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2017年11月26日 

レポート「田村友一郎による Week End/End Game ができるまで」アーティストトーク

今回展示されている作品《アポンの背中》《アポロンの裏切り》について、ゲストの愛知県美術館学芸員、越後谷卓司さんを交えてトークはスタートした。

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《アポロンの背中》は愛知県美術館・愛知芸術文化センター(以下、美術館)のオリジナル映像作品であり、田村さんの作品がどのような経緯で美術館のオリジナル作品に選ばれたのかが話された。当時からそこに関わっていた越後谷さん曰く、美術館のオリジナル映像作品を選ぶ美術館内のコンペのようなものがあり、当時は身体、カラダをテーマとし、映画監督、美術家、実験映画等様々なジャンルの映像作家の中から作品を選考していたそうで、その中の田村さんが作品の中で扱っていたテーマ、ボディビルが他に無いものであり、企画書の内容がとてもおもしろく興味深かったという。


そもそも何故田村さんがボディビルに興味を持ち、作品をつくるようになったのか。

2010年にトーキョーワンダーサイトで行われたオープンスタジオ(TWSクリエーター・イン・レジデンス オープンスタジオ トーキョー・ストーリー 2010 | 渋谷)のときに自身のアトリエに誰かがいる、人が部屋の中にいるという設定を考え、定期的におこなわれるオープンスタジオでの展示として提示していた。あるときは歌手がいて部屋の中で歌ってたり。そんな中でボディビルダーがいるという設定のときがあったのだが、雑多のアトリエ空間の中にいるボディビルダーが妙に強いインパクトを放っており、そこから興味をもったそうだ。

そのオープンスタジオの企画の展示で発表した作品が結果としてボディビルをテーマとして扱った最初の作品となった。

作品を展示するにあたって、オープンスタジオのときに滞在していたボディビルダーの方に、ワーク・イン・プログレスとして2ヶ月で身体の部分部分を鍛えていって、身体づくりをしてくれないか、とお願いをしたそうだが、指導はできるが自分では無理だと断られ、誰か指導を受ける相手を探すにしても、途中で投げ出されたら困るし、誰かいい人はいないかと探していると、じゃあ田村さん自身でやったらどうですか?と言われ、結局自分でワーク・イン・プログレスとして2ヵ月間ボディビルダーの指導の下、身体づくりをし、作品となったのだった(「WUNDER KAMMER」シリーズより《BODY+ARCHITECTURE》)。そのワーク・イン・プログレスで自分自身の身体を鍛えていく中で感じたのは、やはり2ヶ月だけではあるが自身の身体が変わっていくのを実感するそうで、やった分だけ身体はつくられていく、やった分だけ身につく感じが勉強と似ている。と話していた。
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身体を鍛える、身体をつくる、ということに関して服部さんから、例えば勅使河原三郎のようなダンサーといわれる人も身体づくりということを重点をおいてやっていそうだという話があがったが、越後谷さんの考えとしては、ボディビルダーとダンサーでは身体の鍛え方、つくりかたは違ってくると思うし、舞踏家もまたからだのつくり方は違っているように思う。自分自身の勝手な印象としてではあるが、身体表現をしてる美術家の人は身体を鍛える、つくるということをあまりしていないように感じる。しかしそれは悪い意味ではなく、基礎がカッチリしていないからこそ生まれてくる即興性を大事にしているように思う。と話した。


そのままトークは身体、というところから2015年に田村さんがおこなった、肉体だけで競技場ができるのか、設計案を募集するコンペ「S競技場基本設計コンペティション」の話にへと移る。


このコンペは建築家数名とボディビルダーが参加し、建築家が実際に持ってきた肉体だけでつくられた競技場の設計案を、その場でボディビルダーがポージングをして、その体制で長時間もつのか、どこに負担がかかるのかを検証し審査するコンペであり、田村さんがスクリーンに映し出していた実際の設計図や審査の場でボディビルダーがポージングしている写真はどこか不思議な何とも言えない面白さがあり、服部さんも写真を見て、なんだかこの審査の光景自体が演劇みたいだ、と話していた。ちなみにこのコンペで1等だったのはdot architectsで、dot architectsのホームページの受賞歴の中にもちゃんと書かれているそうだ。(本当に書かれていました。
http://dotarchitects.jp/awards.html )
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田村さんは、部分部分を鍛えて、それがつなぎ合わされて身体がつくられていく構造が映像制作とも似ていると感じており、その言葉はダイレクトに作品《アポロンの背中》の中にも表れている。この《アポロンの背中》が愛知芸術文化センターで開催されたイメージフォーラムフェスティバルで上映されたときに越後谷さんが田村さんの作品に対して書いた文章には、ユージン・サンドゥによる近代ボディビルの成立は、エジソンやリュミエール兄弟が映画を発明した時期と重なり、不即不離の関係にある。と書かれていた。服部さんはこれを読んだときに、ボディビルをリュミエール兄弟やエジソンと結び付けていることに驚いたという。それに対して越後谷さんは愛知県美術館のアートライブラリにもある「アメリカ映画の誕生」という映像の話をし、その中のひとつにエジソンが撮った「怪力男サンドゥ」という映像作品がある。ここからも分かるようにボディビルとエジソン、リュミエール兄弟も時代的にかぶっており、つながっているのではないかと述べた。

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続いてトークは横浜での展示の話題へと移り、2016年に横浜で行われた展覧会「BODY PLAY POLITICS」で展示された作品《うらぎりの海》の話になる。

《うらぎりの海》の原案は三島由紀夫の『午後の曳航』という小説からきており、その小説がもととなってつくられたドイツ語のオペラのタイトルが『Das Verratene Meer』。それを直訳すると「うらぎりの海」となる。この「曳航(栄光)」ということばから、日産アートアワードと小山市立車屋美術館の展示「gloria(栄光)」につながっていると話し、小山市立車屋美術館の展示の話へと移る。

小山市立車屋美術館のある場所はいわゆる地方都市と言われる場所で、つくりも美術館っぽくなく、普通美術館は現実から離れた空間で完結するが、車屋美術館は中と外の入り混じる特殊な空間になっている。服部さんはこの展示を企画するにあたって、田村さん自身が小山という土地で何を感じ、何を見つけ、何を表現するのか、というところに着目していたという。

田村さんが小山を取材していく中で目にとめたのが美術館の公用車である日産の車グロリアと、小山美術館の目の前に建つスポーツ用品店アオキ、化粧品店HITACHIYA、街のあらゆるところに存在する看板、垂れ幕など。アオキスポーツは小山美術館の目の前にあり、建物のもつ独特の空気に、展示に取り入れない訳にはいかないと感じ、グロリアの栄光とスポーツの栄光という接点を見出し、展示の一部となったそうだ。実際にアオキスポーツの外看板にはgloriaの文字のネオン管が展示されており、中央の展示室内の大きなスクリーンには、現在アオキスポーツを経営している青木三兄弟のインタビューが流れている。化粧品店HITACHIYAは建物自体も魅力的であったが、田村さんがもう一つ目を向けたのが窓ガラスに貼ってあるポスターだった。ポスターには何人かの女優がうつっており、そのポスターは窓ガラスに貼ってあるため外からの紫外線で色褪せてしまっている。この、化粧品店の、肌を守ったり紫外線を防いだりするものが売っているお店のポスターの女優たちの写真が、紫外線を浴びて色褪せてしまっているといったカタチに、どこか矛盾しているようなおもしろさを感じたそうだ。

展示室内にはアオキスポーツの店内の一部や、HITACHIYAの外観を忠実に再現した箇所があり、それを制作したのが、今回ゲストできているミラクルファクトリーの青木一将さんだった。ここから青木さんも交えてトークは進んでいく。

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青木さんは2014年の愛知県美術館での展覧会「これからの写真」や、2015年のせんだいメディアテークでの展覧会「物語りのかたち」など何度か田村さんの作品に関わっており、そんな中で今回の展示はやはりとても大変だったと話す。

展示室にはアオキスポーツの店内の部分を再現した箇所がいくつかあり、展示台の上には三兄弟のそれぞれの栄光、自分が一番輝いていた時の当時の物(長男は当時働いていた会社で表彰されたときにもらったネクタイ、次男は学生時代に生徒会長をしていた時の賞状、三男は甲子園に出場した時の野球ボール、甲子園球場の砂等)が展示されている。美術館外の小山市内三か所には、青木三兄弟のそれぞれの栄光時代の写真が大きく引き伸ばされたものが街中の看板となって展示されている。展示室内の内装はもちろん、その看板の写真を貼ったのもミラクルの青木さんだそうだ。例えば長男の写真は小山駅前のビルの上の看板にあるのだが、業者にお願いすると看板ひとつ貼るのに100万円近くかかってしまうそうだ。今回の展示は予算も厳しく、さすがに業者にお願いすることはできないと判断した結果、ミラクル青木さんがやってくれることになったのだが、ビルの屋上のとても高いうえに足場も少なく、業者の人でも命綱を必ず付けるようなところなのだが、青木さんは看板を貼るのも初めてにも関わらず、身一つでのぼり、ひとりで貼ってしまったそうだ。そんなことも含め、専門外のことも進んでやってくれるし、お願いしたこともそれ以上のことをしてくれる。と服部さんは青木さんの仕事を信頼し、高く評価していた。

展示室内のHITACHIYAの外観を再現したところなんかは、壁の年月を積み重ねて汚れた部分も、壁面の塗料の感じも見事なまでに再現されており、田村さんも驚いたそうで、青木さんはもともと彫刻出身なのもあって、今回はそこの彫刻家の部分に火が付いたんじゃないかな、と話していた。青木さんは、自分が再現しようとしているお店の実物がすぐ目の前に建っていて、ここはどういう風になっていたっけと思う箇所があったらすぐに直接確認にいけるのはよかったけど、その分違いもすぐにわかってしまうため、そういった緊張感のようなものもあった。と話していた。
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展示室のスクリーンにはもうひとつ、元準ミス日本の本田恭子さんという女性の当時準ミス日本を受賞した時のエピソードと、メイクアップされていく様子の映像が流されており、展示ケースの中には当時準ミス日本を受賞した時のたすきと、それを象徴するティアラと、白いハンドタオルがかかっていた。本来はタオルではなく、本田さんが普段愛用している鏡を展示したいので貸して欲しいとお願いしたそうなのだが、鏡は持っていないが普段愛用しているタオルならあると言われ、タオルを貸してくれたそうだ。それが展示されている展示台も青木さんがそれに合わせてつくったもので、グリーンの台とシルバーの桟がとてもしっくりと展示ケースの中に納まっていた。

展示室の離れには、サスペンス、と文字の刷られた暖簾がかかっており、中に入ると美術館隣の小川家住宅を舞台に撮影されたサスペンス映画のメイキングが流れている。

田村さんは美術館を初めて見たときに、美術館と小川家大家さんの敷居とつながっているため、一歩美術館の外に出ると、すぐ目の前の小川家の庭では大家さんが庭の手入れをしているのが目に入る。そのどこか不思議な光景に、田村さんはサスペンスのような印象を受け、映画の撮影へとつながったそうだ。映画の撮影は自分でしたのではなく、ここを舞台にサスペンス映画の撮影をしてほしいと映画監督をしている人にお願いをして制作してもらったそうだ。その映画はどこで見ることができるのかというと、アオキスポーツとHITACHIYAで田村さんが今回の展示に向けてつくったマッチ箱が販売されており、そのマッチ箱に書かれているURLにアクセスすると実際に映画が見れるようになっている。因みに入口に掛かっているサスペンスと書かれた暖簾は、田村さんが実際に京都で染めたものだそうだ。

展示の内装にしても映画にしても、田村さんは自分でつくるのではなく、それを専門としている人にお願いするケースが多い。瀬戸内国際芸術祭のレジデンスのときも鬼瓦の職人さんにお願いしてアトリエで鬼瓦を制作してもらい現在使われていないだるま釜で鬼瓦を焼くという、プログラムを行なったときも、アトリエに行くと、自分ではなく職人さんが鬼瓦を制作、寝泊りをしていて、島の人たちとコミュニケーションを取るようになり、田村さんは一体何をしている人なのかと不審がられたことがあったと話していた。しかし自分のできないことは専門の人にお願いするが、自分はこんなふうに人をつなげられることができる。と話していた。
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最後に今後の新作について、現在オランダのライクス・アカデミーでのレジデンスでの経験をもとに作品制作をしており、オランダの街の中でよく目にするAJAX(アイアス:ギリシャ神話に登場する英雄)をモチーフとした銅像やシンボルマークに目を向け、AJAXの死に方が以前から作品制作の題材として取り扱っていた三島由紀夫の死に方と似ていたことを知り、そこを結び付けつつ作品制作をしていく予定だと話していた。

今回のトークにより、田村さんのひとつひとつの作品のつながりと流れが明確になり、作品の魅力に改めて気づかされたと同時に、作家自身の魅力も改めて感じたトークだった。