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2019年12月23日 レポート
アーティストトークの様子| BORDERLESS 2018 Laundry
実施日時|2018年12月9日(日)17:30〜
会場|アートラボあいち2階
アーティスト|浅井雅弘、磯村輝昭、前川宗睦、武藤勇
参加人数|32名
名古屋芸術大学主催、武藤勇さん企画のBORDERLESS展「Laundry」参加作家によるアーティストトークが3階展示室にて開催されました。以下、作家ごとにトークの様子をご紹介していきます。
前川宗睦
《Sole stamp》
カーペットに巨大な足の裏が描かれた作品。これは足が上に乗っているカーペットを裏側から見た状態を描いています。普通、カーペットの上に乗っている時の足の裏は、見る事ができません。日常的に当たり前に行われる、立ったり、座ったりする人の行為の中には、見ることができない部分があることに興味を持ち、作品として取り組んだそうです。カーペットに描くことによって、描かれた部分が絵の具の重みによって凹み、何も描かれていない余白の部分は凸面になる。また、これがカーペットに乗った足の裏側を描いていることを考えると、凹凸が逆転します。生まれた絵画としての凹凸と、足が画面の裏側からこちら側に向かっくる方向性の違いが、ここでは同時に表現されています。また、カーペットを展示室に敷くことによって、自然と鑑賞者の導線も生み出しています。
《How to make wall.》
カッターシャツの背中に貼られたキャンバスには、拡大された正面側のシャツの襟元が描かれています。それを自らが着る事によって、前川さん自身が、絵画が掛かっている壁の役割を果たし、自分自身も作品の一部となっています。後ろから見てもシャツとして成立するように、襟元は実際よりも拡大されて描かれ、その構図や位置も考慮されています。
会期中、前川さんはこのシャツを着た状態で在廊します。
浅井雅弘
《前の人》
《How to make wall.》の状態になっている前川さんを撮影した、等身大の写真パネルの作品。浅井さんは近年、写真がもっている虚構性をテーマに作品を制作しています。展示室内に等身大のパネルを置く事によって、鑑賞者はある瞬間だけ、もう一人そこに存在しているかのような錯覚を覚えます。しかし、実際にその錯覚を覚えるのは一瞬で、観察していくうちにパネルである事を知り、その人自体の存在がなかったことに気づきます。展示室にいる《How to make wall.》状態の前川さんは、背中についている絵画を意識的に見せないようにして歩くため、鑑賞者は本当に彼の背中に絵画が存在しているのかどうかの確信をもつことができません。このような幽霊にも近いような、あるのかないのか不安定な状態は、人がある瞬間に亡くなってしまう、いなくなってしまう経験に近しい感覚なのではないかという考えと、見間違いや錯覚のような感覚が、自身にとってはリアルと感じる感覚であるということが浅井さんの制作の根底にあるそうです。
《moor》
白い小屋の扉を開けると自動的に電気がつき、中には四畳半ほどの空間が広がっています。室内には、扇風機と観葉植物が置かれ、正面の壁には、観葉植物が写り込むように鏡が設置されています。具体的な場所の特定ができないようなフラットな構造になっています。しばらくすると部屋の電気が消え、鏡面が明るく光り、鏡の向こう側につくられたもうひとつの部屋が姿を現します。鏡の中の部屋には観葉植物を撮った写真と、浅井さん本人がこちらに向けてカメラを構えている写真が配置されています。それは鏡の世界でありながら、こちら側の時間が止まったかのような、あるいは向こうの世界の時間が止まっているかのような感覚を抱かせます。そんな自分の体感が狂ってしまうような体験をさせる部屋をコンセプトに制作されました。鏡の向こう側を見るということは、鏡の向こう側から見返されているということを意図しています。こちらにカメラを向ける観察者としての浅井さんの写真、パネルの観葉植物は、写真という一瞬をとらえたものを、出力やかたちを変えることによって、そこにまた時間が発生するということをかたちにしています。
《obscure》
《obscure》は磯村さんとコラボレーションした作品です。展示室内では、真っ暗な空間に、磯村さんが作曲した音楽が流れており、その音楽に呼応するようにライトが点滅しています。また、銀色のフィルムの風船がふたつと、その間にミラーフィルムに出力された風船の写真がひとつ、空間に浮かぶように並んでいます。ミラーフィルムに印刷することによって、点滅する光を反射し、写真が写真ではなくなる瞬間がつくられ、光がなければ成立しない作品となっています。磯村さんの作品コンセプトである同じ音を使って音楽を生み出すというところからインスピレーションを受け、同じ風船を3つ並べた表現となりました。今回のコラボレーションは密に話し合ってつくったものではなく、片方からでてきたものに対して、そこにのせていくというカタチで進められたそうです。
武藤勇
出展作家であり、今回の展覧会のディレクターでもある武藤さんは今回の展覧会の企画の段階からお話して下さいました。名古屋芸術大学からの企画の依頼ということで、自身の学生時代を改めて思い返し、当時から気になっていた電化製品、その中でも洗濯機というモチーフに改めてフォーカスしたそうです。BORDERLESSの展示テーマに合わせて集まった、様々なジャンルの作家たちをひとつの洗濯機できれいに洗ってしまうことによって、何か新しいものが出てくるのではないかというイメージから、展覧会タイトル「Laundry」に至りました。
《Iphoneの悲劇》
武藤さんはLaundryというテーマを、モチーフとして自身の作品にも反映しました。この作品は、実際に自分のiphoneをタオルにくるんで洗濯機の中に入れて回した音をサンプリングとして収集。自分のiphoneが洗濯機で洗われてしまった時の動揺した気持ちが、どこか違うところにいってしまうような、心が洗われるような感覚だったと言い、それを作品化したものです。音楽は、磯村さんがサンプリングをもとに作曲しています。ステレオで制作したのは、インストールした時に、音がまわっているようにするためです。鑑賞者は、顔を直接乾燥機の中に入れ、微かに乾燥機のにおいがする中でその音楽を聴くという体験を通して作品を鑑賞することになります。
《並行する時間》
武藤さんの中で常に構想としてあった絵画とコインタイマーを組み合わせて作品化することと、最近のアプリの課金制度を絵画の中にも取り入れることができたらおもしろいのではないかという考えから、このコインタイマーが取り付けられた二枚の絵画が制作されました。二つのタイマーが並列する事によって生まれる時間のズレは、コインランドリーに行ったときの隣の洗濯機との時間のズレや、人と人との間の時間のズレから着想を得たそうです。そして、絵画にお金が挿入されていくにしたがって、絵画の価値もあがっていくのではないかとも考えているそうです。
《憶測・葛藤・不測》
展示台の上に壷が乗せられ、側面に取り付けられた100円の挿入口には「不測」の文字が記されています。この作品は不測の事態を100円で販売する装置で、鑑賞者が作品に対して不測の事態として干渉するハプニング的な要素と、参加型の要素を兼ね備えた作品です。100円を入れていいのか、作品を壊していいのかといった鑑賞者の葛藤も含めての作品であり、参加型の作品というよりかは、鑑賞者が参加することによって成立する作品です。この作品も洗濯機と同様に武藤さんが普段から気になっている家電製品が素材となっており、壷が乗っている部分に仕組まれたレールは自宅にあるルームランナーをベースに制作されました。
磯村輝昭
《Iphoneの悲劇》
サンプリングである洗濯機の音をつなぎ合わせる、反復させるなどの編集作業を繰り返し、素材となる音をひとつに限定したミニマルな状態で制作されました。もともと磯村さんはメタル音楽をやっており、作品の中に使われている細かい譜割りの表現などは当時から今の作品に繋がるものだそうです。今回の作品ではサンプリングの生活音がどのようにして音楽に繋がるのかということを意識して制作し、どこまでがサンプルに聞こえ、どこからが音楽、サウンドデザインに聞こえるかを鑑賞者自身が考える作品となりました。そのため鑑賞者によってその答えは同じではないのです。
《obscure》
真っ暗な部屋にはオーケストラのようなサウンドが流れ、それに合わせて床に置かれた二つのライトが点滅しています。譜割りとバイオレンスをテーマに、《Iphoneの悲劇》同様に、ひとつの音を変換した限られた手法で制作されました。この限られた手法や音数で表現するコンセプトには、難しい事を無理に吸収しようとしなくても、音の変化やリズムをつなぐだけでも音楽になるという、学生へ向けたメッセージも込められています。磯村さんは普段PAエンジニアとして劇場などでの仕事もしており、舞台の場合、役者がいて、美術や大道具、照明があってひとつの作品として完成されていますが、仕事としてはそれぞれがバラバラで仕事をしています。今では照明や映像など枠を超えたプロジェクションマッピングや、企業提携してやることが当たり前になってきていますが、実は愛知では舞台や音楽は下にみられる事が多く、磯村さんは自分たちのような人間にとってはすごくハードルの高いことだと考えていました。その中でなんとか照明に反映しようとこれまでも照明と音を同期させたプログラムをかたちにしてきてはいましたが、リアルタイムで動かそうと思うと自分の手で直接的に照明を動かさなければならず、やりたいことを完全に同期させて動かすのは難しいそうです。今回の展示としてカタチになった照明は、音楽の波形を取り入れライトを光らせ、同期しているように見えるところと、そうでないふわっとみえるところが入り交じり、どのようにすれば音を光に変換できるのかという試みと、必ずしも企業と連携しなくともこういうことができるのだという意思表明もコンセプトとして含まれています。現代音楽は暗くホラーにも近い印象が多いとみられていましたが、近年ではその印象も薄れ、テクニックを用いて、他のジャンルのサウンドと合わせるなど、これまでの暗いイメージから離れるということも心がけての制作だったそうです。現代音楽的な音の要素としてはフルートの喉で震わせる音でリズムをつくったり、バイオリンの弓ではなく木の部分を叩く音などの特殊奏法を使用しており、これは映画音楽にもよく使われる表現だそうです。
様々なジャンルのアーティストが入り交じる展覧会だからこそ聞く事のできる、異なるコンセプトや技法は興味深く、トーク中も随時、質疑応答が展開されていました。作家同士のコラボレーションのみでなく、鑑賞者をも巻き込んでいく今回の展覧会は、まさにテーマであるBORDERLESS Laundryがカタチになった展覧会でした。