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2025年5月28日 レポート
レポート|【まだ見ぬ風景をともにつくる】 ゲスト:堀切春水(NPO法人BEPPU PROJECTプロジェクトマネージャー)
10月19日(土)
【まだ見ぬ風景をともにつくる】
堀切春水(NPO法人BEPPU PROJECTプロジェクトマネージャー)
レクチャー///
今回ゲストにお招きした堀切春水さんは、「あいちトリエンナーレ2013」に事務局スタッフとして参加したこともある愛知ともゆかりの深い方です。現在は、世界でも有数の温泉地である大分県別府市を活動拠点とするアートNPO「BEPPU PROJECT」でプロジェクトマネージャーを務められています。「アーティストとともに、まだ見たことがない風景をともにつくる人」としてのアートマネージャーの仕事について、直近のプロジェクトを例に詳しく紹介いただきました。
BEPPU PROJECTについて
アーティストでもある山出淳也さん(1970-、大分生まれ、Yamaide Art Office 株式会社代表取締役)が、地元である大分県に2005年に立ち上げたのがアートNPO「BEPPU PROJECT」です。アートの持つ可能性を活用し、誰もが個性を生かして創造性豊かに暮らしていくことができる地域づくりを目指した活動をされています(画像1)。5年続けばすごい、と言われるアートNPOにあって「BEPPU PROJECT」は発足から約20年が経ちます。「100年続くアートNPOを目指す」という思いで、持続可能な組織体系がつくられてきました。現在は、年間20〜30のプロジェクトが20名前後のスタッフで展開されています。
(画像1)BEPPU PROJECT「活動目的」より
「BEPPU PROJECT」では6つの大きな事業を軸に活動してきました(表1)。
1 |
文化芸術振興 |
芸術祭、アートプロジェクト、学校へのアウトリーチ、子育て支援、アーティストのレジデンス事業。 |
2 |
移住・定住促進 |
|
3 |
福祉・障がい者芸術 |
障がい者、高齢者、子どもなどを対象にしたアートプロジェクト、福祉施設などへのアウトリーチ活動。 |
4 |
観光振興・情報発信 |
アートをとおして地域の魅力、人々、店を紹介。 |
5 |
商品のブランディング |
地域の産品のブランディング、産地品専門オンラインショップ「Oita Made」の立ち上げ(現在、地元企業に譲渡、運営されている)。 |
6 |
経済活性化・産業振興 |
企業の課題分析、ブランディング化。アートのクリエイティビティを活用した課題解決、商品開発など。 |
(表1)事業一覧、筆者メモより作成
それぞれの事業の概要をみると、作品を展示してみせるということ以上に、アートを活用することで、地域の魅力を様々な角度から底上げしようと試みられていることがわかります。また、「アートというのは誰もが享受できる存在であるべきだ。」という創設者の思いで、マルシェやアートフェア、市民文化祭「ベップ・アート・マンス」などより幅広い人たちがアートと接続する機会を創出する活動も行われています。誰でも参加することができる市民文化祭「ベップ・アート・マンス」は2010年からスタートし、2023年には102団体が参加し、126企画が実現されました。「BEPPU PROJECT」では新人スタッフの登竜門とされていて、様々な人と伴走する経験を積む機会にもなっているそうです。
ほかにも、アーティストが制作した作品を巡ることが起点となった文化観光ツアー、空き物件をリサーチして整備しアーティストが活用できるようにする一連の活動、地域企業とアーティストのマッチングなど、プロジェクトの多様さには目を見張ります。レクチャー当日、堀切さんが大分から持ってきてくださった銘菓「百寿ひとひら」もそのうちの一つのプロジェクトに関係しています。大分県の伝統銘菓「臼杵煎餅」を、製造元である老舗煎餅屋と県内のクリエイティブ・ディレクターが協働して開発した商品で、BEPPU PROJECTが企画運営に携わった事業「CREATIVE PLATFORM OITA」 (主催:大分県) をきっかけに、若い世代をターゲットにした新ブランドを立ち上げ、サイズ感やパッケージデザインなどを一新して生まれ変わったお菓子です。クリエイティブな手法によって新たな産業創出を目指すこの事業への参加をきっかけに、業績が向上しました。お土産にもピッタリな商品として人気があるそうです。
温泉の街、別府の課題
「BEPPU PROJECT」が立ち上げられた当時、別府の街は深刻な課題を抱えていました。有数の温泉地として知られる別府市では、観光業従事者が市民の半数を超え、大分県の宿泊客の半数が別府市内に宿泊するなど、観光が重要な資源となっています。しかし、温泉地としての活況は1970年代をピークに低迷していきます。2000年代前半になってからも低迷が続き、若者世代の減少、高齢化率の上昇、商店街の空洞化、空き物件の増加など様々な問題が山積みになっていました。
当時、観光需要の全国平均では女性客が全体の6割を超えていたのに対し、別府では男性客の方が多く、とくに50代が中心でした。また、別府では、主に団体客に向けた観光サービスが行われていましたが、時代とともに個人や少人数グループの旅行客が増加し、団体客は別府を訪れる観光客全体の2割程度になってきていることもわかりました。そうした分析から、若年層、女性、個人客に向けた新たな魅力を創出することが必要であることがみえてきました。そこで「BEPPU PROJECT」が注目したのは「アートファン」です。「アートファン」には、好奇心や感受性が豊かな人、自分の体験したことを表現して発信することが得意な人が多いという特徴があります。アートをきっかけに別府を訪れる人は、その好奇心や感受性で街自体の魅力やおもしろさにも反応してくれると考えました。
別府の抱える課題を分析し、アートと社会をつなぐことで、創造性にあふれた魅力的な地域をつくることが、「BEPPU PROJECT」が掲げる大きな目標となりました。
成果の可視化
「BEPPU PROJECT」は、別府の抱える課題に向き合い、少しずつアップデートし、今では多くの成果もあげています。画像2は課題に対してどのような取り組みを行い、どんな成果があったのかをまとめたチャートです。ピンクで示されているところが成果で、地域のブランドランキングの向上や、ある商店街では空き物件がゼロになったこと、6,000人を超える市民が文化活動をはじめるようになったこと、移住したアーティストが休業していた共同温泉を再生させ、温泉文化の継承に寄与したことなどがまとめられています。
(画像2)
「BEPPU PROJECT」で重要視されている事業の一つが、移住・定住促進に関する事業です。2009年に「混浴温泉世界」(詳細後述)でイベント会場の一つとして活用された「清島アパート」は、その後レジデンススペースとして運用され、アーティストの別府への移住、定住を後押ししてきました。2017年にはアーティストやデザイナーなどの移住者が120人を超えたことが地元紙で報じられ、別府市では2030年までにその数を10倍にする(注1)ことを目指した取り組みを行っています。移住・定住促進については、「BEPPU PROJECT」のあげた成果によって、行政が施策として取り組むようにまでなっています。
堀切さんはアートプロジェクトの成果を可視化することは、必要不可欠なことであると言います。「BEPPU PROJECT」では、事業によっては来場者アンケートをとり、それらをスタッフが集計・分析するだけでなく、専門家に依頼して分析してもらい、客観的な成果の振り返りを行っていると言います。
「誰もが自由に創造性を発揮できる、魅力ある地域づくり」(スライドより)を目指し、地域の課題に向き合い、取り組んできたことを一つずつ成果として可視化することで、行政を含め広く様々な人からの理解と信頼を獲得してきていることがわかりました。また、時代や状況を読み、目指すべきゴールが達成されるように、柔軟に事業内容を更新していくことも、「100年続く」アートNPOを実現させるための重要な方策であることが「混浴温泉世界」をはじめとした芸術祭の取り組みからみえてきました。
(注1)中島良平『別府は温泉だけじゃない! 2030年までにアーティストやクリエイターの移住者の数を1200名に』(2023年7月28日付『Pen Online』)参照
混浴温泉世界
2009、2012、2015年の3回にわたって開催された芸術祭「混浴温泉世界」は、総合ディレクターを芹沢高志さん(1951-、東京生まれ、アートディレクター)が務め、次のようなコンセプトが設定されました。
「混浴温泉世界」コンセプト
大地から湯が湧きだし、窪みに溜まる。それは誰のものでもない。
人はそれを慈しみ、自発的に守り維持する。
そして、ここに住む人も旅する人も、男も女も、服を脱ぎ、湯につかり、
国籍も宗教も関係なく、武器も持たずに丸裸で、
それぞれの人生のあるときを共有する。
しかし、つかりつづければ頭がのぼせ、誰もそのままではいられない。
入れ替わり湯から上がり、三々五々、ここを去っていく。
人は必ずここを立ち去り、再び訪れる。ゆるやかな循環。
(「混浴温泉世界2015」webサイトより)
アートを街の魅力に目を向ける触媒と捉えて展開された「混浴温泉世界」は、パフォーマンス作品も多く、市内に作品が点在することから少人数のツアーを実施したり、商店街の空き店舗を利用したり(店舗内を客席化、通りがステージになるなど)、別府だからこそ体験することができるアートが紹介されました。「混浴温泉世界」は3回で幕を閉じ、2016年から「in BEPPU」がスタートします。
in BEPPU
「in BEPPU」は、毎年開催される個展形式の芸術祭です。一度に複数のアーティストを招聘するのではなく、1名(組)のアーティストに限定します。これまでに、目[mé](2016年)、西野達(2017年)、アニッシュ・カプーア(2018年)、関口光太郎(2019年)、梅田哲也(2020年)、廣川玉枝(2021年)といったアーティストが参加してきました。
目[mé](荒神明香(アーティスト)、南川憲二(ディレクター)、増井宏文(インストーラー)による現代アートチーム)は、別府市役所を構造物で覆い、建物とその覆いの間にスモークを充満させた状態の市役所内部をツアーで鑑賞する《奥行きの近く》を制作しました。西野達は、JR別府駅の前に立つ「別府の観光の父」と呼ばれている油屋熊八の像(H300cm×W230cm×D130cm)を仮設の家屋で囲った《油屋ホテル》、別府のシンボル「別府タワー」に前掛けをとりつけお地蔵さんに見立てた《別府タワー地蔵》、発泡スチロールでできた家《残るのはいい思い出ばかり》、トラックが電信柱に刺さったような《別府の魅力から逃れられるか? 》などを制作しました。アニッシュ・カプーアは、別府公園の芝生広場に巨大な鏡を用いた《Sky Mirror》を出現させました。目[mé]、西野達、アニッシュ・カプーアのいずれの作品も、日常の風景の中に突如として異様なもの(アート)が入り込み、思いがけない景色を生み出しました。
梅田哲也と廣川玉枝は共にコロナ禍での制作発表となりました。梅田哲也は、行動自粛などが求められていた状況において、中止せずに実現させる方法を模索し、「会場と会期を限定しない作品」として構想された《O滞》を発表しました。受付で地図とラジオを受け取り、作品のある場所に行くとラジオから音声が流れるというものでした。廣川玉枝が参加した2021年は、政府による緊急事態宣言と解除が繰り返される時期で、不安定な状況が続いていました。そこで廣川が見出した答えは「祭」でした。日常生活が一変し、先行きが予測できない時代だからこそ、「祭」によって別府に活力をもたらそうと、新たな「祭」をデザインしました。別府のエネルギーの象徴である「地獄」に感謝と祈りを捧げ、豊かで平穏な未来を願って、プロのダンサーや地域住民らと協働し、街を練り歩くなどのパフォーマンスを行い、市民とともにつくりあげました。
(参考)in BEPPU 各プロジェクトアーカイブページ
2016年 目[mé] / 2017年 西野達 / 2018年 アニッシュ・カプーア / 2019年 関口光太郎 / 2020年 梅田哲也 / 2021年 廣川玉枝
ALTERNATIVE-STATE
6回開催された「in BEPPU」は2021年で休止に入ります。「混浴温泉世界」や「in BEPPU」の開催で、アートを目的に別府を訪れる人が増加した一方で、「あの作品をみたい」「作品はもうないんですか?」といった問い合わせも増えるようになったそうです。行政や地域住民からも作品を残して欲しいという要望があがるようになり、いつ訪れてもアートを楽しんでもらえるよう、新しい文化芸術資源として作品を長期的に展示することを目的に、「ALTERNATIVE-STATE」が生まれました。半年ごとに1組のアーティストを招聘し、市内各所に4年間で8作品を点在させ、文化観光の入り口とすることがねらいです。
2024年には中﨑透を招聘し、「ALTERNATIVE-STATE」第5弾となる《Bluebird Sign/青い鳥のしるし》(2024年9月20日公開)が発表されました。別府市中心市街地にゆかりのある看板屋の奥さんとその息子さん、そして老舗映画館の館長さんの3名へのインタビューをもとにして作品が制作されました。32のエピソードと作品が市内の約25箇所に設置され、地図を片手にそれらを巡るインスタレーション作品です。駐車場、共同温泉、公園、セレクトショップ、飲食店、商店街、ホテルの通用門、自治会の掲示板、日本最古の木造アーケード、海岸、別府タワーの展望フロアのガラス。作品の位置を記した地図(注2)がなければ、気づかないような場所もあり、まるで「地図をたどって宝探しのように作品を巡っていく」と堀切さんは言います。
(注2)地図〈多言語対応〉は別府駅観光案内所で無料配布している。
アートマネジメントの仕事
アートマネージャーとして、アーティストと伴走して作品を実現する堀切さんの仕事について、《Bluebird Sign/青い鳥のしるし》を事例に、詳しく紹介いただきました。
「ALTERNATIVE-STATE」では、ディレクターが作家を選出し、テーマや作品を設置する場所の大枠を決めます。今回の場合では、巡回型インスタレーション作品であることと、「青い鳥を探して」というテーマの作品とすること、別府市中心市街地を作品設置の場所とすることなどが最初に提示されました。堀切さんの仕事は、会場やインタビュイーとなる人々のリサーチ、会場借用などの交渉のための資料作り、実際の交渉、会場決定から作品設置までの各種段取り、行政とのやりとり、関連イベントの運営など多岐に渡ります。
街なかで展示を行う場合には様々な「交渉」が必要になります。その最たるものが会場の借用です。会場のほとんどは個人が所有する建物で、長年の「BEPPU PROJECT」の取り組みもあって、会場のオーナーも含めて地域の人々は非常に協力的だったと言います。それは、これまでの活動の積み重ねと、堀切さんが交渉をとおして丁寧に信頼関係をつくりあげてきたことが大きく影響しているのではないでしょうか。
堀切さんからは会場借用に関わる詳細なやりとりを受講生に丁寧に紹介いただきました。会場の所有者にとって、ある程度長期にわたって「作品を設置する」というのはなかなかある経験ではありません。また、どのような作品が設置されるのかもギリギリまでわかりません。設置したあともどのようなことが起こるのか想像が追いつかないこともあるでしょう。そうした懸念を一つ一つクリアにしていくために、所有者にあわせた個別の交渉を行っていくと言います。
「交渉はどうやって行うのでしょうか?」という受講生からの質問に、堀切さんは「まずはご挨拶に行き、自分たちがどのような活動をしているか、そして何をしようとしているかや招聘するアーティストについて説明します。ご高齢の方や、商売をされている方は、メールを日常的に使わない方々も多いので、直接、対面で話すようにして、誤解やすれ違いが起きないように丁寧に話をします。話をした感触で、ある程度踏み込んだ話まで進められそうな場合に備えて、簡潔な資料だけでなく、詳細な資料も用意していきます。」と資料について言及し、実際に作成された資料の一部を見せてくださいました。見せていただいたのは電気工事が必要な作品設置に関する資料でした。電気技師の説明を聞き取って、画像や図を駆使し、どんな工事をして、どんな状態で設置され、どんなケアが必要なのか、誰がみてもわかるような資料がつくられていました。ここまで微に入り細に入った資料は滅多にみることができないもので、詳細に作成された資料に度肝を抜かれました。
資料には、「ALTERNATIVE-STATE」全体(ねらい、目的、アーティスト情報)についてまとめたものと、使用する会場ごとの資料があります。「この資料は、まだ借りることが決まっていない段階で、(借用する)相手に持っていくものですか?」という質問に、「そうです。リサーチして、ここを使わせていただけたらいいね、となった段階でつくります。まだこの段階ではアーティストの詳細なプランは出ていませんので、全くの仮定の状態です。詳しくどう展示をするつもりなのか、ということも大事ですが、相手が気になるだろう点を割り出せるように、展示しうる形態の過去作をプランに盛り込むなどして、どういったことがOK/NGなのかを確認したり、先回りして、大丈夫ですよ、と伝えられるようにつくっています。」と堀切さん。例えば、壁画を制作するプランでは、どのように原状回復させるのかということや、電気が必要な場合にはどのように電源を確保し、ONとOFFはどう対応するのかなど、貸す側が気になる点をできるだけ事前にイメージして、資料を作成すると言います。
資料は第1弾、第2弾と更新が繰り返されます。最初の資料の案では借用確定に至らなかった場合、次の案を出し、そこで出された懸念を反映してさらに次の案を出すといった具合に、細かく修正を加えて資料を作り続けるそうです。また、相手によっても資料の内容を変えます。商店街であれば商店街のマップが入っていた方がわかりやすいなど、相手が普段どんなことに慣れ親しんでいるのか、どういうものがあるとわかりやすいのか、注意深く想像して作成されています。また、どの資料もほとんど1枚か2枚にまとめられています。「たくさん書いても、長すぎて読む気にならないって言われちゃうんですよね。5行でまとめなさい!と地域のみなさんからはよく怒られます。」と堀切さんは苦笑いします。
受講生からは「アーティストと伴走するなかで、その場で堀切さんが判断しなければいけないこともあると思いますが、判断がつかない場合はどうするんでしょうか?」という質問もあがりました。「わからないことは、わかりませんと正直に言うこと、断言しないことも大事です。」と堀切さん。確証がないまま安請け合いをすることで、逆に信用が下がることになると言います。「信頼は少しずつ積み重ねるものなので。」という堀切さんの言葉には、実際に相手にあわせて言葉や説明の仕方を変えたり、対面で会う機会をつくったりといった地道な交渉を行ってきた経験からの深みを感じさせました。
まだ見ぬ風景をともにつくること
みせていただいた借用に関する資料はどれも丁寧に詳細に、そして簡潔にまとめられていて、誰がみてもイメージを具体的に抱くことができるもののように思えましたが、堀切さんはそれでも「みている景色が違うことがある」ということを常に意識していると言います。《Bluebird Sign/青い鳥のしるし》では、多くの人が会場借用を快諾くださり、企画にも非常に協力的だったそうですが、例えば、自分がインタビュイーだと勘違いされていたり、作品が自身の店舗と関係しているものだと思われていたりといったズレがあったこともあると言います。「イメージは人によって変わってしまいます。思いもよらない勘違いをされていることもある。同じ説明を聞いて、同じ資料をみていても、それぞれがみているものは違うんですね。みんなが同じ景色をみることができるようにするのが私の仕事だと思っています。」と言う堀切さんの言葉からは、お互いにどんな景色をみているのか、想像しているのか、ありのまま共有することの難しさや、同じ風景をみるために言葉を尽くす必要があることがよくわかりました。
堀切さんの作成した資料に、野田智子さん(アートマネジメントアカデミー2024プログラムディレクター)も「プロジェクトのレシピをみているみたい!」と感嘆しきりでしたが、「こんなふうに資料をつくっても、自分自身の成果っていうのは実感し難いものです。」と堀切さんは言います。
堀切さんはweb媒体に寄稿したコラムの中で、アートマネージャーの仕事を次のように語っています。「アートマネージャーの仕事は、名のある人たちの裏側で名もなき仕事に奔走し、現場を円滑に回すことかもしれない。それはまるで名もなき家事をあくる日もあくる日もこなし、見えないところで当然のように家庭を回す主婦 (主夫) のようだ。」(注3)。表立って評価されにくい立場でありながら、現場で求められる裁量は多く、責任も重大です。それでも「やがて産まれ出る作品の産声を聞くために、わたしは、わたしたちは奔走する。」(注3)と語り、レクチャーの中でも堀切さんは、何度も「新しい風景をみることが楽しい」と繰り返します。
「誰のためにやっているのか、なんのためにやっているのか、ずらしちゃいけない軸をちゃんとわかっていることが大事なんです。」と言い、《Bluebird Sign/青い鳥のしるし》ではアーティストである中﨑さんを信頼し伴走した先で、新しい風景が作品として立ち現れたときに、アートマネジメントに関わることの楽しさや面白さ、醍醐味や意義などを感じると言います。
野田さんからは、「みんながみているものを擦り合わせて、同じ風景をみるという姿勢が印象的でした。アーティストがつくりたい、実現したいと思うビジョンを共有し、それだけじゃなくて一緒にその風景を描いていく、そんなスキルがアートマネージャーに必要なんだな、ということがよくわかりました。」と自身もアートマネジメントに携わる野田さんだからこその、実感のこもった感想が語られました。
(注3)ネットTAM、Voices〜みんなの声座〜、堀切春水「アートマネージャーとして生きる」(2024年1月22日)より
さいごに///
「まだ見ぬ風景をともにつくる人」としてのアートマネージャーの姿が、堀切さんのレクチャーをとおして、表面だけではない深い奥行きを持って、より具体的にイメージすることができました。作成された資料、それぞれの会場オーナーとの詳細な交渉のいきさつ、作品がどのように構想され具体的になっていったのか詳らかに実際のアートマネジメントの仕事を紹介いただいたことで、アートマネジメントの現場を追体験できたように思えました。
(レポート|松村淳子)