テーマ

虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
Homo Faber: A Rainbow Caravan

芸術監督
港 千尋
会期

2016年8月11日(木・祝)
~10月23日(日)[74日間]

主な会場
愛知芸術文化センター
名古屋市美術館
名古屋市内のまちなか(長者町地区など)
豊橋市内(地区は未定)
岡崎市内(地区は未定)
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あいちトリエンナーレ2016 コンセプト・ビデオ

あいちトリエンナーレドキュメント

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コンセプト

3回目となるあいちトリエンナーレは、創造しながら旅(キャラヴァン)を続ける人間をテーマにしたい。それは常に未知への、好奇心による無限の探求のかたちをとる。

人間が創り出した物のうちで、現時点で我々から最も遠いところにあって、その旅を続けているのは、アメリカが宇宙へ送った探査機である。このうち1977年に打ち上げられたヴォイジャー1号と2号には「ゴールデンレコード」と呼ばれる金属板が搭載され、そこには55の言語による挨拶、さまざまな国の異なる音楽、自然界の音、画像などが記録されていた。太陽系を出て次の恒星にすれ違うのは、およそ四万年後とされるから、仮に人間以外の生命からメッセージが届いたとしても、地球がその時どうなっているかは誰にも分からない。当時の合衆国大統領は打ち上げに先立ち「われわれが現在直面している課題を解消し、銀河文明の一員となることを期待する」と語ったが、この間に解消された課題が何なのか、自信を持って言える「銀河文明の一員」はまだいないだろう。途方もない距離と時間の中で、好奇心を持つ人間による未知への旅は続くのだ。

これらのヴォイジャーとは時の向きが逆になるが、人間が創り出した最初の芸術的造形は、およそ三万五千年前の洞窟の闇のなかに残されている。それは人間以外の生命の像で、さまざまな動物のイメージだった。それ以来、芸術は人間以外の存在への好奇心とその連続性を示してきた。音、リズム、色彩、身ぶりなど、芸術は自然界のなかに秩序を認め、その要素を組み合わせて変換しつつ、自然界には存在しない別の秩序をも探してきたが、芸術と自然界の間には常に知性と感性が取り持つ交流があった。もし仮にその交流が困難になり、知性と感性とが分離してしまえばどうなるだろうか。おそらく知性のみによる自然の隷属化、人間の人間以外の生命からの絶対的な離脱、生命と土地との切断、さらには人間自身の人間性からの乖離という、最も深刻な課題に直面せざるを得ないだろう。

白い光のなかに自然科学は「虹」の多色のスペクトルを見る。同様に世界の神話は大空を貫くドラゴンを語る。詩は光のなかに感情を、音楽は光のなかに諧調を聴く。これらもすべて「虹」である。こうして、自分以外の存在との連続性のなかから、音と色彩を見つけ出し、それを歌や踊りに変え、言葉とイメージを作りだしてきた人間は、2016年までに、どのような新たなヴィジョンを創り出しているだろうか。生きている土地との長い関係を通じて生まれ育まれてきた芸能と芸術、そして技術の伝統があり、そのイノヴェーションを続けてきた愛知は、世界に向けて「先端的」であることを提案するこの国際芸術祭の格好の舞台となるだろう。

あいちトリエンナーレは美術、映像、音楽、パフォーマンス、オペラなど、現代行われている芸術活動をできる限り「複合的」に扱おうとする稀有な国際芸術祭である。これは芸術が専門化してジャンルに分化する以前に、原初的に持っていたであろう、自然界との連続性を再発見するにはまたとない機会となる。また、同時代に生きる人間が創造行為を通して自由にアイデアを交換し、その方法を知り、感動を共有する、開かれた「祝祭的」な場ともなる。
芸術そのものが未知への旅である。同様に、人間の営みそのものが未知への旅である。そして、芸術祭のかたちもひとつの旅だ。それはたくさんの人が集い、あらゆるボーダーを越え、来るべき響きとかたちを求める探究のキャラヴァンである。わたしたちの時代の「ゴールデンレコード」はわたしたちで作ろう。展覧会、舞台芸術をはじめ、さまざまな好奇心をもった人が集う多彩なイヴェントが行われる場所が、わたしたちの「キャラヴァンサライ」、つまり、旅の疲れを癒しつつも、次なる未知への旅への英気を養う家(サライ)となるのだ。
今、無限の想像力を結集して創造の旅(キャラヴァン)が出発する。

あいちトリエンナーレ2016芸術監督
港 千尋

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