み合わせることによって、工場は地域の宝としてもう一度発信してみようというプロジェクトを行っていました。そのきっかけとなった事柄が、東日本大震災のときに沿岸部の工場が大きな被害を受けたことにあります。震災後、工場が日々復旧していくことに私たちは元気をもらい、このことから街の元気は工場の元気と繋がっているのではないかと考え、工場をテーマとしたアートプロジェクトをすることになりました。
その中でなんちゃって大学として八戸工場大学をつくり、実際に工場の方に先生になってもらって講義をしたり、各工場から提供してもらった資材で工作をしたり、工場の配管をテーマとして作品をつくっているアーティストと一緒に作品をつくったり展覧会を企画したり、工場をテーマにしたグッズをつくってみたりなど、工場好きな市民の方々と事務局が組んで市民運営で様々な活動をしています。
また工場から出る炎や、煙と勘違いされがちな水蒸気など、工場にとっては苦情の対象となるようなことにあえてスポットを置き、その現象を良い観点でとらえプロジェクト化し、工場と一緒になってエネルギーの重要性を市民に伝える活動もしています。
3.ポータルミュージアムはっちのアートプロジェクト
ポータルミュージアムはっちは南三陸のきりこのプロジェクトなどもしている吉川由実さんがディレクターを務め、地域資源を大事にしながら様々なプロジェクトを開館当初から行っています。どのようなことをしているかというと、例えば88人の市民の方々が誰かにインタビューをしてそれをもとに写真を撮り、その展覧会をしたり、八戸発祥であるデコトラや、騎馬打球をテーマとしたプロジェクトをしたり、八戸の寒さを生かしてスケート場をつくったりなど、ポータルミュージアムはっちができて以降、有名無名に限らず八戸の地域資源を再認識してアーティストと市民が一緒に創造活動やリサーチをすることで、作品にしていくプロジェクトタイプの活動を行ってきました。
・改修前の八戸市美術館
あまり知られていませんが、青森県ではじめて博物館法に基づいてつくられた美術館は八戸なのです。収蔵作品は寄贈いただいたものや、地域縁の作家さんの作品を収蔵しています。その中でも一番メインとされているものは魔女の宅急便でも取り扱われた作品で、これは中学校の美術の先生が生徒たちと一緒に彫った版画で、作者の名前のない作品として所蔵しているという点が八戸の示唆的なものであり、おもしろいところだと思います。先日おこなった美術館の休館直前に開催された展覧会はこの作品をメインとした展示でした。
・これからの八戸市新美術館
建物の耐震補強が必要という結果がでたり、市民からの声もあり、2016年に美術館新建設が決定したのですが、そのとき市長が言ったのが、アートセンターをつくろうということでした。
そこから私たちはアートセンターとは一体何なのかということを考え、それを踏まえて今までやってきたアートプロジェクトも含めてこの地域における文化芸術の生態系を考えたときに、どういう美術館が良いのかと考える必要がありました。
しかし、私たちは既にいろいろなアートプロジェクトの現場の経験があったため答えがはっきりとしていた部分があります。それはクリムトやシャガールなどの名画はないし、それを買うお金もないけれど、私たちには資源がたくさんあって、それを発掘するプロジェクトをやってきたじゃないかと。その延長で「アートエデュケーションファーム」というカタチでビジョンを描き、その中でアートプロジェクトとエデュケーションと美術館の3つの機能が一緒になったようなものにしましょう、ということになったのです。
八戸市では2011年に開館したポータルミュージアムはっちをきっかけとし、市内の様々な空間で多様な市民が主体的な活動を展開しています。その中で八戸市が進めるアートのまちづくりの中核となって、これまで以上に八戸の地域性と人にこだわり、アートがもつ力によって感性や創造力を高める場所としての美術館運営が期待されている、今、新美術館に求められていることはまさにこういったことではないかと思うのです。
これらの内容をもとに建築の設計の選定方法はプロポーザル方式にしましょうということになりました。
・建築のプロポーザル方式
実は八戸市での一般的にひらかれた建築のプロポーザル方式は今回が初めてです。
一方で青森県には十和田市現代美術館や青森県立美術館、国際芸術センター青森などステキな美術館やアートセンターが既に存在しており、そしてそこにさらに弘前にも新しく美術館ができます。ということは、建築をちゃんとつくらないとこのマーケットの中には乗っていけない。なので絶対建築家は選ばなければいけないと考え、そこからどういった建築家が良いかと考えたところ、私たちはエデュケーションファームということを掲げたのだから巨匠の方ではなく、これから私たちと一緒に話しができる若手建築家もちゃんと対象になるようなプロポーザルにしようという結論に至り、今回のようなカタチになりました。
そして先ほどもあげたように青森県のなかで様々なアートシーンがある中で、八戸がどういったポジションをとっていかなければならないのかということも引き続き考えていかなければならないと思っています。
・今後の目標
このように八戸はアートのまちづくりに取り組んでいるのですが、人口が減少していく地方都市です。そのなかでどうやって地域を維持して発展していくのかと考えた場合、人口が増えないのだったら、ひとりひとりの持てる力を倍増させていく他ないでしょうという考えがベースにあります。人口23万人の八戸でできたなら他の同様の規模の地方としてもできるはず、そうしたら日本は変わるのではないか、と大きく風呂敷を広げて、八戸の文化状況を変えていくということが、日本の文化状況の生態系を変えていくということに繋がったら良いなという想いで、今後も活動を続けていきます。
次回のレポートでは、ディスカッション部分をとりあげます。