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愛知と世界を知るためのリサーチ
『ドライブ・レコーダー』AHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ]

  • 2022年
AHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ]
アーティストプロフィール
AHA!メンバー
松本篤、水野雄太、奈良歩
サポートメンバー
黒田杏子、小西夏実、竹中純一、松村淳子
インタビュー参加者
のべ62名(2022年12月4日時点[インタビュー終了時])
コーディネーター
野田智子

  • 国際芸術祭「あいち2022」展示風景
  • 《ドライブ・レコーダー》 2022
  • 撮影: ToLoLo studio

活動記録

Ⅰ)2021年8月〜2022年1月|アイデアを「自動車」に絞る

2021年8月より本プロジェクトで扱うテーマを探すため、愛知県内に数日間滞在するリサーチを行った。県内の文化施設への訪問やキュレーターとの対話、プロジェクト対象地を歩くことで、愛知県特有のテーマでありながら普遍性も保てるようなものとして「車というメディアは、いったい何を運んでいるのか」という問いを立て、現代社会に生きる私たちと自動車との関わりについて見つめ直すインタビュープロジェクトを立ち上げた。

プロジェクト説明会開催

インタビュー参加者とサポートメンバーを広く募集するため、募集チラシの配布とプロジェクト説明会を行った。

日時|2022年1月29日(土)10:00~11:00、14:00~15:00
会場|アートラボあいち

Ⅱ)2022年2月〜5月|インタビューその1

インタビュー開始

申し込みのあったインタビュー参加者へのインタビューを開始。初回は3日間連続で行う。内容はご自身の免許にまつわる話から、日常的な出来事や人生そのものの話まで、それぞれの語りをAHA!の松本さんが丁寧に伺っていった。またインタビューは、アートラボあいちや、参加者の希望によりご自宅に訪問し行った。

日時|2022年2月26日(土)〜28日(月)、3月23日(水)〜25日(金)、4月14日(木)〜17日(日)
会場|アートラボあいち他

サポートメンバーキックオフミーティング

申し込みのあった4名のサポートメンバーと初回のキックオフミーティングを開催。今後のプロジェクトの方向性やスケジュールなどを確認すると共に、プロジェクトに参加した動機をメンバー同士で紹介し合った。

日時|2022年2月27日(日)14:00~16:00
会場|アートラボあいち

サポートメンバー定例ミーティング

サポートメンバーとは月1回の定例会を設け、インタビュー参加者から出てきた話を共有したり、資料や昔の写真などの記録物のスキャン作業を行ったり、ディスカッションするなど、彼らの存在によりプロジェクトが支えられていた。この頃から徐々に展示のアイデアなどが松本さんから共有されていく。

日時|2022年3月24日(木)13:30~16:30、4月16日(土)13:00~17:00、5月14日(土)13:00~17:00、5月29日(日)21:00~22:30
会場|アートラボあいち、オンライン

Ⅲ)2022年6月〜|インタビューその2(対象をTさんに絞る)

Tさんのインタビュー

インタビュー参加者の一人、Tさん(80歳/当時)が所有する、免許取得以来、全国各地を車で巡っては記録に残してきた総計90万kmに及ぶ「走行記録」を、Tさんの語りと共にサポートメンバーと辿り直すことになった。展示プランもTさんの「走行記録」を素材として扱うことが決まる。インタビューは、まるで車の運転席と助手席のように松本さんとTさんが横並びに座り、Tさん自らが「走行記録」を元に地図帳に経路を写しながら、旅の記憶を語るというスタイルで行われた。時にサポートメンバーが、後部座席からそのインタビューに参加した。

日時|2022年6月3日(金)、4日(土)、17日(金)、18日(土)、7月1日(金)、3日(日)、27日(水)、28日(木)
会場|アートラボあいち

Ⅳ)2022年7月|展示のための制作

映像撮影・展示準備・設営搬入

いよいよ展示プランが決まり、サポートメンバーがTさんの「走行記録」を元に、日本地図の上を赤い線で経路を辿っていく映像を撮影。また壁面にはTさんから預かった全ての「走行記録」を掲示するため、個人情報などを消す作業や印刷作業を行う。展示では「走行記録」やTさんにまつわる資料、映像作品、赤い線で書き出されたTさんの走行痕跡、若い頃のTさんが愛車と写る写真が展示された。

日時|2022年7月2日(土)、8日(金)、9日(土)、10日(日)、11日(月)、19日(火)、20日(水)
会場|アートラボあいち、愛知芸術文化センター8階 ラーニングルーム

Ⅴ)2022年8月〜|会期中〜会期後もプロジェクトが継続

『ドライブ・レコーダー』プロジェクト報告会

会期終盤にはサポートメンバーとプロジェクトの報告会を行った。プロジェクトのスタート時に確認した、大きな問いに対する6ヶ月の歩みについて振り返った。

日時|2022年10月1日(土)、9日(日)15:00~16:30
会場|愛知芸術文化センター8階 ラーニングルーム

引き続きTさんへのインタビュー

Tさんへのインタビューは会期中も会期後も続けられた。

日時|2022年8月18日(木)、19日(金)、9月19日(金)、12月3日(土)、12月4日(日)

プロジェクトメンバーアンケート

のんびり揺られながら車窓を見つめ、あそこにあんなものがあるな、とゆっくり気づいていく長閑なドライブにみんなで出かけたような、そんな余韻が残る活動だった。
参加したのはAHA!の活動に興味があったことと、車好きだった父が生きていたらどんなふうに参加していたんだろう、という想いがあったからだ。父が生きていれば、ちょうど運転免許の自主返納を考える時期だっただろう。父はどのように自分の車人生と向き合っただろうか。
車を通してTさんたちの人生を垣間見ていくことは、ふと自分自身のことや家族のことへ思いを馳せることとも重なり、彼らの人生を追体験しつつ、同時に自分自身を見つめ直しているような不思議な感覚になることがしばしばあった。インタビューを重ねるごとに、自分の記録がただの記録ではないことを自覚していくTさんの様子は、一人の人間が自分の人生を他の誰でもない自分自身で包み込むような、そんな暖かさや偉大さがあった。それは形容し難い鳥肌が立つような感覚だった。
Tさんを通して、わたしたちが生きてきたことや、生きていくこと、生きていく場所について心の深いところで見つめられたことが、私自身の大きな成果だったと思う。(松村淳子)

自分自身の制作に役立つかも!と思って参加したのがきっかけでした。リサーチという側面もあると思いますが、他者と関わって制作する行為はここまで丁寧に進めて行けるんだ!というかここまで丁寧にやっていくべきなんだろうなと実感しました。
プロジェクトに協力してくれる方との真摯な向き合い方や、相手と同じ目線で語れるように相手に関わる情報をしっかりと調べる姿勢など、見えない点においても様々な態度が問われているように感じました。プロジェクトメンバーとして内側から関わることでその大変さを知って、私はできていないしできないかもしれない……と気づけるいい機会となりました。
あとは単純にプロジェクトにご参加頂いたTさんやプロジェクトメンバーの皆さんとお話しする時間が楽しかったです!! ミーティングで同じ物事について話し合ったり、お昼ご飯を食べながらもプロジェクトの話になったり、生活の他愛のない話をしたりなど……同じプロジェクトメンバーでなければ親しく話す機会がなかったかもしれない世代や役職や立場の皆さんと、お話し出来る関係性になれたことが嬉しかったです。(小西夏実)

元々、人の話を聞くということにとても興味がありました。また、私自身の親が高齢になり、車なしでは生活が成り立たないけれど、いつまで車を運転できるのだろうと考えているタイミングでもあり、このプロジェクトに参加される方々の悩みやそれぞれの答えがヒントになるかもしれないという期待もあったと思います。
ところが、このプロジェクトはそうした私の想定をはるかに超えたものになりました。Tさんが60年間書き続けてきた記録は、手書きの走行記録、新聞の書き起こし、アルバム写真など多岐にわたり、まずはその記録の”量”に圧倒されました。
お話を聞くにつれ、一人の人間が生きていた軌跡が、そのまま日本の昭和史とつながっていることに何度も驚かされ、同時に、あまりにも豊かなエピソードの数々に、一人の人生はやはりそんなに簡単には捉えられないものだな、と感じました。これまでニュースや歴史として見聞きしていたこともTさんの姿が脳裏に浮かぶようになりましたし、どこかに行くときもTさんも見た風景だろうかと考えるようになりました。
Tさんだけでなくプロジェクトの他の参加者の皆さんも含め、自分ではない、他者の視点を借りて日本の地図と歴史を見ることはとても新鮮な体験でしたし、私自身の視点や思考をも、豊かにしてもらえたと感じています。私にとっての2022年はドラレコの一年でした!本当にありがとうございました。(黒田杏子)

アーティストの振り返り
「新たなメンバーとの作業がドライブ(活力)を生んだ」

談=松本篤

2005年に活動を始めた僕たち「AHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ]」は、市井の人々の「私的な記憶」を巡る取り組みを行っている活動団体です。個人の家に眠る写真や手紙、8ミリフィルムといった記録物を収集し、それを多くの人たちと共有しながら、記録物の持つ価値や活用方法について考えてきました。

そんなAHA!が「あいち2022」のラーニングプログラムで行ったのが、《ドライブ・レコーダー》というリサーチプロジェクトです。これは、愛知県の主要産業である自動車、なかでも近年注目を集める自動車免許の自主返納に注目したプロジェクトです。

AHA!の普段のメンバーに加え、公募したサポートメンバー4名とも協力しながら、自主返納を迷う人や、すでに返納した人へのインタビューを実施。最終的には、そのうちの一人であるTさん(80歳)が、免許取得後、全国を旅しながら残した総計90万kmにも及ぶ膨大な「走行記録」を軸に、個人と自動車の関係、「運転史」を考える展示を行いました。

僕たちの普段の活動では、個人の記録物を「なぞる」というプロセスがとても大事になります。個人のホームビデオや写真、手紙などの「資料」を多くの人と丁寧に読むことで、そこに潜む価値を見出してきたんです。今回の《ドライブ・レコーダー》では、その作業をサポートメンバーと行なうことで、多くの発見がありました。

例えば、普段のメンバーだけではどうしても密室的・作業的になりがちなプロセスが、新しいメンバーと行うことで、「自分たちはこういうことをしていたのか」と新鮮に感じられたり、いつもとは違う方向に進んでいったり。資料を読む視点の広がりに合わせ、「見えるもの」の幅も広がったのが面白かった。日頃の自分たちの作業を晒すことには緊張感もありましたが、それが作業にとって新しいドライブ(活力)になっていたと思います。

ここで、展示に至るプロセスを簡単に振り返ります。

トヨタが最初に手がけた量産車「AA型」は、米クライスラーの「デソート エアフロー」に着想を得ています。誤解を恐れずに極限すれば、現在の愛知をはじめ、日本を代表する産業は、米国の産業を「なぞる」ことから始まっている。自動車をテーマに据えた後、集まったメンバーにはまずこのことを共有しました。一方で、テーマは車といっても、その製造に関しては当然自動車メーカーの経験知識に敵わない。では、僕らがリサーチするのに相応しいものは何か……と考えていくなかで、それは「車を作る人の技術や知識」ではなく「車に乗る人の経験や感覚」ではないかと徐々に焦点が絞られました。

さらに「自主返納」という切り口を決め、大体の構想が固まったところで、まずは免許返納に関わりのある4名の方にインタビューを行いました。最終的なリサーチの対象をTさんに絞ったのは、彼の残した70タイトルもの走行記録が、それ以外の運転者の体験もつなげ得ると感じたから。そこから、走行記録をみんなで読み込んだり、一枚一枚スキャンしたりしていき、並行してTさんは、「九州と東北の砂利にはこんな違いがあった」など走行の詳細を思い出しました。展示に向けては物理的に地図をなぞったりもして、こうして、人の話を聞く、資料を読み込む、スキャンをする、地図をなぞるなど、様々なリサーチのプロセスを参加者と共有しました。

他方、展示を具体化するに当たっては注意も必要だと考えていました。というのも、記録物をなぞるという僕らの「内的な動機」にこだわるあまり分かりづらい展示になるのも、逆に外向けの展示にしすぎて内的な動機をないがしろにするのも、違うと思ったからです。

そこで僕らがとった方法は、リサーチした走行記録そのものをアーカイブ的に展示すること。つまり、メンバーがリサーチ中に見ていたものと、展示会場で観客が目にするものをできる限り「同じもの」にすることでした。こうすることで、観客は、僕らの「Tさんの走行記録をなぞる」という経験を、資料そのものや、そこに残されたメンバーのリサーチの痕跡をインターフェイスとして、展示会場で追体験することになると考えたのです。

同じ資料でも、見る人によって発見するものが異なります。その意味でサポートメンバーが一番力を発揮したのはこのプロジェクトを振り返るトークイベントでした。メンバーの話を聞くことで、「あの資料はそういうことか」と、観客にも記録物の面白がり方がより直接的に伝わっていました。

そんな風に、展示方法にしろイベントにしろ、今回のプロジェクトでは、「自動車」というテーマの一種のベタさに対して、それをいかに見せるかという「How to」の部分を重点的に考えていたところがあります。反対に言えば、起点となる「自動車」というテーマはシンプルで良かった。参加者もみんな親しみを持てるテーマでしたから。特に愛知という土地柄で「自動車」というテーマを選んだことがよかったです。

サポートメンバーの年齢層も20〜50代と幅広く、Tさんの経験値と拮抗できるくらい車好きの方がいることでTさんの車への情熱がさらに燃えたぎったり、若者らしい発想の方がいることでTさんの「おじいちゃんモード」が引き出されていたのも良かったです。

ラーニング全体のコーディネーターの近藤令子さんから言われて印象的だったのは、「愛知の芸術祭ではこれまでずっとラーニングプログラムをやってきたけど、従来は作る人と観る人は分かれていて、その間にラーニングやボランティアの関わりしろがあった。だけど今回は、参加者に作る側にまで回ってもらうというチャレンジをしている」ということ。それは確かにチャレンジングで、難しいことですが、だからこそ参加者にいかに関わってもらうのか、その結果を展示としてどう見せるのか、そのバランスを大事にしました。

今後のことを言えば、結果的にTさんのインタビューが終わったのが「あいち2022」の会期後となり、すべてを展示に活かせなかったので、発展的な展開も考えていきたい。国際芸術祭において、こうしたラーニングプロジェクトが継続的に行われていることはとても貴重で、重要だと思う。その意味でも、今後も続いていってほしいと思っています。

(構成=杉原環樹)