アーカイブ
Archives

2017年12月3日 

レポート「第一回 リベラルアーツ×X」

名古屋芸術大学 芸術学部 芸術教養領域 公開講座
リベラルアーツ×X
ゲスト:水川敬章氏(名古屋芸術大学 芸術教養領域 非常勤講師、愛知教育大学 教育学部 講師)

 

トーク冒頭に自身の紹介の加え、リベラルアーツは限界値や限界領域を高くし、自由になるための学芸であり、自身の研究スタイルとしては自分の専門分野をベースとして、他者の専門分野から学知を借り、他者の専門分野をリスペクトしながら自分の限界領域を場合によっては他者と一緒に超えていくというスタイルをとっている、とリベラルアーツとは何かというところを水川先生の考えや研究スタイルを踏まえて話がありました。

これを踏まえたうえで今回の講座のテーマへと移っていきます。


以下今回のトークの内容です。

IMG_3907.JPG

今回は「日本のポピュラー音楽の老い」について。特にロック、ポップス、ヒップホップ、クラブミュージックなどの、老いの問題を考えてみたいと思います。これが大きなテーマですが、文学を研究する際の考え方でもって考察していくことを前提としています。

ひとつはロラン・バルトの『作者の死』の中に書かれている、[作家・クリエイターが作品の意味や価値を決定する絶対的存在でない]ということ。もうひとつは柄谷行人の文章より、[言葉は意味してしまう。それを書き手は統御できないし、予測することもできない。]ということです。つまりは言語表現はひとつの意味に決定されないものである、ということを前提として進めていきます。




ここから本題の音楽の話に入っていきますが、この講義では1970年代に注目して進めていきます。何故1970年代なのかというと、ロックやヒップホップの老いについて考えると冒頭でお話ししましたが、実は日本で今聞かれているポップスとかロックと言われるようなもののジャンルが出来上がってくるのが1970年代であり、はっぴいえんどやシュガー・ベイブや鈴木茂のようなアーティストの作品が今聞かれている音楽につながっているからです。他にも山下達郎や荒井由美、浜田省吾、桑田佳祐など今でも第一線で活躍している、いわゆる大物と言われているような人たちが1970年代には登場しています。

しかしここで、私たちは1970年代に登場したミュージシャンがもうすでに60〜70歳に到達しているということに気づかされます。アメリカ、イギリスでは既に60代のミュージシャンがたくさんいるという経験はしているのですが、ここ10年ぐらいで日本は初めて老いを経験しているのです。

それはミュージシャン自体が老いを感じているというだけではなくて、聴く側の我々もミュージシャンの老いを経験しているということだと思うのです。

例えば先日、遠藤憲一さんが亡くなりましたが、人が亡くなるということで老いを感じていくということがあります。病気で亡くなるにしても尾崎豊のように若くして不慮の死を迎えるのではなく、加齢とともにそこに病気も重なって亡くなっていくというのを見ているのです。

そこから今日考えたいことは何なのかというと、ミュージシャンたちが経験しているその老いを、ミュージシャンたちはどのように折り合いをつけているのか、どういうふうに表現していっているのかということを少し考えてみたいと思います。

今回はひとつの事例としてジャンルや表現方法のそれぞれ異なるミュージシャン、山下達郎、細野晴臣、いとうせいこう、の3名を取り上げてみました。
IMG_3929.JPG

山下達郎は現在64歳で、RIDE ON TIMEというアルバムでブレイクしました。TBSドラマの主題歌やクリスマスイブなど、今でもあらゆるところで曲を耳にする機会が多い人です。

そんな山下達郎の中で老いに関する表現として注目したいと思ったのは2011年に出されたアルバム「Rey Of Hope」の中に収録されている「NEVER GROW OLD」という曲です。

この曲の歌詞で山下達郎が何を言いたいのかというと、年老いても心は老いない、ということ。歌詞の中に「銀色のマタドール(闘牛士)」という言葉が出てくるのですが、銀色とはシルバー(高齢)のことで、年とっている闘牛士が立ち上がってもういちど向かっていく、ということを書いています。しかし同じ歌詞の中で「永遠」という言葉が出てくるように、肉体は老いても心は老いない、Never grow oldだ。と彼は言っているのです。

こういった歌詞をなぜ50代に入り60代に差し掛かろうとしている彼は書いたのか。そして老いてもいいとは書かずに、年老いても心は老いないという「老いない部分」を表現するのはなぜか。なぜ老いることを避けるのかという疑問が浮かび上がってくると思います。

それに対して山下達郎本人の意図は別ですが、私自身はこのように分析しました。

彼が40年以上やってきたロックやポップスのような表現の分野は若さや新しさの文化、いわばユースカルチャーなのです。みなさんが今もよく口にする言い方で、古いとか終わったとかというような言い方がよくされるのですが、結局ロックやポップスは流行で最先端のものでなければならない、ということがあると思うのです。

もうひとつは、ロックやポップスを表現するときに肉体的な若さということがとても大事になってくる。強い音や速さ、リズムの問題が特に関わってくると考えることができます。

ということは肉体的な若さ、ということろから考えると老いというのはロックミュージシャンにとってとても不利になるということなのです。年を取ると声量が落ち、筋肉が動かなくなってくるので速いリズムにのれなくなってきます。加えてロックンロールは基本的にガッツのある音楽なので強い音、フォルテッシモなのですがそれが出せなくなってしまう。といったいくつかの問題点が出てきてしまいます。
IMG_3897.JPG

ではこの老いをどのように克服するのか。若さや新しさが一番という認識から抵抗するために彼は心は老いないと言っているのですが、心は老いないと言っておきながら彼の還暦を迎える直前のライブパフォーマンスはどうだったのかというと、それとは真逆で身体は老いないという肉体的な若さを強調してしまっているのです。

彼の表現している音楽はロック、ポップス、ソウルであり、パフォーマンスも64歳になっても衰えず、大きな声量で、3時間越えのライブをこなし、正確な演奏でギターのカッティングもし、インタープレイもできる。

彼はインタビューで「ステージを見ている限り疲れは感じませんが」といった質問に対し「若いころは声こそ衰えていくのだと思っていたのですが今でも声はとてもよく出ています」と答え、「加齢とともに声が出なくなりライブでキーを下げて歌う人もいますが、達郎さんは大丈夫そうですね」という質問に対しては「自分もいずれはそうなると思っていたのですが、キーを下げて歌うぐらいだったら僕はやめると思う。」と答えていました。

つまりは肉体が衰えるまで続ける、ライブパフォーマンスで若い世代を圧倒するということなのです。

結局、山下達郎の場合は心ではなく精神とか肉体の次元において老いないということなのです。実際に28歳のときの演奏と61歳の時の演奏を聴き比べると、61歳の方がうまくなっているし声も出ているという逆転現象がおきています。毛利嘉孝さんの『ポピュラー音楽と資本主義』という本に、結局ポピュラー音楽産業というのはあたりまえのことなのですが、老いというのは流行からの遅れに結びつきやすいといこと。なので消費という言葉は我々の分野の中ではネガティブに語られるのですが、年老いたミュージシャンというのは消費対象にすらなれない可能性があるということなのです。

ここでミュージシャンがどう生き抜いていくのかという問題が出てきます。

角松敏生がインタビューに答えているのですが「アラ還のミュージシャンも元気ですよね」という質問に対して「僕自身子供がまだ小さいですから、70歳過ぎまで現役でないと喰っていけない。」と角松敏生が言ってしまう、これは極めてリアルでシビアな問題であるということが様々な兼摂を追っていけばわかってくるのです。

ではどのようにして老いを克服するのか、いかにして生き残るのかといったような老いについて新たな価値観を模索しなければならないということが分かってくるのですが、ここから私たちが考えられることは何なのかというとここ10年ほどよく言われていることなのですが、能力のある者だけが生存できる社会、いわゆる新自由主義というものがあり、こういったこととの接合点のようなものを考えることができるのではないかと思うのです。

ここで佐藤嘉幸さんの『新自由主義と権力』という本の定義を見ていきたいのですが、「社会的なもの」を「経済的なもの」に置き換えていくのが新自由主義だと彼は定義していて、規律主体に代えて、市場原理を主体の自己統御原理とした「自分自身の起業家」をモデルとしている。要は生き残っていくためにはみなさんが起業家であるということなのです。

これが新自由主義だとすれば、山下達郎があそこまでパフォーマンスするということは、彼のミュージシャンとしてのミュージシャンシップと、表現者としての技能と表現力と、表現することへの意思だけではなくて、その環境というものを考えたときに、我々は常に彼がこういうところの中に生きてきたんだということがわかる(彼自身は自分が起業家と同じ)と同時に、実は我々の中に渦めく老いという問題とも類比的に重ねて考えても良いのではないかということが分かってくるのです。

音楽から我々の身近な老いへと転換していく。しかも佐藤嘉幸さんはそこに議論を組み込みながら展開していく。こういったことが実はリベラルアーツ的な物の発想なのではないかというというふうに考えることができると思います。
IMG_3953.JPG


では細野晴臣はどうなのかというと、細野晴臣は今年70歳を迎え、YMOでテクノミュージックをつくってきた人です。

結論ありきでいうと、細野晴臣はアコースティックに回帰してきています。音楽はブルースやボサノヴァ、カントリーなど、現在では1930年代ぐらいの音楽を取り入れてやっていています。

彼は「枯れた味わい」を表現し、老いることを積極的に受け入れているのです。「ウォーカーブルース」という曲にはそれがよく表されています。

昨年に同發新館で行われた40年前のライブを再現するイベントで、彼は「2016年は人類が初めて経験する激動の時代に突入したのかもしれません。ここで自分はまたひとつ齢を取り、高齢化社会の構成メンバーとして未知の領域に踏み出します。そこで何ができるかを考える時期になりました。というより何ができないかといった身体問題と向き合いつつ、ステージに立つと思います。しかし精神は変わらない。」と老いについての発言をしています。

「ウォーカーブルース」の歌詞を見ていくと「〜のまま」という表現がドミナントであり、このまま死ぬまで生きるだけだとハッキリ書かれていて、能動的に何かを変えようといった感じではなく、そこがパラダイスだと、魂を鎮めて、と彼は歌っています。

そこから言えることは何なのかというと、まさに老いを受け入れるということ、そしてそのまま生きて死ぬということ。自分なりに飛躍して言い換えるのであれば持続可能であるということを彼は考えているのではないかと思うのです。

山下達郎の場合はできるかできないか、オンかオフであり、できなくなったらやめると言っています。それに対して細野晴臣は死ぬまでこのまま、と言っているのです。

つまりできなくなったら終わりなのではなくて、老いてもそのままできる。それが老いを受け入れることだと、「ウォーカーブルース」の歌詞には現れているのではないかと考えることができます。これが細野晴臣の考え方なのです。

山下達郎は心は老いないと言いながら肉体の持続性というものをなんとかキープしようとしている。ところが細野晴臣はそうではなくてその老いを受け入れることで逆に持続可能性を最後まで担保させよう、表現することを持続させようとする価値を持たせようとしていると考えることができます。




最後にいとうせいこう。今回話すのはいとうせいこう個人の音楽の話しではなく、口ロロ(クチロロ)というユニットの中で発表された「ヒップホップの初期衝動」「ヒップホップの経年変化」という曲について紹介しながら考えていきます。

ここまで見てきた音楽というのは60代、70代の世代の音楽が若さというものをいかに保つのかということと、もしくは老いを受け入れることで逆に持続可能であるということを表現して体現していくのかという機構の問題でした。それは言い方を変えればある種の表現者の自分の考え方を持っているスキルとか、そのものをいかにどうやって使っていくのかという話だったのですが、いとうせいこうの場合は少し次元の違う話しに入ってきます。

IMG_3964.JPG

いとうせいこうは1961年生まれでマルチクリエイターであり、日本語ラップのオリジネイターのひとりと言われています。2009年に「ヒップホップの初期衝動」という曲が出されました。この曲は日本のヒップホップの黎明期を歌っており、こうやって生まれたんだと歌うことによって自分が日本語でヒップホップすることのオリジネーターなんだということを強調しています。攻撃的な歌詞だったりするのですが、そこにはいとうせいこうの情熱やプライドが入っていて、自分は年をとった今も突き動かされているんだ、ヒップホップは若者文化だけではないんだと言っているのです。

日本ではあまりそうではないのですがアメリカなどに行くとヒップホップの世代交代は激しく、実は多くの有名なラッパーたちでもずっと残っていくわけではないのです。

いとうせいこうはインタビューでも「ヒップホップをヤングカルチャーみたいに捉えない方がおもしろいんじゃないの?」とか「年取ったら年取ったなりにできることあるでしょ?」「僕、80歳になったときの自分のラップが楽しみだもん。」とハッキリと言っています。

ではヒップホップの初期衝動という曲の後に彼がどういった作品を出すのかというと、ヒップホップの経年変化」(2011年)という曲なのです。この曲はミュージックビデオが大きなポイントとなっているものです。

先ほどのことをもう一度おさらいすると、1980年代が日本のヒップホップの黎明期で、いとうせいこうはそのオリジネイターだった。しかし、ヒップホップの一般的な価値観からすると、ヒップホップをする人は若くあるべきだということが前提の条件であり、常に新しい表現を求められてくる。そんな中で彼は自分が初めてヒップホップをやった初期衝動=日本のヒップホップの初期の衝動だと歌ていたのです。

このように若いということに対して喧嘩を売ってきたのですが、本格的に喧嘩を売っていくようになるのがこの「ヒップホップの経年変化」という曲であり、この曲のリリックをまとめると「経年変化」が「最強の進化」であり、「熟成のブルース」や「年代物のワイン」という比喩が使われるように時間が経っていく、熟成されていくことに価値があると言っています。そしてアメリカの伝説的なラッパーだったり、日本の古典芸能の名人の名を並べいている。

これらのことから彼が何を示そうとしたかというと、老いること、古くなるということの価値を主張しようとしているのです。つまりはオールドスクール、古いやり方の強度を示そうとしています。だから古さが価値を持つ日本の古典芸能の名人を持ってきているということがここでわかるのですが、もう少しだけ細かく見ていくと彼はヒップホップの最先端が老いているとも言っており、ヒップホップ史上老いるということは新ジャンルだと言っているのです。

つまりは昔からあるやり方というのはそもそも価値がないという言い方をヒップホップの中ではされるのですが、彼はそうではなくてオールドスクールは年を取ることでも古くなることでも、再発見されることでもなく、新ジャンルであり、発見されるものではなく新しく生まれるものだ、と言っているのです。

いとうせいこうの戦略をもう少し見ていくと、1つ目はいとうせいこう=老いてきている。彼はオールドスクールの側にいると言っています。2つ目はオールドスクールは最新ジャンルだと言っています。つまりいとうせいこうのラップは最新ジャンルだと彼はこのリリックの中に書き込んで、若さとか新しさ至上主義と対抗しているのです。

ヒップホップや日本のポピュラー音楽の価値規範、新しいことが良いこと、ということに沿いながらそれを転倒させている。つまり、老いたラッパーとはどういうことなのかというと「表現できること」と「表現できなくなること」が混在した表現主体であると言っているのです。これをもうひとつ別の方面から戦略的にやろうとしたのが伝統芸能の価値観から読み替えるということなのです。

「ヒップホップの経年変化」のミュージックビデオでは紋付袴でラップをしています。これは伝統芸の価値観である若い人よりも年を取った人の円熟みというところに結びついており、このようなものを組み込むことで更に自分のロジックを強行にしているのです。新ジャンルで新しいということに加えて成熟している、日本の伝統芸能のようにヒップホップも年を取って成熟するんだ、という表現を組み込んでいる。その戦略がとってもよくあらわれていたのがミュージックビデオだったと言えるのです。

もうひとつ見ておきたいのが「Aging Hip Hop」という表現。

「aging」という言葉は訳すとふたつの意味が出てきて、経年変化とも訳せるし、経年劣化とも訳すこともできます。経年劣化だと老いはかつてできたことが表現できない。経年変化だと老いは新しい表現ができる。日本の社会だと「aging」=年を取って悪くなるというイメージですが、経年変化も「aging」、つまり「ヒップホップの経年変化」も訳すと「Aging Hip Hop」なのです。

例えば山下達郎ならばハイトーンで大きな声で歌うことができる、高速カッティングでギターを演奏することができる、あの価値が持続できなくなる、劣化していくことが「aging」だというふうに考えることができます。

しかしいとうせいこうは「aging」から経年変化という意味だけを取り出し、まさに老いとは新しい表現ができるんだ、ということをやったのです。

ジュディス・バトラーの「触発する言葉」という本の中に侮蔑語をズラして読み替える、「古さから、新しさへ」「不可能から、可能へ」「侮蔑から、賛辞へ」という考え方があるのですが、このように置き換えていくということをいとうせいこうはこのヒップホップの経年変化でやったことへのひとつの結論であり、老いに対する考え方と言えるのです。

しかしながらいとうせいこうの戦略には問題点があります。

彼はかなり慎重に日本文化万歳にならないようにしています。一見そのように見えるのですが、ちゃんとアフロアメリカ文化と日本文化をミックスしており、日本文化万歳だけにしていないのです。しかし実は1930年代頃、日本に浪漫派という派閥があり、近代の超克という伝統的な物で最先端の西洋を乗り越えていくという理屈の議論がありました。しかし伝統的な文化が最先端であるという保守思想の日本浪漫派は、かなり戦後には批判的に検討されています。いとうせいこうはこのロジックの反復なのではないかと考えられます。

つまり、1930年代の日本における西洋近代の超克に関する思想や戦略を、いとうせいこうは反復しているともとることができるのです。伝統的が最先端によって最先端の西洋を乗り越える話しと似ているのではないかと。このことについては西村将洋の「伝統的最先端の視線」という本の中にも書かれているのですが、先ほどのミュージックビデオはこのことを視覚化しすぎているのではないかと言えるわけです。

こういった問題点はありますが、老いとどう生きるのか、死活問題としてどう生き抜くのか。生きていくということもそうですし、表現者として表現し続ける、表現してはいけない、表現できないというのは暴力であり、表現することを誰も止めることはできません。しかし、表現する場所がなくなっていくのです。なぜならそれはエンターテイメントであり、お金が関わってくるからなのです。

そういった切迫したある種のリアリズムの中で出てきた三人のミュージシャンの中で、いとうせいこうは別次元の戦略的な物を展開していったと考えることができるのです。
IMG_3980.JPG




もうひとつ展開していく前に時間のこともあり、講義は終わってしまったのですが、今まで音楽を老いという視点から考えたことがなかったため、そこから展開していく考え方がとても興味深く、新しい視点から見えてくるものが多い講義でした。また実際に1970年代の音楽を流しながら紐解いていく講義のスタイルが印象的で、音楽としての発見も多くいろんな方向に広がっていくような講義だったと思います。