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国際芸術祭あいち2025、テーマ:灰と薔薇のあいまに、会期:2025年9月13日(土)から11月30日(日)79日間、会場:愛知芸術文化センター/愛知県陶磁美術館/瀬戸市のまちなか国際芸術祭あいち2025、テーマ:灰と薔薇のあいまに、会期:2025年9月13日(土)から11月30日(日)79日間、会場:愛知芸術文化センター/愛知県陶磁美術館/瀬戸市のまちなか

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「あいち2025」ストーリーズ

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態変

アート思考で人類の未来を考える時

堤広志 (舞台評論家)

  • コラム
  • パフォーミングアーツ

ビジュアルアーツでは、どのような素材を用いて何を表現しているのか? が問われます。では、パフォーミングアーツの素材とは何でしょうか? それは人間の身体です。身体をどう捉えるのか? これはとても古くて新しい命題です。

態変は、メンバー全員が身体障がい者のパフォーマンス集団です。障がいを隠すのではなく、むしろ露わにするユニタード姿で舞台に身体を投げ出します。世間一般には「歪んだ」「ぶざま」と見られがちな身体をあえて晒します。

セリフは一切なく、説明もない抽象的なパフォーマンスです。そのため、観客は障がいのある身体をどう見ればいいのか、戸惑うかもしれません。しかし、その異形の存在は、それまで健常者が当たり前だと思っていた従来の「美しい」「醜い」といった固定観念をくつがえします。既存の枠組みを問い直し、新たな視点と価値を創造するアート思考が、まさに試される舞台といって良いでしょう。

ではなぜ、このような表現をとっているのでしょうか? そこには芸術監督である金滿里のあるひらめきがありました。彼女は態変結成前の1979年、訪れた沖縄・西表島のジャングルで一人取り残されることになった際、大木にアリがたくさん這い上がるのを見ました。アリも大木もすべてが宇宙に生かされ、自然の中で悠然と共存している。そうひらめいて以来、障がいを大自然の一部と肯定する活動を続けているのです。メンバー各自が障がいのある身体に向き合いながら、床に這いつくばり“アリの目線”でパフォーマンスします。

新作『BRAIN(ブレイン)』では、生命の起源である海や微生物生命といった原初の記憶から、骨を獲得して陸に上がる人類の進化の軌跡を描写します。終盤では人間の作り出した人工知能(AI)が登場し、生命の尊厳が保たれるかを問うといいます。さらにラストシーンではタイヘンなことが起こる(態変が大変なことになる!)みたいなので、楽しみにしていてください。

冗談はさておき。人新世といわれる現在、ホモ・サピエンスが地球環境や生態系に及ぼしている影響ははかり知れません。さらに今後は、生産性や効率化の名のもとに開発される「AIが人類を滅ぼすかもしれない」と歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ(『サピエンス全史』著者)らも警告しています。

思えば、障がい者は「生産性がない」「役に立たない」という短絡的な優生思想を持った犯人によって起きたのが、2016年の相模原市障害者施設殺傷事件でした。その悲劇への応答として、態変では『ニライカナイ―命の分水嶺』(2017年)や「さ迷える愛・序破急」三部作(2018〜2021年初演)を発表しています。しかし、障がい者であろうと健常者であろうと一様に、生産性や効率化を追求するAIによって淘汰される時代が来るかもしれないのです。

アート思考を通して、人類の未来について考える時です。

堤広志

(舞台評論家)

舞台評論家。美術誌、エンタメ誌、演劇誌、戯曲誌の編集を経て、パフォーミングアーツ誌「Bacchus」編集発行人を務めた。社団法人国際演劇協会(ITI/UNESCO)日本センター発行「国際演劇年鑑」に毎年寄稿。編著に『現代ドイツのパフォーミングアーツ』『ピーター・ブルック─創作の軌跡─』等。