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2023年3月12日 レポート

「国際芸術祭「あいち2022」を巡って」安齋萌実(国際芸術祭「あいち2022」レビュー)

「表現の不自由展」の騒動から3年が経つ2022年、「あいちトリエンナーレ」から「あいち2022」と改称され、5度目の国際芸術祭は開催された。3年前の2019年8月、あいちトリエンナーレに足を運んだ時に感じたピリッとした空気は、まだ記憶に新しい。

今年の夏に開催された「あいち2022」は、「STILL ALIVE」というメインテーマのもと、国内外の82組のアーティスト及びグループの新作を含む作品が展示された。それぞれの作品は、名古屋市の中心地に位置する愛知芸術文化センターをはじめとし、一宮市、常滑市、有松地区と4つのエリアへと散らばる。
芸術祭のメイン会場となる愛知芸術文化センターでは、愛知県出身のコンセプチュアル・アーティスト河原温による電報を用いたシリーズ《I Am Still Alive》を起点とし、さまざまな現代美術作品が紹介された。
特に印象に残った作品は、ホダー・アフシャールの《リメイン》、カデール・アティア《記憶を映して》の2つの映像作品である。《リメイン》は、南太平洋に浮かぶマヌス島に抑留された難民の悲しみや怒り、絶望の中、「(それでも)私たちは生きているのだ」と島の美しい自然の中で語られており、強いコントラストを持って観る者へと強く訴えかけるのだ。アティアの《記憶を映して》は、事故や病気のために手足を切断した後、既にないはずの手足の痛みを感じる「幻肢痛」という症状について、複数のインタビューを通じて、歴史的な問題へと重ね合わせられていく。目を背けてしまうような題材が扱われる2作品は、作品と対峙する空間である美術館という環境で上映されたことで、より没入して鑑賞することができたのではないだろうか。

一宮市、常滑市、有松地区会場は、場所性や土地を強く感じるサイトスペシフィックなものが多く見られた。これらの地区は、繊維業、窯業、染物といずれも地場産業や伝統工芸品で知られる街である。街の景観にはかつての産業の姿が残っており、展示会場を回る中で、それぞれ特色を感じることができた。
例えば、一宮会場の塩田千春作品《糸をたどって》は、「のこぎり屋根工場」を再利用した「のこぎり二」で展示されている。「のこぎり屋根工場」は採光を必要とする繊維関連の工場として採用されており、1970年頃には一宮市内に約8,000棟もあったそうだ。これらの工場の多くは、繊維工場としての役目を終えているが、今でも尚、約2000棟の建物が市内に残っている。その廃工場のひとつをギャラリー&アトリエとして再利用したのが「のこぎり二」だ。塩田千春といえば、赤や黒の糸を空間に広げ、「不在のなかの存在」を表現する作家である。今作では、「のこぎり二」に残る毛織物の機械や糸巻きの芯などを、一宮市の毛糸を使ったインスタレーションに融合させ、この場所に生きた様々な命、労働、エネルギーの記憶を蘇らせている。(註1)サイトスペシフィックな作品は、他にもいくつか挙げられる。常滑会場には、旧青木製陶所で展示されたフロレンシア・サディールの《泥の雨》や、旧丸利陶管でのデルシー・モレロスの《祈り、地平線、常滑》のような、常滑の土を使用した作品が。また、有松会場には、「有松手芸部」による成果物が展示された。これは人と人とのつながりが示された宮田明日鹿によるプロジェクト展示だ。このように、「あいち2022」はそれぞれの会場の地域性を押し出す芸術祭となり、普段なかなか訪れることのない愛知県の土地や建物に足を運ぶきっかけにもなったのではないだろうか。
しかしその一方で、各会場までの移動距離が長く、3、4日かけて鑑賞しなくてはならない。その点においては、遠方に住む人からすると不親切な距離だとも言える。実際に、有松会場と常滑会場を一日かけて回ってみたが、展示作品の中には映像作品がいくつもあるため、一つ一つの作品をしっかり鑑賞しようとすると、あっという間に閉館時間が来てしまう。筆者は、双方の会場移動として車を利用したが、それでも全ての作品を鑑賞することは難しかった。結局のところ、鑑賞する作品をおおよそ絞った上で、会場を歩き回ることとなった。特に、一宮・常滑会場については、バス移動が必要となる展示会場がある。そのため、バスの時間を意識しながら作品鑑賞と移動をすることとなり、「もう少し見たい。けれど、このバスを逃すと回りきれない」と常に時間に縛られた状態が生まれる。加えて常滑エリアは、坂道や階段と起伏の激しい土地を持つ。実際、8月中旬の30℃を超える暑さの中であちこち歩き回ることは、なかなか大変だと感じた。
作品においても、街の景観に合わせるように配置されることで、作品が持つエネルギーが打ち消されていることもあった。例えば、有松地区会場のミット・ジャイイン作品《ピープルズ・ウォール(人々の壁)》は、まるで建物の装飾かのように街の景観に馴染んでいた。建物の入り口にかけられた有松絞りの暖簾と同様に、ゆらゆらと風に揺られる軽やかさは、作品であることを見えづらくさせ、作品に込められた願い(註2)から乖離しているような印象も受ける。このように、会場の距離や地形、また地域特有の景観によって、作品鑑賞へのノイズが生じてしまう場合があるのかもしれない。

今回、2019年に訪れた「あいちトリエンナーレ」の記憶を頭の片隅におきながら、国際芸術祭「あいち2022」の会場を回ったが、それぞれの会場・地域の特色を感じながら作品鑑賞できたという点で、大変満足できる芸術祭であった。そして、3年後にはどのような国際芸術祭として展開するのか。また、3年後に「あいち2022」を思い返した時には、改めてどのように感じ取ることができるか。と、3年後を楽しみに思える芸術祭であったと心から言える。

註1 国際芸術祭 あいち2022 webサイトより(https://aichitriennale.jp/artists/shiota-chiharu.html )
註2 《ピープルズ・ウォール(人々の壁)2022》は、権威主義や君主制へ抗い、市井の人々のちからを象徴する旗でもあります。このシリーズは、暖簾のように公共空間とプライベートな空間を緩やかに仕切っていますが、アーティストによる筆触を残した重厚なリボン状の絵画には、分断や境界を曖昧にし、その絵画に触れる私たちに、生き延びるためのポジティブなエネルギーを届けようとする作家の願いが込められています。
国際芸術祭 あいち2022 webサイト作家作品紹介より
( https://aichitriennale.jp/artists/mit-jai-inn.html )