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2019年12月21日 レポート

トリエンナーレスクール Vol.6 「赴くこと、滞在すること、創ること」渡辺望(アーティスト)

2018年7月15日(日)トリエンナーレスクール・レポート

毎回、アートの分野だけに限らず、様々な領域で活躍されているゲストをお招きし、トークとディスカッションを通して、考え方や学び方を発見していくトリエンナーレスクール。第6回はアートど真ん中、現在活躍中のアーティストをゲストにお招きしました。

アートと滞在制作について、アーティストの視点から語っていただきつつ、受け入れ側についても意識しながら考えていきました。

〈概要〉

あいちトリエンナーレ2019 トリエンナーレスクール vol.6
2018年7月15日(日)14:00-16:00
『赴くこと、滞在すること、創ること』
ゲスト:渡辺 望(わたなべ のぞみ)さん
進 行 :会田大也(あいだ だいや)さん

〈第1部:レクチャー〉

渡辺さんは1984年生まれのアーティスト。ここ数年で、滞在制作の機会が増えてきているそうです。まずは、その制作活動について以下の3つにわけてご紹介いただきました。

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1 ギャラリーやアートスペース、美術館などでの発表を想定した作品

2 屋外で行われるアートフェスティバル、アートイベントに向けた作品

3 人々との関わりの中から生まれるプロジェクト作品

まず1つめ「ギャラリーや美術館などでの発表を想定した作品」として、5作品を例として紹介され、スライドをまじえて丁寧に説明してくださいました。全ての作品に共通しているのが"周囲の状況を見つめ、それらから宇宙を連想させるような深遠な作品とする"という点でした。この制作姿勢が「滞在制作」、あるいは3つめの「人々との関わりの中から生まれるプロジェクト作品」へとつながっていきます。

《OBSERVER》(2016)は写真作品で、一見すると夜空を超望遠レンズで撮影したような神秘的なイメージです。でも、じつはすべて路上に残されたガムの跡。え!ガム!まさか!と思わずにはいられないのですが、上を見上げて思いを馳せる遥かな銀河が、足元に確かに見えています(http://watanabenozomi.com/jp/Observer.html)。

《MOON SURFACE》も足元に転がっている石を月に見立てた作品ですが、なんとも言えない宇宙感があります。

《MAP》(2013)では面白い試みをされています。あるギャラリーで展示されたこれまでの作品の位置を1つの会場図に落とし込み、そのマップを手に、会場をまわっていくというものです。その会場図に記された作品の位置を示す点の一つ一つがあつまって、星図のようなイメージを生み出しています(http://watanabenozomi.com/jp/13map.html)。

《BOOK OF THE STARS》(2012)では、英語で書かれた本に出てくる「i」の「・」部分だけを抜き出し全体の色調を反転させた本を制作されています。白い小さな点があつまった本のページをめくるときに、どんな思いがよぎるのか、興味深く感じられました(http://watanabenozomi.com/jp/stars.html)。

《METEOR》(2011)は、木の枝の間から夜空を見上げているような映像が映され、時折、流れ星のようなものが画面を横切ります。幾分ゆっくりな流れ星・・・と思いきや、じつは窓を落ちる水滴。窓を撮影した映像を90度まわすことでつくられた映像です(https://youtu.be/cqAyMqF7ZNs)。

渡辺さんは2016年にイギリスへ留学し、2つめの「屋外で行われるアートフェスティバル、アートイベントに向けた作品」制作へ続いていきます。

《OBSERVATION POINTS》(2016)は、イギリスの『Cheriton Light Festival 2016』(http://www.strangecargo.org.uk/news/2016/cheriton-lights-festival-2016/)に出品された、広大な場所に展開したインスタレーション作品です。広場から見上げた時にみえるオリオンなどの星図のかたちになるように、点灯させた気象観測用のバルーンをその広場に配置します。遠く離れたところにある星を、触れる位置におろしてくることで、観測点=Observation Pointsを変えることを試みました。この作品は継続して深められ、『「Littoral Light」Ramsgate Festival』、『「Nomads」the DEPO2015 Creative Zone』、そして今年は札幌で行われた『SAPPORO YUKITERRACE 2018』でも発表されました(http://watanabenozomi.com/jp/16Observation_Points.html)。

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3つめの「人々との関わりの中かから生まれるプロジェクト作品」については、今回のスクールのテーマと絡めてご紹介いただきました。そのテーマ「赴くこと、滞在すること、創ること」を深めるため、これについても4つの項目でわかりやすく話が進みました。

1 アーティスト・イン・レジデンス(滞在制作)とは?

2 5つの事例

3 赴くこと/滞在すること/創ること

4 アーティスト・イン・レジデンス事業の課題

そもそも「アーティスト・イン・レジデンス(滞在制作)とは?」ということですが、アーティストの活動を支援する制度や、滞在型の創作活動のことを指しているのが「アーティスト・イン・レジデンス」です。簡略には「AIR」(エアー)とも呼ばれます。アーティストが国や文化の違いを越え、異なる文化、歴史の中での暮らしや、地元の人々との交流を通して刺激やアイディアを得て、新たな創作活動の糧としていくことができます。

対象分野はデザイン、パフォーミングアーツ、演劇、音楽、文芸、芸術、キュレーション、評論、研究など幅広く、支援団体としては地方自治体を中心に、教育機関や財団、美術館など。活動場所も専用の施設から個人宅まで様々です。単に場所を提供するだけでなく、その成果を展覧会として発表したり、ワークショップを行ったり、レクチャーや演奏会を開く、オープンスタジオ、公開制作、教育機関との連携など、様々な事業も進行します。活動内容や、予算についてどこまでどのように支援するのかは、提供側によって異なります。

日本では90年代始め、地方自治体が担う形でのアーティスト・イン・レジデンスが生まれます。制作活動に専念するための場所や時間、コミュニティなどを提供するのが、アーティスト・イン・レジデンスですが、日本の場合はそこに地域振興が加わります。アーティストによる地域の魅力の再発見や発掘、市民活動の場として、地域のホスピタリティの向上(異文化=アーティストを受け入れることによる)など、アーティストを呼んで滞在制作することの目的の一つとして、地域振興が存在します。

「5つの事例」として紹介されたのは、実際に渡辺さんが参加した日本、イギリス、チェコでのアーティスト・イン・レジデンスです。

『アート・インスピレーション・イン幡多 2013』は、高知県にある「幡多エリア」(四万十市・宿毛市・土佐清水市・黒潮町 ・ 大月町 ・ 三原村の6市町村)で行われた『幡多博』(2013年7月1日[月]~12月31日[火])にあわせて、3名のアーティストが招聘されました。

*滞在制作に含まれたキーワード:地域・まちづくり、地域との交流

『International Graduate Artist』(2016、イギリス)は、渡辺さんの留学先の大学が行なっているプログラムで、卒業生を対象に若手アーティストのコミュニティづくりを支援するものでした。また、滞在中は在学生との共同アトリエを割り当てられ、在学生へのアドバイスなど相互のコミュニケーションもありました。渡辺さんはこのとき、活動の成果として『PARALLAX』(http://watanabenozomi.com/jp/parallax.html)という個展を実施しています。

*滞在制作に含まれたキーワード:アーティスト育成、教育への寄与、国際交流

ここまでは、まちなかや大学など、人やモノがある場所での滞在制作でしたが、イギリスの『Forest Studio Residency: STOUR VALLEY CREATIVE PARTNERSHIP』では、文字通りの森の中での活動となりました。インターネットもないような場所で、アイルランドとイタリアのアーティストと3名での滞在制作となり、成果として『HUMANATURE』展という3人展を開催しています。

*滞在制作に含まれたキーワード:アーティストの制作支援・育成、国際交流

4つめの事例は2017年にチェコで実施したものです。その展覧会『Nomads』展は、世界各地の難民、移民問題や、特定の場所を持たずに仕事をするライフスタイルなどをテーマとして取り扱いました。渡辺さんはそのテーマと、チェコではかつて倉庫や防空壕などにも使われた地下道が発達していることなどをヒントに、まちなかに星を置いていく《NOMADIC STARS PROJECT》を発表します。この"星"は、木箱の中に取り付けられたLEDチップを"星"に見立てたもので、ワークショップでこどもと"星の箱"をつくることもしました。また、大人を対象にしたアクティヴィティ《NOMADIC STARS WALK》では、その"星の箱"を持って散歩し、日本の風習や四季について伝えたり、時期的なこともあって七夕を体験したり、最後には広場で風や虫の音を聞き、月見をするなど、ゆったりとした活動で、参加してみたいな、と思いました。

*滞在制作に含まれたキーワード:アーティストの制作支援・育成、国際・文化交流

このプロジェクトをさらに突き詰めたのが、わずかな期間をあけて参加した『神山アーティスト・イン・レジデンス2017』(http://nomadicstars.watanabenozomi.com/kamiyama_project.html)です。徳島県神山町は地方創生の成功例として有名ですが、アーティスト・イン・レジデンスは今年で20年目となるそうです。すごい!

神山では、"星の箱"を大量につくり、プロジェクトに賛同してくれた地域住民の方に箱を渡し、箱が保管される場所(主に住居や店舗の位置)を地図に落とし込みました。小学校でもワークショップを行い、チェコのこどもたちがしたように"星の箱"をつくり、体育館に大きな神山の地図を広げ、その地図上、自分の家がある場所に並べて色々な位置からその"星図"をみたりしました。

渡辺さんは成果発表展までに117個の"星の箱"を配り、それらの箱がある場所を地図におとしこんだものを、《神山の宙》として展示発表しました。「寄井」と通称される地域にある昔の芝居小屋「寄井座」を会場とし、巨大な神山町の形に切り抜かれたパネルに、地図に落とし込んだ所と同じ場所にLEDライトを取り付け(こどもたちがハンダ付けを手伝ってくれたり)、天井から吊るしました。さらに、「寄井」という通称が、かつて井戸があったその地域にみんなが集まってきたことに由来していることから、現在も残る井戸の一つから水をひいて、床に巨大なプールをつくり、天井から吊るした光が水面に反射するようになっています(http://nomadicstars.watanabenozomi.com/kamiyama_exhibition.html)。

*滞在制作に含まれたキーワード:アーティストの制作支援・育成、国際・文化交流、教育への寄与、地域との交流

*現在、この"星の箱"プロジェクト作品は進行中。 種子島宇宙芸術祭(2018年10月20日〜11月25日)にて実施決定。詳細はNomadic Stars Project ホームページにて!http://nomadicstars.watanabenozomi.com

5つの事例から具体的な滞在制作の様子などを知ったところで、「赴くこと/滞在すること/創ること」の話へ。これはつまるところ「なぜ滞在制作をするのか?」ということです。それぞれの言葉に対して、表立てて話を進めていただきました。

★赴くこと

<制作スタイル>

渡辺さんの場合は、最初の作品紹介であったように、周囲の状況から作品を制作するので、「場所による」点が大きく、赴くこと=制作のスタートになる。

<アーティストの役割>

渡辺さんが考える「アーティストの役割」とは、ただ作品を制作して発表するだけではない。課題や問題の本質を捉えて視覚的に表現し、 アートの立場から新しい視点やヒントを提供することなど、社会の様々な部分で役割を担うことができる。

<キャリア形成>

アーティストとして活動していくうえで、滞在制作の実績はキャリアになり得る。

<制作活動>

制作拠点(スペース)がなかったり、問題を抱えているアーティストにとって、滞在制作は活動の場を確保したり、環境を整えることができる機会となる。

★滞在制作がもたらすもの

<芸術研究>

集中して取り組むことができる。

<ネットワークの構築>

普段とは違う人たちと出会える可能性があり、ネットワークが広がる。

<共通性の認識、文化的な多様性の発見>

普段とは違う場所にいくことで見つかる差異もあるが、共通している部分も必ずある。その共通項を認識した上で、文化的多様性を発見する。

<人や地域との交流>

様々な人と交流することで、インスピレーションを受けて、創作の幅が広がったり新しい展開が見つかったりする。

★創ること=アーティストとは何か?作品とは何か?

<サイトスペシフィック>

その場でしかできないことが、できる。

その場所だからこそ実現できる、すべき作品が生まれる。

<可能性の探求>

新しい土地に出向くことで、新しい可能性にアンテナが敏感に反応する状態をつくることができる。

<クリエイティビティの共有>

アーティストだけがクリエイティブなわけではない。地域住民の気づきや活動、行動をきっかけに、新しい発見ができる。

<還元>

活動を地域になんらかのかたちで返す。

滞在制作、アーティスト・イン・レジデンスの面白さ、可能性について考えが深まった中、話は最後の項目「アーティスト・イン・レジデンス事業の課題」へ。

課題は立場によって様々に見出されます。渡辺さんからは、アーティスト、支援団体、地域住民の3つの視点から見えてくる課題について話が進みました。

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1 アーティストから見た課題

・経済的リスク

 滞在制作は1ヶ月以上に及ぶことが多く、制作のために安定した仕事を辞める必要があったり、仕事があるために滞在制作に参加できない場合もある。また、滞在中の収入なども懸念される。

・過密スケジュール

 地域振興と関わっているために、滞在制作期間中に、ワークショップやレクチャー、あるいは交流会などを行うことが多く、作品制作の時間が割かれてしまうことがある。

・コミュニティからの離脱

 自分がもともといた場所から離れて制作するため、戻ってきたときにコミュニティと離れてしまっていることがある。

2 支援団体から見たときの課題

・評価の問題

 結果がわかるものではなく、予想がつかないことであることと、成果である作品をどのように評価できるのか。

・人材育成と雇用の問題

 支援する側が、どのように活動するべきかを考える上で、より良い人材を育成していく必要がある。

・安定した財源の確保

 個人で運営しているところもあり、継続させるために、安定した財源が必要になるが、その確保は難しい。

3 地域住民

・関係性の構築

 地域住民とアーティストとの関係をどのようにしたらいいのか、どのように構築していくのかを考える必要がある。

・情報の入手手段

 地域回覧板や掲示板などがあるものの、情報を手にいれる手段が少ない。ワークショップなどが行われていても、知らなかったために参加できなくなる状況も起こる。

・地域への関心

 そもそも住民自体が地域への関心が薄いと、アーティストとの関係を構築したり、情報を入手することが難しい。

この3つの視点から捉えた課題については、<第2部:ディスカッション>での主なテーマとして語ることになりました。

参考資料をご紹介いただきましたので、下記に一覧にしました。アーティスト・イン・レジデンスにご興味のある方、もっと知りたい方はぜひチェックして見てください!

*参考資料

・『日本のアーティスト・イン・レジデンス 隆盛のなかでの課題』(2017、菅野幸子)(http://artscape.jp/focus/10138877_1635.html

・『アーティスト・イン・レジデンスの現在08:新たなステップを踏み出す国際芸術センター青森(ACAC)』(2009、日沼禎子)(http://air-j.info/resource/article/now08/

・『AIRと私05:スケールの活動 ―日本へのアーティスティック・フィールド・トリップの報告』(2014、アナ・プタック)(http://air-j.info/resource/air05/

・『アーティスト・イン・レジデンスの空間利用と運営に関する研究』(2008、大野寿文)(http://art.arch.cst.nihon-u.ac.jp/2008/ohnotoshifumi.pdf

・『アーティスト・イン・レジデンスの現在16 経験という貢献 ―「なぜレジデンスするのか?」(レズ・アルティス総会2012東京大会レビュー[3])』(2013、津田道子)(http://air-j.info/resource/now16/

・『アート NPO データバンク 2014-15 ARTS NPO DATABANK 2014-15 Artist in Residence』(2015、特定非営利活動法人アートNPO)(http://arts-npo.org/img/artsnpodatabank/ANDB2014-15.pdf

<第2部:ディスカッション>

恒例のディスカッションは、今回もワールドカフェ形式を採用。

第1部の最後にあがった「アーティスト・イン・レジデンス事業の課題」を主要テーマに、レジデンスの可能性やアーティストとしての自立、情報提供のあり方などについて活発な議論が生まれました。

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今回目立ったのは「自分でもアーティスト・イン・レジデンスの場を運営したいと考えている」という方々。人数としては多くなかったかもしれませんが、席を移動する中で、みなさん1度はそういう方とお話しする機会があったのでは。全くのゼロからのスタートを切ろうと模索している方もあり、実際にアーティストとしてレジデンスに参加したことがある方の意見や、愛知県内のレジデンスのスペースやその成果としての作品についてなど、具体的に話が広がっていきました。

テーマとして提案された滞在制作事業の課題については、「解決する」ものというよりも、一つ一つ丁寧に対処していく、うまくこなしていく、という考え方のほうがあっているのでは、という意見もでました。また、情報が地域に行き渡らない、という点については面白い事例が出たテーブルもありました。愛知県の美浜町に構想16年、つい1年ほど前に完成した「山の広場」という野外陶製演劇場についてです。美浜町在住のアーティストによって、たくさんのボランティアとともに完成したものですが、参加者の方によると、「近所の人は全然知らない」そう。このレポートを書いている筆者も恥ずかしながら同じ愛知県民なのに知りませんでした。HPを確認してみるとかなり壮大ですが、案内板などがなく、わかりにくいのかもしれない、という話でした。いろいろとイベントも重ねているし、地域の回覧板などにもお知らせを入れているにも関わらず、知っている人があまりいないという意見には、どのように情報を提供するべきなのか、議論に火がつきました。

どのテーブルでも、今回渡辺さんから提起された課題について議論が交わされましたが、一朝一夕に解決策が見えるものではなく、今回こうして様々な意見が出たことが大事な一歩となるのではないでしょうか。

今回参加された方の中から、近い将来、アーティスト・イン・レジデンスのプロジェクト始動したよ!というお知らせが届くのが楽しみです!

(文:松村淳子)

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