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2018年3月18日 レポート

レポート②|いま、改めてアートセンターを考える。vol.2

はじめに服部さんより、八戸で様々なアートプロジェクトを展開していく中で、アーティストという存在をどのように考えているのかという問いが投げかけられました。

大澤さんは八戸にとってアーティストは個人の作品をみせるというよりも、一緒につくるパートナーという捉え方をしていて、そのためアーティストを選ぶときの視点も、地域や地方を意識できたり市民の方と一緒に話したり、つくったり、リサーチできる人ということを重視しているそうです。そんなアーティストとの存在も重要なのですが、間に入るコーディネーターがいるかいないかはとても大きく違い、大澤さん自身もコーディネーターという立場でお仕事をしていく中で、アーティストの意見を市民や部署の人たちにどのように伝えるかということを常に考えて試行錯誤しているそうです。

続いて西澤さんよりお話があり、10年前の青森県立美術館の建設に関わってから今の八戸新美術館の建設に至までの間、建築家としての考え方の変化について話してくださいました。

青森県立美術館のような大型の公立美術館は企画展示室、常設展示室、市民ギャラリーをもっていて、展覧会をキュレーターが企画して、予算がどういうふうに分配されて使われてなど役割がハッキリしています。しかしその後、森美術館や国立国際美術館のような多様性を持ち合わせた大型の都市美術館ができていく中で、青森は辺境の地ということもあり地理的に不利なため、2005年頃から有名なコレクションをもっていたり、大型展を開催すれば人が来るという考え方は崩壊し、地元のことを考えた美術館にシフトしていったそうです。

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そして今回の八戸市美術館のプレゼンテーションについて服部さんより、中の構造についての話しはあったのですが、形体、外観の話しがほぼでていなかったことに関して、形体がプロセスから導き出されていく考え方が建築というよりもプロジェクトを考えるときの考え方と似ていると感じ、建築家にとってのエゴのようなものをそれぞれどのようなところにもっているのかという問いを含めて話されました。

西澤さんや浅子さんは外観や形体については、外観の奇抜さやおもしろさを優先順位としては考えておらず、それよりも中での活動がどのように外に広がっていくのかということや、美術館がこれから先10年、20年後も稼働し続ける、というところが大事と考えていて、そのためには、中のことを考えざるを得ないし、こういうことをやるべきなんだと非常に強く打ち出しているといった意味では、エゴイスティックなんだろうと思います。と話していました。
因みに今回の美術館コンペで提出された140程の数のプロポーザルのシートの内容の多くは、外観、建物の美をアピールするものだったそうなのですが、西澤さん、浅子さん、森さんのプロポーザルシートは建物の外観部分のイメージがとても小さく、かなり中身に踏み込んだ、建築というよりもプロジェクトに近いものだったそうです。
森さんは、どちらかというと今回の企画にはやさしい寄り添い方をしているため、浅子さんや西澤さんのジャイアントルームの提案だったりを見ていて、八戸市に対してすごくエゴイスティックな提案をしているなと感じる所があるそうです。

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続いてチームでやるということについて話しは移り、西澤さんは要項を見たときから、それぞれ得手不得手があるようなチームで組んだ方がいいなと思っていたと言います。
浅子さんと案を出し合う時もお互いの案をつぶし合うところからはじめ、そこから何が共通して重要かといったことが削り取られていき、そこへ森さんがソフト的な側面から意見を出すといったプロセスで進めているそうで、これをすることによってだんだん絞られ、やれることが明確になっていくそうです。
そもそもこのプロジェクトを始める前から西澤さん、浅子さん、森さんは友人ではありましたが、一緒に仕事をする経験はなく、そのため最初は意見も合わないことが多くあったそうですが、話をしていく中でだんだん共通の理解ができてきたと話し、この3人でのやりとりを今は八戸の人たちと一緒にやっていますと仰っていました。

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そのまま話は10+1d websiteでのインタビューへと移り、設計の話へとシフトしていきます。

浅子さんが教えている大学では毎年卒業設計展が行なわれており、そこで浅子さんは学生の作品に対して、建物への物語性が強すぎてカタチが疎かになってしまっていることが多く、これでは本末転倒なのではないかと感じていて、きちんとカタチやプログラムをつくるというところに力を入れ、尚かつリサーチと設計が不可分になるような状況はつくれないのかと考え、自らは設計しながらリサーチしているそうです。それに加えて今回の八戸に関しては設計行為自体をアートプロジェクトにしたいという想いがあり、単に設計図だけを出して終わりでも良いけれど、今後そういう時代ではなくなってくるのではないかという予感が設計当初からあったため、結果このようなやり方になりました。と自身の体験も踏まえて話してくださいました。

西澤さんは、設計するということは未来にできるであろうものを今計画するということだと考えており、西澤さんの中では線を引くことだけが設計ではなくて、10年後20年後にどういう姿になっているのかということを逆算して、今必要なことを裏回しするということも、線を引くということと同じことであると言います。しかしだからといってユニバーサルな状態で何でもできる空間をつくるのではなく、今の考えでのベストな状態を出していれば、10年後それが合わなくなった時にも変えやすいのではないかと考えているそうです。
森さんはアーティストインレジデンスを運営していく中で、新しい美術館のように、一本線を引くことによって可能性が増えたりする、このハードの持つ力をもし仮に普段運営しているレジデンスに持ったらどのようなことが可能になるのかを今想像するチャンスなのではないかと思っていて、それを考えることが大きな思考としておもしろいと感じているそうです。

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続いて話はジャイアントルームの話に移ります。
ジャイアントルームという巨大な空間をどう使うかということは、大澤さん含む八戸の方の間で今も議論は続いているそうです。八戸は学芸員の方も若い方が多く、経験のある人がいないのが現状で、プロジェクトの経験値は上がってきているのですが、それを美術史とつなげていくというところでやはり今の状態では弱い部分があり、まずは専門である職員の能力をあげていく必要があると感じているそうです。
しかしこれは青森県立美術館のときにも同じような状態だったようで、10年たった現在では癖のある展示空間もうまく使われ、西澤さんたちが想像していた空間の使い方以上の使い方がされていて、これを見た西澤さんはニュートラルな空間よりも、不自由だからこその使いやすさはある種あるような気がします。と話していました。

そしてトークも終盤に差し掛かり、質疑応答へと続きます。
質疑応答の中ではあいちトリエンナーレのアーキテクトでACACの現場で設計を担当していた武藤隆さんより、青森はここ15年ほどでACAC、青森県立美術館、十和田市現代美術館のような質の高いそれぞれ役割分担したものが建てられ、青森県全体でのアートスペース化のようなことがおきていて、このアートスペース化の最後のパズルを八戸がうめる感じがしており、この先弘前と八戸の美術館ができたときに、そのネットワークを生かす方法のようなものがあれば聞きたいです。と質問がありました。

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大澤さんはそれに対して、そういったことをやっていかなければならないと感じており、この今ある美術館の生態系をどうマネージメントしていくのかということは県の文化行政がやるべきなのですが、今の青森県の文化行政はそこまでの思考に至ってないので、逆に今度はその現場を扱っている美術館の関係者やキュレーターがちゃんとネットワークを組んで、そういう政策提言をしていくという段階まで持っていけると良いのではないかと思っていて、実際に今の段階では、あおもりアーツコミッションというネットワークがあり、2020年に八戸、弘前の美術館が完成したら一緒に5館でなにか企画をやりましょうという話しが上がっているそうです。
森さんはACACでプロジェクトやレジデンスの経験を得てきたアーティスト達が県立美術館で展示、企画をするなど、アーティストが育ち、その間を繋ぐようになってきていると感じていて、八戸もそのようなプロセスで、自然と繋がってくるような気がします。と話していました。
西澤さんは単純に展覧会やイベントなどカタチだけで連携していくというよりは、それぞれの場所のキュレーションや運営など、技術や人的なリソースをどのように流動的にするかが重要だと思っています。また八戸市で今やろうとしていることは、今ある文化資源をどのように発掘して調査してそれをプロジェクトにしていくかということです。そのことを踏まえて考えたときに、私たち設計チームの理想としては、キュレーターインレジデンスとかリサーチャーインレジデンスみたいなことができればいいなと思っています。例えばACACでは、まだこの青森という地にふ化していないアーティストを呼び、そこでつくってもらうとするのであれば、八戸市ではその展覧会やプロジェクトをつくる人や、コーディネーターを育てる人、そういった人に来てもらい、八戸市や青森県そのものをリサーチする拠点になったらおもしろいのではないかと思っています。と話していました。

これから建てられる新美術館にも八戸市自体にも、多くの可能性を想起させるようなトークだったと思います。

レポート|小川愛