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2023年3月12日 レポート

「全身で芸術を感じる」光村明莉(国際芸術祭「あいち2022」レビュー)

3年ぶりとなる愛知の国際芸術祭「あいち2022」。今回、帰省の合間を縫って半日のみの鑑賞であったため、当時の自分の境遇から感銘を受けた、奈良美智作品のあったオリナス一宮をレビューする。

鑑賞時、私はあるアートプロジェクトに関わっていて、プロジェクトの一環として秋に開催した展示会の準備の最中だった。
プロジェクトでは展示会場や作家の選出、会場の施工や設営から搬入出に至るまでを初めて経験したこともあり、そういった観点から個人的にオリナス一宮は会場の特徴と作品と展示の見せ方がどれも絶妙なバランスでマッチしていると感じた。

オリナス一宮は、今回会場となった愛知芸術文化センター、一宮市、常滑市、有松地区(名古屋市)の4箇所のうち一宮市の会場にある。建物は、約100年前のもので、大正13年に旧名古屋銀行一宮支店として建てられた。これまで奈良美智作品は美術館での鑑賞経験しかないため、なぜこの会場での展示なのか。また、どのように会場を使って作品を見せているのかという点に興味を持った。

重みのある扉を開くと、キャプションとともに大きな構造物が目に入る。この展示のために施工された壁なのだが、入り口入ってすぐに見えるのは角材が組み合わさってできた壁の裏である。少し薄暗い建物内と角材が剥き出しになった壁の間にできた廊下を歩くとき、舞台の裏側にいるような感覚がありワクワクした。
また、入って左には壁に小窓のような穴が作られており、覗くと隙間から見えるのは彫刻作品《Fountain of Life》(2001/2022)の一部。正面から全貌を見たときの全身を空間に支配されるような存在感とは違い、まるで切り取られた絵画のように見えた。一つの作品で鑑賞者にまるで別の作品を見ているかのような感覚を与える見せ方は個人的には斬新だった。

建物内は、展示のために設営された仮設壁により部屋のようになっていて、絵画作品を鑑賞できるスペース、彫刻作品を鑑賞できるスペースに分かれていた。
その鑑賞部屋に入るまで、角材剥き出しの壁裏を見ながら通路を歩いていく。回廊のように回り込んで作品を鑑賞するシステムが面白い。そして、その間にも壁裏には奈良のドローイング作品が展示されている。美術館展示では見たことのない展示形態だった。
木材は 色味や木目などテクスチャが強く、展示壁として扱うとチープな印象になり、作品の見栄えを妨げたりしてしまう恐れがある素材だと思う。だが、会場では奈良のドローイングの柔らかさ・シンプルさが、木材のテクスチャや色味と打ち消しあうことなく自然に存在していたので心地よく感じた。

展示のために壁が作られているといっても、オリナス一宮の内装はそのままになっていて、大きな金庫の扉やアンティークな装飾、十分な天高と大きな窓が特徴的である。
今回奈良が出展していた彫刻作品は、他のブロンズ彫刻やセラミック彫刻よりもつるんとした質感で無機的な印象があったが、彫刻の子供たちからとめどなく流れ出る涙が落ちる水音だけが響く空間には、静かな歴史の眠るオリナス一宮が最適なのだろう。争いや悲しみの絶えないこの時代に、愛と平和、それから生きることを願うようにも見える涙で、あいち2022のテーマ「STILL ALIVE」へのアンサーをも感じ取ることができる。

また、展示のため設営された部屋の壁は、絵画が展示されたスペースはライトグリーン一色、彫刻のスペースはスカイブルー一色で、はじめは奈良作品に今まで感じたことのない未来的な印象を感じ疑問を抱いた。だが、オリナス一宮の重厚な内装と、彫刻作品上部の天窓や小窓など各所の気の配られた施工とが複合的に重なり合うことで、まるで礼拝堂にいるかのような神聖な空間にも思える。
美術館でもない、アートギャラリーでもないこの場所ならではの空間を作り出していた。

自分の携わった展覧会と今回レビューした会場を相対的に見ると、良いと感じる展覧会は、作品の良し悪しのみで決まるのではないというシンプルな結論に至る。
それよりも必要なのは、コンセプトやテーマに基づいた最適な会場と作品と施工による相乗効果だ。芸術をずっと先の未来まで存続させていくために、その一端を担う者として骨身に沁みるような経験ができた。