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2023年10月20日 レポート

アーティストトークの様子|Gap in boundary 境界の隙間で

実施日時|2023年10月14日(土)14:00~15:30
出 演|つづきりょうこ、手塚好江、藤原木乃実
モデレーター|倉地比沙支(版画家)
会 場|アートラボあいち2階
参加人数|12名

「ブレに魅了された人たちのズレたトーク」をテーマに、モデレーターとして倉地比沙支さん(版画家)をお迎えし、参加作家のつづきりょうこさん、手塚好江さん、藤原木乃実さんの4人によるトークが行われました。

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はじめに、モデレーターで愛知県立芸術大学美術学部 教授の倉地さんより今回のトークショーの概要が話され、参加作家の自己紹介が行われました。倉地さんを含め4人に共通する点として、油絵があります。油絵の手法は、作品素材の中でも、描いたり、消したり、削ったりでき、彫刻などの表現と比べて、素材を比較的自由に扱えます。そのため、作品と向き合う上で素材という観点からも"ズレやブレ"が起こりやすいようです。

「近代絵画の視点では、忠実な絵を(再現して)描くための"モデル"の存在がありました。しかし、現代は何かモデルを忠実に再現しようとするのではなく、自分には何が見えていて、何が見えていないのか?を探りながら描いていくということが、現代絵画であり、その探り方の違いが線になって現れてくる。」と倉地さんは言います。

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油絵具の垂れやズレによってイメージを浮かび上がらせる  手塚好江さん
オイルの滲みによって時間を内包する絵画を制作する    藤原木乃実さん
版を重ねてそのズレを可視化する版画表現を試みる     つづきりょうこさん

3人が考えるズレやブレが、どういった制作の中から生まれてきたのか?過去作品を通して見ていきます。
手塚さんからは、物質のないものに物質を与えて見えないものを可視化しようと試み、時間と共に動き変化する木漏れ日を描いた作品が紹介されました。また二枚の絵を一枚に納めたいと考えていた頃の作品は、自分や他人のズレや、ある2つのものがあるときの貫く軸や共通項を見出せないかと、現実でも格闘していた時期の作品で、今回の展示作品にも影響しています。倉地さんの授業を受けていた際に、偶然性の多い技法の一つであるコラグラフ(様々な素材を自由にコラージュして版を作る技法)を体験し、インクがつきやすいように湿らせた紙から具象がぼやけていく姿が楽しいと思ったとの事でした。
藤原さんは、絵の具がキャンバスの布目に引っかかることに違和感があって、古典技法の石膏地という液体の石膏を塗り重ね、乾いた後に紙やすりで削りツルツルにするような製法でキャンバスを制作し、そこに描いています。キャンバスをツルツルにすると、描いた絵具の油が画面に染み込んでしまい、滲みが出てくることを発見し面白いと思ったそうです。幼い頃から落書きが好きで、色彩よりも、模様や柄に興味がありました。そのため、コップという実体を描かず、絵付の柄だけを描き、描いた柄の滲みがコップの形になるような作品も制作していました。
つづきさんは、シルクスクリーンで作品を制作しています。わざと自分の擦れる最大サイズよりも大きい版サイズのイメージを作り、擦りきれずズレてしまったインクや、インクが落ちきらず端の方にぐしゃっと溜まることで、擦った回数の経過を可視化させています。ある時期に、自分の作品は要素を極力削ぎ落とさないと、絵画として成り立たないと思ったそうです。そのため何かを混ぜることなく、シンプルにインクを重ねています。また、作品を通して相手とコミュニケーションをとりたいと考えて制作しているそうです。

次に倉地さんより、描くときの「ズレ」「ブレ」とは何か?今回展示した作品について問いかけられました。
手塚さんは、2020から2021年に起こった身近な出来事と、新型コロナウイルスが蔓延する社会について考え制作し、死んだふりをしている自分、亡くなられたひいお爺さんの土地を開墾することを作品に描きました。また、コロナ禍の自分の生活と社会のギャップに苦戦していて、ダブルイメージをより強く考えることになったということが話されました。作品の中でズレやブレはどちらも運動が伴うもので、ズレは直線的な連続した運動だと考えているそうです。

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藤原さんは、現在の身の回りにあるリアルなことではないことを描こうとして、実家のことを描こうと思ったそうです。これまでは、自分の"今"を取り巻いているものを描いていましたが、今回の作品では少し前の過去を描いています。描いてみたことで、自分の現在ではないという違和感があったそうです。ズレはその瞬間に割れる地割れのような感覚であり、ブレは反復といった考えで、藤原さんの中では滲んでいくことがブレに近いイメージだと言います。

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つづきさんは大学を卒業してから、話す枠を広げないと社会で対話ができないと考えていたそうです。話をする際の共通言語として、大きな事件事故に注目しました。つづきさん自身は衝撃を受けるようなニュースに実際に遭遇したことがないことから、ニュースになった当事者の感覚など、自分以外の人と自分の認識はズレていると思ったそうです。そしてそのズレている状況こそが、つづきさんにとってのリアルで、それらを作品に落とし込みたいと思い今回の作品に至ります。

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 質疑応答では、版画を制作したことのある参加者からつづきさんに、「つづきさんは自分の手で描くと絵画として成立しないといったようなことを言っていたが、私は過去に、もの(版画技法)に頼って作品を成立させることは甘い!(甘い=「手を使って描くべきだということだ」と思います)と言われたことがあり、(版画での作品は)自分の力(で描かれたもの)ではないのかなと考えてしまったことがある。版画という技法で作品を制作をするようになったのは、どのようなきっかけだったか?」といった悩みのような質問がされました。
それに対して、つづきさんは「作品として他の人に見せたいなら、作品ですと言い切れる状態にしなければ意味がない。自分が手で描いた作品を作品として認識しずらいと悩んでいた時に、版画を試したことで作品として認識できた瞬間があったので、その時から版画を作品としている。」と答えていました。また、倉地さんは「ダイレクト(直接的)に作品を制作している作家に対して、体を使うから崇高だと無自覚になってしまっていないか?と自分たちインダイレクト(間接的)側から、問いたい。」「眼鏡や服などのように、外付けで何かのものを借りないと、成り立たない肉体になっている。つまり、ものが細胞化されていると言える。」といった言葉を返していました。

トークを聞いてズレることやブレることは、一つの事に縛られずに考えが広がるきっかけになると思いました。そのため、ズレ/ブレの反対は停止している状態、広がらない状態であると考えました。トークの最後に、倉地さんがズレやブレの反対語をAIに聞いてみたところ、「安定、固定、調和」が出てきたと紹介してくれました。私が考えたズレやブレが、ある事柄によって広がりのある考えになるというのは、果たして調和につながらないのでしょうか。つづきさん、手塚さん、藤原さん、倉地さんの話を通して、自分を取り巻く様々な境界線について考えさせられる"ブレに魅了された人たちのズレたトーク"でした。

(レポート|東 美沙季)