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2025年5月28日 レポート

レポート|【もやもやを相談し合う場をつくる】 ゲスト:内山幸子(ひと息しごと/アートマネージャー)

12月1日(日)
【もやもやを相談し合う場をつくる】
内山幸子(ひと息しごと/アートマネージャー)

レクチャー///

 ゲストの内山幸子さんの優しげで落ち着いた雰囲気の中、「健やかにアートマネジメントの仕事をする」術としての「相談し合うこと」について考えていきました。受講生の自己紹介からスタートし、内山さんの仕事や相談し合うことに関してレクチャーを聞いた後、実際に相談し合うことを体験しました。

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周縁への興味関心

 内山さんは現在フリーランスで、アートマネジメントや人材育成に携わり、文化芸術活動に関する相談カウンセラーとしても活動されています。仕事では常々、マジョリティとマイノリティの間に水平な関係をつくるためのアートマネジメントについて考えると言います。内山さんは2005年に第7回神戸エイズ国際会議(7th ICAAP)に関連したプロジェクト「kavcaap/カブキャップ」に参加したことで、自分自身がマイノリティを生み出す構造の当事者であることに気づいたそうです。その思いは、その後の様々なアートマネージャーとしての仕事のなかで、ヒリヒリと内山さんのなかに燻っていたようでした。2018年から6年間携わった京都精華大学のアートマネジメント・プロフェッショナル育成プログラム「芸術実践と人権-マイノリティ・公平性・合意について」で、マイノリティの権利や表現の倫理について学ぶ講座やゼミのコーディネーターを務めたことが、その"ヒリヒリ"と真摯に向き合い、自分なりの立ち位置を検討する糧となったようです。
 コーディネートにあたって、これまでアートマネジメントの現場で自分自身が感じた業務分掌のジェンダー不平等、あるいはプロジェクトの参加者に対して、芸術活動という枠組みのもとに他者の尊厳を損なうようなふるまいがあったときにうまく対処できなかったことなどを振り返り、プロジェクト・リーダーである山田創平先生(社会学、京都精華大学国際文化学部 教授)と相談のうえ、アートマネージャーには、マイノリティ性を持つ人も含めていろんな属性の人が公平性を保ちながら参加できるアートの場について、アーティストと共に考え、向き合う役割があると考え、まずは基本的な人権のとらえかた、表現の自由に対する考え方、社会の公平性や合意に対する考え方を学ぶ講座を企画したそうです。
 私たちは何らかの社会に属して生きています。それは国だったり、会社だったり、学校だったりと様々です。内山さんの話で印象的だったのは、マジョリティとマイノリティの立場はその人との関係性によって変わり得るという点です。レポートを担当している筆者自身は女性で、単身者です。日本においては、まだマイノリティであると言えるでしょう。しかし、日本で暮らしている外国人住民と並べると、日本人であるということでマジョリティの立場に置かれることになります。内山さんは自身の立場がそのように可変的であることを意識するようにして、相手と自身との関係が水平になるようにグラグラと自分の立ち場や関係性を揺らすと言いました。
 こうした態度は、公共的な事業にも関わる機会が多いアートマネージャーにとって、とても重要なことであると感じました。小さな先入観や思い込みが偏見や差別を生み、それが大きな攻撃性を持つようになる「憎悪のピラミッド」の話からは、そうした「小さな」人権の侵害が日常的に多発していることと、それを見逃すことでいつか誰かの人権を脅かし、命を奪う可能性もあることを強く実感させました。実際、政治の場面やあるいはエンタメの世界において、特定の人物や組織、人種などを揶揄することは少なくありません。しかし、そうしたことがいつか大きな悲劇を招くかもしれません。一連の話からは、背筋がゾッとする思いがしました。そういったことを減らすためには、相手だけでなく自分自身が社会のどのような構造のどのような立場に置かれているのか、ということをよく考えて更新し続けることが大切なのではないでしょうか。また、それを意識することで、人権やマイノリティの課題や問題が表面化した際に自分なりに考える軸ともなるでしょう。

相談することの大切さ

 内山さんは2020年にはじまるコロナ禍で開室された文化芸術関係者向けの「相談窓口」に相談員として関わるようになって、「相談すること」が持つ力を切々と感じてきたと言います。
 相談窓口には、助成金の情報入手や申請書の書き方、ポートフォリオへのアドバイス、アトリエや稽古場のリサーチといった活動に必要な情報や手続きについての相談から、報酬を支払ってもらえない、経済的に自立できないといったこと、ハラスメントや著作権についての相談なども寄せられます。相談員としての活動の中で得心がいったのは、相談することが自分自身や自身の活動を俯瞰的にみる機会になるというポイントでした。相談員に対して自分の悩みや状況を語ることで、内省的に自分を振り返り課題や道筋の整理ができていきます。また、相談員自身も相談に応じることで成長する機会になっているという話も良い気づきとなりました。ほかにも、「問題を客観視できること」や選択肢の「オプションを増やせること」といった相談することの効果について紹介してくれました。
 もう一つ、内山さんが相談することに関心を寄せていることに影響しているのが、メキシコで行われていたアート・コレクティブのプロジェクトです。2011年に奨学金を得てメキシコへコミュニティ・ベースド・アートの調査に赴いた際に出会った、アート・コレクティブ「クラテル・インベルティード」のプロジェクト「VACACIONES de Trabajo(バカシオネス・デ・トラバホ)」で、内山さんは次のようなことを発見します。

・・・クラテル・インベルティードでは、「メンバーはそれぞれ違う目や考えを持ってそれぞれ活動していて、その違いが互いを豊かにする」というビジョンが共有されている。一人一人の意見に耳を傾けるうちに自分の中に他者の立場が混ざってゆき、ついには誰の立場で納得しているのかわからなくなる、(中略)これを「自分のアイデンティティが溶けていく感じ」と彼女は表現した。そういった対話が自分たちを成長させるから、メンバーそれぞれが個人のアーティストとして活躍するようになった今でもクラテルの活動は重要だと言う。
山田創平編著『未来のアートと倫理のために』内山幸子「水平を共に目指して―メキシコと五領を往来して考えたこと―」(2021年、左右社)より

 このコレクティブのプロジェクトを「羅針盤」として、2023年に内山さんが立ち上げたのが「ひと息しごと VACACIONES de Trabajo(バカシオネス・デ・トラバホ)」です。屋号にはクラテル・インベルティードのプロジェクト名を借りています。相談することを通してリトリート(日常から離れること)し、健やかに芸術活動に携わることができるようサポートすることが目指されています。
 「ひと息しごと」の紹介や、メキシコのアート・コレクティブの活動の話からは、単に相手の声を一方的に聞く(話す)だけの相談ではなく、話し合うことで一緒に状況に向き合い成長し合うことを内山さんが目指していることが感じられました。
 相談をコミュニケーションの一つと捉えている内山さんは、社会福祉の現場で扱われているバイステックの7原則や、臨床心理の現場で用いられるパーソン・センタード・セラピーなども紹介しながら、相手の主体性を尊重し、共感すること(共感できることを探すこと)の重要性も語られました。なかでも、共感できなかったとしても、お互いが歩み寄ろうとした結果として、共感できなかったことを受け入れる態度を持つということが新鮮でした。

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もやもやを話し合う

 レクチャーのあと、グループに分かれて「現場のもやもやを話し合う」体験を行いました。以下の4つのポイントに留意して、お互いのもやもやを話し、聞き合うことにチャレンジしました。

  1. 相手の話を最後まで聞く

  2. 相手の活動に肯定的な関心を持って聞く

  3. 相手の立場で腑に落ちることを思考してみる

  4. 委ねられたことに対して応える

 自分なら違う活動をする、興味関心が異なるといったことはもちろんあります。しかし、自分の価値観で相手を否定するのではなく、どうしてその活動をしているのか、なぜその行動をとったのか、関心を持って向き合い、わからないところや腑に落ちないところは質問を繰り返すことで、次第に相手の思考に自分自身が入っていき、否定的な考えが消えていくと内山さんは教えてくれました。

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 レクチャーの内容を念頭に置き、相手を受容し、自分自身と溶け合った状態で、お互いのもやもやを共有する体験は、受講生それぞれにどう響いたでしょうか。ディスカッションの内容は個人的な問題を孕むため、ここでは公開しません。今回のレクチャーをきっかけに、健やかなアートプロジェクトの現場が一つでも増えることを期待します。

(レポート|松村淳子)

参考