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2019年3月26日 レビュー

展覧会レビュー|サイト&アート02 「窓から。」

ある作家によれば、すぐれた小説とそうでないものを区別するのは、読者がその小説を読む前と読んだ後とで、別の地点に立っているかどうか、別の人に成り変わっているかどうか、だという。大切なのは、「感動」ではなく、そもそもの意味での「moving」か否か、である。小説に限らず、多くの芸術表現はそのことに関わっているはずである。展覧会もしかり。

その意味で、本展の末尾に配された堀辰雄の掌編『窓』を、窓と絵画を、視覚と盲目とを、現前と記憶とを重ね合わせながら、AだったものがBに成り変わることについて、言うなれば「moving」そのものについて書かれたものとして読むこともできる。
そこで《窓》と題された絵画が、本来ならアルベルティ的な一点透視を、つまり世界の主体たる自己を定立するための見通しを確保するはずの「窓」ではなく、「その「窓」というごく簡単な表題にもかかわらず、氏独特の線と色彩とによる異常なメタフォルのために、そこに描かれてある対象のほとんど何物をも見分けることの出来な」いものとして、物語の末尾でイコン的な「顔」として現れ、愛の兆しをほのめかしていることを見逃してはならない。

津田道子の作品が端的に示すように、窓は、あるいは鏡は、そして絵画は、現実をフレーム化することによって、それをどこまでも奥へと、あるいは遠くへと送り出すことができる。しかし、その送り出しをそのままに無限に続けてしまうのは危険だ。それはどこかで留められなくてはならない。送り返さなくてはならない。
フレーミングと名指しの恣意性について自覚的な今枝大輔の映像作品についてもそう言えるだろう。建物の入り口の看板が促すように、階段室から窓越しに見通す景色が歩調によって常に移ろうからといって、その移ろいの自由さをそのまま寿(ことほ)ぐわけにはいかない。その自由さは私たちをいつかは損なうかもしれないから。
津田の不思議に動く球や、今枝の不意に灯る(フェイクの)炎がそうした窓の恣意性について静かに警告を発しているとしたら、大洲大作の電車の車窓を思わせるフレームに移ろい続ける画像とも映像ともつかないイメージを映すモニター群はここで一つの影像(ネガ)の役割を果たしている。移ろうことについての、根本的な批判。

ところで、堀辰雄の物語中の夫人の名前はアルファベット大文字の「O」だった。循環を示唆するのか、それとものぞき窓のようなものなのか、あるいは顔の原形的な記号なのか ― おそらくいずれでもあるのだろうが、この窓枠のような「O」を、ただの額縁のようなフレームにとどめることなく「moving」な仕組みへと変えるためには、これまで素描してきたような作家の選択や作品の構成、つまり狭義のキュレーションだけではない、さまざまな誂えこそがじつは重要だったりする。
その意味で、今回の展覧会で、三人の作家と物故の小説家である堀辰雄の展示室を仕切るにあたって、にじり口のような、地面から切り離された、かといって窓としては機能しない開口部を設けたのは重要なポイントだっただろう。窓は、鏡や絵画と同じくらい、戸口と似ている。執拗に窓と鏡が描かれたオランダ絵画において戸口が反復されたことを思い出してほしい。それはやはりAからBへと移るための一つの手がかりである。堀の短編が示すように、窓を、時に不可解なそれを、顔に、そして愛の現れへと変えるのは戸口を通過するか否か、である。

本展の作家の選定やコンセプトの立案については、あいちアートラボのディレクターである服部浩之のキュレーションによって大枠が定められ、そこに会田大也が加わり、さらに市民からのサポーターを募って、展覧会を落とし込む作業を半ば教育として、半ば協働として行なっている。先に指摘した戸口について、それを設定したのがこのサポーターたちであると言うから(参照:レポート|人材育成プログラム「展覧会の体験をデザインする」【理論編】③「展覧会の設営について」)、やはり本展のポイントはそこだろう。作家や作品が、キュレーターやエデュケーターが、マネージメントやアドミニストレーションが、そしてサポーターがそれぞれに戸口をまたぎ越しているか、それがつまりは鑑賞者のまたぎ越しを、「moving」を誘発する。本展は教育的な要素を多分に含みながらも、そうしたレイヤーを表立って見せ過ぎるような無粋な真似をすることなく、しかしウェブサイトには丁寧なアーカイヴを残すことでまた次の「moving」への種を残している。合わせて参照されたい。

参照アーカイヴ|人材育成プログラム「展覧会の体験をデザインする」

鈴木俊晴(豊田市美術館学芸員)

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撮影:三浦知也/Photo by MIURA Tomoya