アーカイブ
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2024年1月10日 レポート

レポート|「アーカイブ」9月9日(土)

実施日時|9月9日(土)
テーマ|アーカイブ
ゲスト|文谷有佳里(アーティスト)

レクチャー

作家とアーカイブ
アーティストである文谷さんは、2010年に大学院を卒業後、個展やグループ展などを継続し、国内外で活躍するアーティストとして20年近くの歳月を積み重ねてきました。作家活動を続けていく中で、自分自身の「仕事」の整理や記録ができていないことに危機感を抱いていたと言います。そんな折、「クリエイティブ・リンク・ナゴヤ キャリアアップ助成事業」(2022年)で採択され、手元にある大量の作品撮影と、ホームページへの掲載といったアーカイブ作業に着手します。現在進行中でアーカイブの仕事と向き合っている文谷さんから、アーカイブのコツ、ヒントを得るレクチャーとなりました。
文谷さんは元々音楽分野から愛知県立芸術大学に進みましたが、その後美術の世界に転向し、東京藝術大学大学院美術研究科にすすみ、ひたすら絵を描く日々を過ごしました。文谷さんの作品はドローイングが主体で、ボールペンなどの描画材を用いて、多様な表現の線を重ねて描いていくシリーズを続けています。紙に描く場合と、ガラス面など一定期間が経った後に消されてしまう場所に描く場合とがあります。紙媒体ではタブロー(完成された絵)として後々まで残りますが、ガラス面のような媒体では残らない作品となります。残る作品と残らない作品、タブローの作品とプロジェクト型の作品、あるいは画像と映像といったように、さまざまなタイプの作品が存在し、それらにあわせてアーカイブの仕方や気をつけるべき点も変化します。今回は、文谷さんの例として7項目に分けてアーカイブの仕事をひもとき、その後、「もしかしたらこっちが重要かも」と文谷さんが言う、アーティストの仕事の全体像について話していきました。

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1.アーカイブとは
アーカイブとは「文書・記録などを集めて保管すること。またその保管場所」(旺文社国語辞典、第十一版)のことを指します。これを作品のアーカイブにあてはめると、作品と作品に関連する資料を保存することと言えます。保存すべきものは、作品それ自体と展覧会等の作品を発表した「場」の情報と記録、作品の制作プロセスなどです。保管する媒体としては、紙(実物)とデータの2種類があります。

2.アーカイブを重視する理由
「自分の仕事をアーカイブする」とは、「自分のやってきたことを整理して見せること」と同義です。また、必要な時にまとまった情報や記録を提示するための準備とも言えます。例えば、展覧会やプロジェクトを実施したり、コンペや助成事業に応募する場合など、CV(履歴)や作品写真、ポートフォリオなどが必要になりますが、文谷さんは自身のホームページを活用し、それらの情報を提示しています。ホームページに記載しているCVは、そのままコピー&ペーストで利用でき、さらにホームページのURLを渡すだけで詳細を確認してもらえるようになります。

3.アーカイブの使い道
先述したようにホームページは非常に便利で重要なコンテンツであり、アーカイブした資料を活用できる媒体でもあります。ホームページは自作することが可能であり、自身が与えたい印象を自分でデザインすることができるところも利点です。
文谷さんのホームページは、写真によるビジュアルイメージが中心で、CVや作品情報(タイトル、制作年、素材、描画材、サイズ)などのテキストが加わっています。自作のコンセプトなどを言語化していく作家もいますが、文字は印象が強すぎるとしてあえて避けているという文谷さん。作家や作品のタイプによってもどの程度情報を出していくかは考慮が必要です。
参考として2名のアーティストのホームページが紹介されました。山田純嗣さんのページでは、年代別で作品が整理されており、各作品イメージには基本的な情報の他にコンセプトや制作経緯などのテキストが付与されています。さらに、出品歴も記録されており、多岐にわたる情報をうまく整理し、まるで「山田純嗣辞書」のような、あるいは作家自身の手による解説書のようなページになっています。
もう一人は小野耕石さん。年代別ではなく作品のシリーズごとに分類されています。また、参加した展覧会のチラシやDMのイメージが掲載されていることも特徴的です。チラシなどの紙媒体はついつい捨ててしまいがちですが、それ自体を残しておくとともにスキャンしてデータ化しておくことで、小野さんのように活用できます。

4.アーカイブ方法:展覧会
ここでは、文谷さんが実際に行っているアーカイブの方法を紹介していただきました。
例として展覧会の仕事が入った場合を想定してみます。まず行うことは[保存先を準備する]ことです。保管する媒体が紙とデータの2種類であったように、ここでもそれぞれに適した保存先を用意します。紙に対しては、箱やファイル等を用意し、データは専用のフォルダを作成します。保存先が準備できたらあとは[投げ込み収納]です。複数の仕事が同時進行になることが多いと文谷さんは、一つずつ資料を整理しながら作業をすすめていくことが難しく、関連する書類や資料をとにかく用意した保存先に投げ込んでいくというスタイルをとっています。紙の場合は名前をつけたファイルにどんどん入れていき、データの場合は整理用のフォルダ内フォルダを用意して整理しながら投げ入れていきます。フォルダを作成する時には、デスクトップではなく長期保存用の場所につくることがポイントです。仕事が完了した後で場所を移動してしまうと、リンクが切れたりデータが行方不明になったりなど不都合が出やすくなります。長期の保存場所に作成し、デスクトップなどにショートカットを作成しておけばアクセスは簡単です。また、データの場合、最低でも2ヶ所にバックアップをとっておくことも大切です。
文谷さんは自分の仕事を5つ(exhibitions、works、その他、履歴、ポートフォリオ)に分けてフォルダを用意し、仕事内容によって各フォルダ内でさらに年代別、仕事別のフォルダを作成し、整理しています。このように整理しておくと、あとから記録を活用したい場合、見つけやすくなります。
チラシ等の紙媒体資料は溜まってしまうと捨ててしまうことが多いですが、10年後に使う機会がやってくることが結構あったと自分の失敗を振り返り、チラシは10枚以上、カタログなどの記録誌もなるべく手元に残しておくのが良いと言います。また、写真データに関しては補正をしておくと後から利用しやすいことと、写真のクオリティは非常に重要になるため、こだわるべきという点も教えてくれました。

5.アーカイブ方法:情報
自分なりの方法を見つけることが大事としつつ、ここでも文谷さんの方法をみていきました。保存する内容は作品写真、タイトルや素材等の作品情報の2つです。作品写真は先述したように補正をしておき、クオリティにこだわっておくことが大事。作品情報は人にもよりますが、文谷さんはタイトル、サイズ、素材、出品歴、価格、販売歴等を記録しています。タイトルとサイズ、素材については写真画像のデータ名としてまとめていて、写真データをみればわかるようにし、出品歴等は紙媒体で保管しているそうです。作品数が多くない場合は、作品の履歴書をつくるイメージで1点ずつデータをまとめたドキュメントを作成してもいいかもしれません。

6.アーカイブのコスト
文谷さんがアーカイブにかけているコストは、ホームページのドメインの利用に年間で約4,000円、作品や展覧会の記録写真を撮影するためにプロのカメラマンに依頼するため、その依頼料(5〜10万円程度)などです。撮影などプロにお願いすることはお金のかかることですが、前述したように記録写真のクオリティはとても大事なポイントなので惜しまない方がいいと文谷さんは言います。

7.ホームページのつくり方
ホームページの構造を考え整理していくことは、自分の作品や活動を把握していく作業になると言い、自身の仕事を分類することがホームページ作成の仕事の9割になります。文谷さんのホームページはテンプレートを利用することなく、オリジナルでコード(HTML)を書いて作成しています。コードはYoutubeやGoogleなどで検索すると初心者でもわかるような解説がみつかるので、自力でも可能だと言い、先に話したように自分自身や自作の印象が伝わるようにデザインを操作できるので、ホームページは自作した方がいいと言います。ページを構成し、コードを書いたら、ドメインを取得しレンタルサーバーを契約します。ドメインを取得することで「公式」のイメージが得やすく、信頼にもつながります。

仕事の全体像
ここからは、アーカイブのコツとは少し離れてアーティストの仕事のなかでのアーカイブについてみていきました。
アーティストは会社運営をしているようなもの、と文谷さんは評します。作品をつくることがもちろん主軸ではありますが、画像1にあるように、実際にはアーティスト活動には多くの「他の」仕事があり、「制作以外」の仕事が思いのほか多いことがわかります。
さらに、文谷さんはアーティストとしての仕事、展覧会の仕事、展覧会以外の仕事と自分の仕事を3つに分けて考えています。アーティストとしての仕事は、制作、材料購入、額装、展覧会出品(ギャラリー:販売、美術館等:非売)などがあります。展覧会の仕事が入ると、作品制作に加えて企画者や主催者との事務連絡や、会場の下見、展示プラン作成、印刷物作成、会場看板等デザイン作成、必要物品の購入、搬入出、記録撮影など仕事の種類と量が増加します。これらの仕事には、自分一人でできないものも含まれ、他者とのやりとりが生じます。展覧会以外の仕事では、展覧会や作品の資料保管(アーカイブ)、ポートフォリオ作成、作品価格の管理、連絡先管理、作品保管、制作場所確保、確定申告などがあります(画像2)。
ちなみに、作品の価格管理は人によっていろいろとあるとしつつ、文谷さんの方法を教えていただきました。サイズや額装費、材料費等を鑑みて価格を決めており、そこにギャラリーが入っていればギャラリーのマージンを加えた価格になり、受賞や展覧会歴などのキャリアに応じて価格が上がるような係数を設定しているそうです。また、他の作家の販売価格等も参考にしているとのことです。卒業後に、作家として活動していくためには必要な知識ですが、具体的に教えているところはあまりないかもしれません。現役で活躍するアーティストからリアルなお金の話をきけたことはいい機会となったでしょう。

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(画像1)

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(画像2)


まとめ

ここまで「作品制作」と「アーカイブ(ホームページ作成、展覧会実施)」の話がされてきましたが、この2つは動機が異なる「別物」だと言います。できれば家でずっと絵を描いていたい、絵を描ければ幸せと言う文谷さんですが、作品制作が個人的なものとすると、アーカイブなどは社会的なものだと区別します。文谷さんの場合は作品制作は自分のためにしていることで、ごく個人的な行為ですが、それに社会性を与えるのが展覧会やアーカイブです。作品を制作することの価値と、他者と関わる事柄には別の価値があると言います。一方で、アーティストにとって作品をつくることこそが真実で重要であるとして、アーカイブ制作にその時間が削られるのも少し違う、と言います。そのために、あらかじめアーカイブのフォーマットを決めておいたり、ホームページをつくったりし、作品制作に集中できる時間を確保することもポイントです。

ディスカッション

・まだ作品だけを考えていたい!
いい加減だと自分を称する文谷さんでも、そのアーカイブ方法には手順や気をつけるべきポイントも多く、気後れする人もいたかもしれません。しかし、「作品だけを考えたい」という言葉には文谷さんも強く同意。まずは自身が制作を続けていき、その蓄積を振り返った時に、自ずとアーカイブが重要になってくると言えるでしょう。

・アーティストの仕事について
「作品制作とアーカイブ、通じる部分があるか」という質問については、まとめで話したように全くモードが違うものとして、通じるものはないと言う文谷さん。アーカイブを他者に任せるかどうかという意見については、信頼できる人がいて、資金面でも可能であれば任せてもいいのではないかとし、文谷さん自身はパートナーにホームページ運営などを手伝ってもらったりアドバイスをしてもらうこともあると言います。

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・ホームページでの画像の取り扱いについて
これまでの作品をホームページに掲載し、アーカイブを公開する作業を進行中の文谷さんですが、「ギャラリーや購入者から画像のイメージをwebで公開することについてクレームがついたりしないのか」という質問を受け、正直考えたことがなかったと受講生も一緒に少し考える時間となりました。これまでの経験から、画像について注文をつけられたことはないと言い、他にも例を聞いたことがないそうです。
2日目の作田さんのレクチャーを思い出すと、購入した時点で所有権は文谷さんから移動していますが、著作者としての権利は移動していないと言えます。さらに、画像は文谷さんが用意したものです。さて、どういうふうに整理できるでしょうか。

・アーカイブについて
「どこまでアーカイブすべきか」という質問には、アーカイブを自身の作品や仕事を整理し把握することになると言う文谷さんは、自分の仕事について10年、20年経ってからやっとわかってくることがあり、そのときに自分を客観視するための手がかりとしてアーカイブが生きてくると言います。そのために、作品ごとの創作ノートやドローイングなどを残しておくのも良いでしょうし、制作プロセス自体が作品となるタイプの場合はそのプロセスを細かく残しておくことが必須になるでしょう。
「映像作品をどうみせるか?」という質問からは、作品をどうみてほしいか、ということに尽きるのではないか、という話になりました。ある場所に置いてみせることと、web上でみせることでは鑑賞者への影響の仕方に違いが出るでしょう。どのようにみせるかは、自分がどうみせたいかと同義と言えます。

・SNSについて
受講生はみんな20代。SNSが身近な世代ということで、広報や仕事の受注に直接繋がるのではという考えから、「SNSに力を入れるべきか」という質問が出ました。文谷さんはSNSアカウントは持っているものの、仕事の依頼などはすべてホームページ経由でくると言います。SNSアカウントにホームページのリンクを貼っておくことで、連絡をしたい人はSNSアプリのダイレクトメールではなく、ホームページから連絡をしてくるそうです。これは、先述したようにホームページのほうが「公式」感が強いということと、そこに信頼を感じるからということがあるのでしょう。
さらに、SNSを利用することのデメリットとしては移り変わりが早いという点があります。現状、Instagramの利用者が多いですが、それもTiktokやその他の媒体に移りつつあります。Instagramをポートフォリオとして利用している人もいますが、10年後にも利用できるかは不明です。その点、オリジナルのホームページでは10年後にも残っている可能性が高く、自作をどうみせるかをデザインできる点もポイントです。


さいごに
アーティスト自身から、その仕事の「残し方」を聞ける機会は滅多にないと言えます。また、「アーカイブを啓蒙する、強要する」のではなく、「アーカイブのコツ、ヒントを伝える」というレクチャーであったことで、アーカイブを自分ごととして考えられる状況がつくられていました。受講生の中にはアーティストとして活動していきたい人も、そうでない人もいましたが、どのような立場の人にとっても参考になるヒントが多かったのではないでしょうか。文谷さんからは「大学を卒業してからしばらくは駆け抜けてほしい。それからアーカイブをしていけばいい。」という言葉が最後にでました。アーカイブに囚われすぎず、あくまでも自分の仕事を中心軸として、それらを振り返り把握するための手段として、広い視野でアーカイブと向き合うことができればと感じました。

レポート|松村淳子


受講生がリサーチしたホームページ
今回のレクチャーにあたっては、事前に受講生が自分のホームページをつくる時に参考にしたいホームページをリサーチしてもらっていました。その一部をご紹介します。

アーティストのホームページ
exonemo
 社会活動や世界動向と自分達の活動がリンクしたページの見せ方が面白い。
THOMAS RUFF
 作品に対する自身の見解をまとめたテキストがあり、情報がよくわかる。
Akihiko Taniguchi(谷口暁彦)
 作家のコンセプトがホームページのデザインに反映されている点がよい。
関川航平
 画像以外に、映像やテキスト、リンクなど情報が多い点が良い。
目[mé] / 三田村光土里
 ともにスマホで閲覧した時に、スマホでの画面サイズや操作を意識した作りになっていた。
 2021年の統計では、インターネット利用者のうちスマホを利用している人は68.5%で、パソコンから利用する人の48.1%を上回っている(総務省『令和4年 情報通信に関する現状報告』より)。このことからもスマホ利用者を意識したサイトづくりは必要かもしれない。
ピピロッティ・リスト
 テキスト情報をできるだけ少なくしたい場合の参考になる。
雨宮庸介
 作品情報等以外に、自身の思考や思想を書き連ねているページがユニーク。
城戸保
 作品画像の比率が心地いい。スマホやパソコンなど機材を意識しすぎない。
Francis Alÿs
 映像作品のアーカイブで、そのサムネイルが動いている点が他にはあまりなくユニーク。

美術館、ギャラリーのホームページ
ICC(Intercommunication center)
art stage OSAKA
 必要な情報へのアクセスが良くわかりやすい。
contemporary art library
 テキストが強すぎないページの参考になる。
豊田市美術館
 利用者が必要な情報にアクセスしやすく、美術館のイメージを印象付けている点が良い。
21世紀美術館
 ポーラ美術館、21世紀美術館ともにアートに詳しくない人にも伝わるような工夫があり、アーカイブも整理されていてみやすい点が良い。