今、を生き抜くアートのちから

ARTISTSアーティスト

マルセル・ブロータースMarcel Broodthaers

  • 1924年ブリュッセル(ベルギー)生まれ。
  • ブリュッセル(ベルギー)、デュッセルドルフ、ベルリン(ともにドイツ)、ロンドン(英国)拠点に活動。1976年、ケルン(ドイツ)にて没。

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主な作品発表・受賞歴
2016-2017
個展、ニューヨーク近代美術館(米国)/ソフィア王妃芸術センター(マドリード、スペイン)/ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館(デュッセルドルフ、ドイツ)
2015
ヴェネチア・ビエンナーレ(イタリア)
1997
ドクメンタ10(カッセル、ドイツ)
1982
ドクメンタ7(カッセル、ドイツ)
1980
ヴェネチア・ビエンナーレ(イタリア)
1978
ヴェネチア・ビエンナーレ(イタリア)
1976
ヴェネチア・ビエンナーレ(イタリア)
1972
ドクメンタ5(カッセル、ドイツ)

展示情報

《政治的ユートピアの地図と小さな絵画1または0》1973

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世界地図と、コラージュや活版印刷、手描きによる2点の小さなキャンバス作品で構成される《政治的ユートピアの地図と小さな絵画1または0》(1973)。ブロータースは市販の世界地図の「Monde(世界)」の部分をどこにもない理想郷「Utopie(ユートピア)」に書き換えました。この極めて些細な行為によって、世界の見方を転換させること。これは現代アートに与えられた魔法の伺のようなものです。

国際芸術祭「あいち2022」の現代美術展冒頭に展示される本作品は、この芸術祭全体に通底する姿勢の表明とも言えるものです。新型コロナウィルスのパンデミックによって世界中があらゆる困難や悲しみに直面し、その間にも新しい内戦や戦争が起こっている今日、私たちは世界の政治地図をどのように変えていくことができるのでしょうか。芸術には、パンデミックや政治的な争いを直接的に解決することはできないかもしれませんが、想像力で別の世界をイメージし、生きる意味を考え、困難な「今、を生き抜くこと」はできるのです。それが本芸術祭の願いでもあります。

ブロータースは40歳まで詩人として活動した後、52歳で亡くなるまでコンセプチュアル・アーティストとしても活躍し、言葉、サインなどを使いながらユーモアやウイットに富んだ作品で後世に大きな影響を及ぼしました。地図を使ったカルトグラフィー作品は複数存在し、「politique(政治的)」を「poétique(詩的)」に書き換えた《詩的な世界地図》(1968)もよく知られています。世界地図は政治的な境界線を示すものですが、その国境はパンデミック後の国別の対策で浮き彫りになっただけでなく、人類史上の様々な植民地主義や戦争の歴史を連想させるものでもあります。この地図からユートピアをいかに想像できるのか。ここから始まる様々な現代美術の作品展示を通して、一緒に考えていきましょう。

  • 国際芸術祭「あいち2022」展示風景
  • 《政治的ユートピアの地図と小さな絵画1または0》 1973
  • 撮影: ToLoLo studio
  • Copyright Estate Marcel Broodthaers
開館時間
10:00-18:00(金曜日は20:00まで)

※入館は閉館の30分前まで

休館日
月曜日(祝休日は除く)
会場・アクセス
愛知県美術館(10F)
  • 東山線または名城線「栄」駅下車 徒歩3分
  • 瀬戸線「栄町」駅下車 徒歩3分

展示情報

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愛知県美術館8階入口付近にあるのは、鉢植えのヤシの木を並べた作品《美術館の入口》です。マルセル・ブロータースは1974年、ブリュッセルのパレ・デ・ボザールで初めてこれを展示しました。当時の人々は、1920年代に建てられたこの荘厳な現代アートの殿堂に入った途端に、鑑賞用のヤシの木がアートになり得るのか、と問いかけられた気分だったでしょう。40歳でアーティストとしての活動を始めたブロータースは、社会における美術の役割や機能を問い続けました。この作品でもギャラリーの外側と内側の両方にまたがってヤシの木を展示することで、「日常」と「美術館」の境界を曖昧化しています。ヤシの木は西洋文化から見れば、遠い南の島を連想させるエキゾチックな他者の象徴でもあります。18世紀後半にはそうした植物が西洋の植物園に集められましたが、その背景に当時の帝国主義があったことも想起できるでしょう。

ブロータースは代表作のひとつ《近代美術館 鷲部門》(1968–1972)で、12のセクションからなる架空の美術館の一部門として、ポストカード、輸送用木箱、文書、出版物、オブジェ、映像、スライドなどを異なる場所で展示しました。晩年には、空間全体を作品化する大規模な展示「デコール(装飾)」をいくつか発表し、そのひとつ《冬の庭(Un Jardin dʼhiver)》(1974)でも多くのヤシの木が使われました。ブロータースは「美術界で循環し、アーティストとして機能するためには、ひとつの法則がある。それはその時代のファッションを身にまとうことだ」と言っていますが、彼の詩的なジェスチャーは50年を経た今日もなお、私たちの意識を刺激します。

《雨》は、ブロータースがブリュッセルの自宅の庭で撮影したモノクロームの短編映像です。ここが彼自身の美術館《近代美術館 鷲部門》を最初に展示した場所でもあることは、背景の壁にある文字からも想像できます。ブロータースがインクで書いたそばから、文字は雨に消えていきます。詩人でもあった彼は、アート作品のなかでも言葉を頻繁に使い、その意味や解釈の可能性を示唆してきましたが、最後に「テキストのためのプロジェクト(Projet pour un texte)」という文字が映される本作は、雨で言葉がどんどん消えていくことからも、言葉の虚無感、さらには世界が無常であることを暗示しているようにも見えます。

※右記文献から和訳。Rachel Haidu, The Absence of Work: Marcel Broodthaers, 1964 –1976, The MIT Press, Cambridge, Mass. and London, 2010, p. 242.

  • 国際芸術祭「あいち2022」展示風景
  • 《美術館の入口》 1974
  • 撮影: ToLoLo studio
  • Copyright Estate Marcel Broodthaers
開館時間
10:00-18:00(金曜日は20:00まで)

※入館は閉館の30分前まで

休館日
月曜日(祝休日は除く)
会場・アクセス
愛知県美術館ギャラリー(8F)
  • 東山線または名城線「栄」駅下車 徒歩3分
  • 瀬戸線「栄町」駅下車 徒歩3分