今、を生き抜くアートのちから

LEARNINGラーニング

愛知と世界を知るためのリサーチ
『MA・RU・GO・TO あいち feat. 三英傑』眞島竜男

  • 2022年
眞島 竜男
アーティストプロフィール
プロジェクトメンバー
曉希奈澪、稲熊敏長、加藤聡平、下村光生、佐橋早苗、鈴木利弘、福永みくら、前田美智子、由利奈穂
コーディネーター
野田智子

  • 国際芸術祭「あいち2022」展示風景
  • 《MA・RU・GO・TO あいち feat. 三英傑》 2022
  • 撮影: ToLoLo studio

活動記録

第0回:ガイダンス、壁画の展示場所確認

プロジェクトメンバー、眞島さんとの初顔合わせ。ガイダンスとして、眞島さんよりこれまで制作してきた作品の紹介や、今回のプロジェクトについて概要の説明を行った。メンバー同士の自己紹介を終えると、壁画を展示する愛知芸術文化センター8階J室の見学、名古屋市内の壁画を巡るミニツアーに出かけた。終了後は眞島さんから次回のミーティングまでに宿題が出された。

宿題:第1回ミーティングで話すことを、下の3つから選んで用意する。

  • 1)「あいち」について関心があること
  • 2)「三英傑」について関心があること
  • 3)「こんな壁画はどうだろう」というアイデア
  • 第0回に話したことの続きでもOK
  • 二つ以上でもOK
  • 発表はフリースタイルで
  • 発表しなくてもOK。他のメンバーの話を聞きましょう
  • 上の三つ以外で「どうしても話したい!」ことがあればそれもアリ
  • 「話す」以外の発表のしかたでもOK
  • 画像や映像などを使いたい場合は事前にご連絡を

日時|2021年11月23日(火・祝)13:30~18:00
会場|アートラボあいち、愛知芸術文化センター、地下鉄池下駅、地下鉄栄駅、地下鉄矢場町駅、地下鉄久屋大通駅

第1回:壁画を見る

アートラボあいちに集合し、前回の振り返りや今日の流れの確認すると、早速名古屋城の障壁画を見るために全員で移動。道中、メンバーが愛知県庁西庁舎1階にも矢橋六郎が手掛けたモザイク壁画があると言い出したので立ち寄り、閉庁日の県庁舎を外から覗き込む。名古屋城では豪華絢爛な欄間や建具、襖がどんな素材でどのように描かれているのかじっくり見学した。その後は名古屋市美術館で開催中の常設企画展で北川民治やメキシコの壁画を鑑賞した。アートラボあいちに戻ると、前回出た宿題を一人ひとり発表した。

日時|2021年12月26日(日)13:00~18:00
会場|アートラボあいち、名古屋城、名古屋市美術館

第2回:あいちを見る複数の視点、ファーストプラン発表

今回は名古屋市博物館の常設展「尾張の歴史」の見学からスタート。常設展内の特集企画で屏風や郷土玩具などを見学し、「愛知」を様々な視点から見るヒントをもらう。後半はアートラボあいちに戻り、年末に眞島さんから出された宿題「壁画のプランを何らかの形で持ってくる」のプレゼン発表を行う。ワークシートに現段階で考えられるプランを口頭で発表。空き箱や透過フィルム、生活から出るゴミを工作してプランを持ってきたメンバーもいた。

「まるごと」の具体的な形を(仮のものであっても)まずは見てみよう&共有しよう、というのが狙いです。作品制作は「考える」→「作る」→「見る」→「考える」→ の繰り返しです。このサイクルが回り始めると形がどんどんはっきりしてくるのを実感できるはずです。(眞島竜男のMLより一部抜粋)

日時|2022年1月22日(土)13:30~18:00
会場|アートラボあいち、名古屋市博物館

第3回:ブレスト会議

前回出たみんなのアイデアを用いて、アイデア同士を混ぜたり繋げたり、各自のプランの重要なモチーフを再検討・試作する会を開催。事前に出された宿題を通じてディスカッションしながらお互いの意見を出し合っていった。

宿題:壁画のアイデアを検討するために下記の三つを考えてきてください

  • 1)「あいち」について(よく知らないけれどきっと)大切だと思うこと
  • 2)現時点での壁画の構想に足りないもの/あったらよいもの
  • 3)何をもって「まるごと」とするか

日時|2022年2月26日(土)13:30~18:00
会場|アートラボあいち

第3.5回:木村慎平さんレクチャー

名古屋城調査研究センター学芸員の木村慎平さんにレクチャーに来ていただいた。木村さんには「郷土の『三英傑』の成立」というテーマでお話をしていただき、『三英傑』が示す意味を歴史的な視点から紐解いていった。壁画で表現する「愛知」をどうまるごと取り入れるか、近代的枠組みからの歴史的・概念的な「郷土」をめぐる視点を踏まえたことが、壁画のプランに刺激を与えたようだった。

日時|2022年3月18日(金)15:30~17:00
会場|アートラボあいち

第4回:保見団地の見学

眞島さんからの提案で「楕円ツアー:保見団地への見学」を行う。楕円ツアーとは、このタイミングで一回り大きく「あいち」の「まるごと」を捉える/体感することを目的としたツアー。名古屋から同心円状にあいちについて広げるのではなく、焦点を増やして「あいち」の楕円を描くというイメージ。ブラジリアンタウンの取材ではあったが、それが主目的というよりも、あらためて「あいち」の「まるごと」を考えるきっかけとして設定された。当日は雨風が強く急遽自由参加となったが、数名のメンバーが集結し、団地内を散策した。団地の通路に多言語で書かれた落書きが今後プランのなかでも生かされていく。

日時|2022年3月26日(土)14:00~17:00
会場|保見団地

第5回:プランを具現化して考える

具体的な展示の内容を考えていくため、眞島さんから提案の土台プランを検討するため実際の会場に行き実地調査。大きさや横幅、パーツを5分割する案が生まれ、具体的な設置位置のイメージを全員で行う。エスカレーターから降りてきた時にどのように見えるか、10Fからの見え方、通路の反対側からの見え方、近づいて見えた時など色々な方向から眺めてみた。ラボへ戻ってからは具体的に何をのせていくか話し合いを重ねた。レイヤー、通路、掛け軸、モザイク、変化、パフォーマンス、かけらの集積、産業廃棄物など、壁画の構造や素材のアイデアが出た。

日時|2022年4月23日(土)13:30~18:00
会場|アートラボあいち、愛知芸術文化センター

第6回:表具屋さん見学

メンバーの提案でアイデアの一つ「掛け軸」からアイデアをもらうべく表具屋へ見学に行った。掛け軸の成り立ちやつくりかた、素材や道具について丁寧に教えていただく。トリックアート的な「描表具」という技法を知り、後に壁画制作に取り入れられることになる。

日時|2022年4月30日(土)13:30~18:00
会場|河村清鳳堂

第7回:壁画の実サイズ・土台の決定

壁画のベースとなる土台をどのような仕様にするのか、急遽Zoomでの会議を行った。土台の構造やサイズを眞島さんからの提案をもとにディスカッションする。また壁面の画面上では何をモチーフとして扱うか、素材は何を使うか、その素材をどのように集めるか。またそれぞれのアイディアに沿って眞島さんから課題が出された。

日時|2022年5月9日(月)19:00~21:00
会場|Zoom

第8回:みんなのアイデアを集結させた壁画プラン

眞島さんより決定した壁画の土台にこれまでメンバーからできたアイデアを落とし込んだプランが共有された。また土台が5分割されている特徴を逆手にとって「横の繋がり」や「遠近」「レイヤー」を取り入れたようなプランをどう作ることができるか、ディスカッションを行った。

  • 1)横のつながり → 壁面の五分割を踏まえつつ、横方向に大きな絵を作っていく(連携、もしくは横断)
  • 2)遠近 → 「近くで見る/遠くから見る」をより効果的にする絵作り・素材の使い方
  • 3)レイヤー → 「あいち」「まるごと」「三英傑」との関係における、レイヤー構造の「意味」を再検討

(眞島竜男のMLより一部抜粋)

次回対面での活動までに素材をどうするか具体的なアイデアが宿題として出された。

日時|2022年5月16日(月)19:00~21:00
会場|Zoom

第9回:壁画の仕様と素材について

Zoomでの活動が続いたので、いつも以上に対面でのコミュニケーションが活発に行われた。壁画を遠くから見たときの「大きな絵」としてどのような全体像にするのか、各要素についてもディスカッションを行い全体のプランの方向性を絞っていった。また宿題となっていた壁画の素材について、それぞれ持ち寄ってきたものを確認していく。素材は圧倒的な数をどのように集めるか議論された。メンバーのなかにはボランティア登録をしている人も多く、ボランティアの力を借りられないかというアイデアも出る。また、完成した壁画で三英傑の人気投票を行い、その投票数によって壁画が変化するといったアイデアも生まれた。素材については、それぞれ担当を振り分け、企業への協賛へ向けて動く準備を行った。

日時|2022年5月21日(土)13:30~18:00
会場|アートラボあいち

第10回:実制作スタート

眞島さんよりこれまで交わしたディスカッションを元に壁画の全体像をまとめた具体的なプランが共有された。また壁画を「地」と「図」に分け、決まった内容をそれぞれのパートに分け分担してつくっていくことが決定。パートは、地、図、掛け軸、襖、川柳、光る窓、衣装、イベント、といったメンバーそれぞれが発案したアイデアを実現することになった。「図」のかたちについては「愛知県の輪郭をイメージするかたち」と、「楕円」の二つが候補にあがる。

「楕円について(あらためて)」
「楕円」を辞書で引くと「二つの定点からの距離の和が一定な点の軌跡。二定点を楕円の焦点という」とありますが、眞島的には「二つの焦点をもつ円」であるのが重要です。
一つの中心から世界を見るのではなく、二つの焦点によって世界を描くこと。「あいち」の「まるごと」を考え・体験し・理解し・捉え直すための、造形的な、そして、コンセプチュアルな方法としての「楕円」です。

ということで、まずは名古屋です。名古屋はしばしば愛知の中心と言われます。名古屋から同心円状に広がった愛知。これは「あいち」の「まるごと」か?

さらに世界にまで拡張するとこうなります。これも一つの世界認識ですが、ちょっと天動説っぽいですね。

そこで、今日の愛知のベースに横たわっているレイヤー、尾張と三河を考えます。

尾張国と三河国という独立した二国をまとめたのが、今日の愛知県です。二つの焦点をもつ、楕円としての愛知。

二つの独立した場所をつなぐ方法としての楕円。たとえば名古屋と東栄町をつないでみる。

名古屋と東栄町、名古屋と保見、名古屋と豊橋。いろいろな場所を楕円でつなげていきます。点と点を(最短距離で)結んだ直線ではなく、曖昧さや中間的なものを含んだ広がりとしての楕円。

(6月19日 眞島竜男のMLより一部抜粋)

眞島さんよりメーリングリストに投稿された「全体のレイアウト案(2022年06月25日)」で、「図」を「楕円」にする提案が(間接的に)示される。また同日には楕円というコンセプトに至った思考のプロセスが追加で投稿された。

6月19日(日)の制作を踏まえて「全体のレイアウト案(2022年06月25日)」を作成しました。

  • 「あいちの図」の色を黒にする
  • 「あいちの図」の太さが違うバリエーションを追加(30cm、45cm、60cm)
  • 「あいちのかけら」を市松模様状に配置(「あいちの図」を視認しやすくする)
  • 「光の開口部」のバリエーションを追加 ※LINEとメーリングリストを一通りチェックしましたが、抜けているアイディアがあれば教えてください。
  • 「あいちの地」を更新(福永さんの6月24日の下絵で差し替え)

を加えたものです。「あいちの図」が楕円になっているものも含まれていますが、これは

  • 眞島のアーティストとしてのエゴ → 20%
  • 冷静に検討してメリットが大きい → 80%

の判断バランスによるものです。

(6月25日 眞島竜男のMLより一部抜粋)

メーリングリスト上での意見交換、活動中の話し合いを経て最終的に「楕円」を描くことが決定。それぞれがそれぞれのミッションを抱え、いよいよ手を動かす期間に突入した。 また、6月4日は芸術祭の開催地の一つでもある有松の「有松絞りまつり」でリサーチ、6月5日は2回目の楕円ツアーとして「渥美半島・知多半島」へ行った。

日時|2022年6月4日(土)、5日(日)、11日(土)、18日(土)、19日(日)、25日(土)、26日(日)13:30~18:00
会場|アートラボあいち

第11回:壁画をかたちにする

アートラボあいちの3階を制作拠点に、「図」を担当するチームは集まってきたパーツを土台のサイズに合わせ壁画として仕上げていく。「地」を担当するメンバーはモップを使って大きな絵画を仕上げていく。3つの掛け軸と「光る窓」を制作するメンバーは各自のペースで作業を行っていった。後半は搬入の準備や搬入に同行し、芸術祭のインストーラーが設置していく壁画の完成を間近で見守った。

日時|2022年7月2日(土)、3日(日)、6日(水)〜10日(日)、15日(金)〜24日(日)、28日(木) 11:00~20:00
会場|アートラボあいち、愛知芸術文化センター

第12回:活動報告会

壁画を描く本プロジェクトを立ち上げた背景やコンセプト、壁画を制作するためのリサーチのプロセスについて、眞島さんご自身がこれまでの歩みを振り返り語った。

眞島竜男による『MA・RU・GO・TO あいち feat. 三英傑』プロジェクト報告会

出演|眞島竜男
日時|2022年10月1日(土) 10:30~12:30
会場|愛知芸術文化センター8階 ラーニングルーム・オープンスペース

第13回:パフォーマンスの開催

前半はメンバーと眞島さんとが座談会形式で、果たして巨大壁画は「あいち」の「まるごと」を表現できたのか、プロジェクトを経て「あいち」の「まるごと」をどう理解したのか、それぞれが自由に発言しながら振り返りを行った。また、後半は「壁をとび出せ!MA・RU・GO・TO あいち!」と題し、巨大壁画を制作するプロジェクトとしてスタートした「MA・RU・GO・TO あいち feat. 三英傑」を、パフォーマンスとして上演した。一宮の生地製造の過程で生まれる「生地耳」を身にまとったパフォーマーたちが、「まるごと」「あいち」と唱えながら壁画周辺を練り歩き、「壁画/パフォーマンス」「展示/上演」「もの/こと」の垣根をこえて「あいち」の「まるごと」を表現した。

座談会+パフォーマンス『MA・RU・GO・TO あいち feat. 三英傑』

出演|眞島竜男、プロジェクトメンバー
日時|2022年10月10日(月・祝)13:30~16:00
会場|愛知芸術文化センター8階 ラーニングルーム・オープンスペース他

  • 撮影: ToLoLo studio(2点とも)

プロジェクトメンバーアンケート

今回のリサーチプログラムには、国際芸術祭をこれまで以上に深く満喫したいと思ったのと、この地域に特化したテーマ『三英傑』に惹かれたので参加を希望しました。
活動は予想した以上にやることが盛りだくさんで、壁画のデザイン決定も紆余曲折があり、よく開幕に間に合ったと思います。
ご指導していただいた眞島さんや日々サポートに飛び回って下さった野田さん、アートラボあいちのスタッフさんたち、そして、一緒に作品制作に取り組んだチームの面々。一年前には見ず知らずだった方々と過ごした時間は単純な時間軸では50分の1ですが、私の人生を何倍にも広げてくれました。振り返れば、当初の期待以上に『あいち2022』を満喫でき、三英傑や愛知への親近感も増した一年でした。(加藤聡平)

二年前に中村区の豊国神社を訪ねた時に明治18年創建と聞き、江戸時代は「豊臣秀吉」は徳川家にはばかられた存在であったと気付きました。
今回の「MA・RU・GO・TOあいち」の勉強会においても、明治の廃藩置県において「尾張と三河」を統合して、「愛知県」とするために何かシンボルはないかとのことで、「信長・秀吉・家康」を選んで「三英傑」を作ったと聞いて名古屋市民としては納得した。名古屋市には10月の名古屋まつりに三英傑行列があり、三英傑は同列に感じていましたが、作られた偶像であったと思いいたりました。しかし、三河の人は天下を取ったのは「家康」との思いも強いのではと思っています。
全国的に見れば「信長」は岐阜・京都、「秀吉」は京都・大阪、「家康」は江戸・静岡がメインと思われます。(稲熊敏長)

私の日常は、茶華道中心です。慣れ親しむ日本の文化は、生活アートだと感じております。
今回の壁画制作で「掛け軸」を制作できた面白さは、参加した甲斐もあり、良い経験でした。私にとって掛け軸は、テーマのある姿ですが、メンバーは戸惑っていたでしょう。今回は、リーダーの芸術祭精神で受け入れていただき、そこが、私の心に響いた芸術祭でした。
愛知に、中日生け花協会があります。トリエンナーレの頃から数名の会員が順番に参加されています。伝統芸能として紹介される生け花を、現代アート祭に「水を使わない」を条件に作品を発表します。しかし、会場がデパートですから、芸術祭に参加しているとは感じません。とても残念です。
招待芸術家には、新しい芸術に出会えることに期待をしてますが、地域と縁あるアーティストに出会うことも期待します。(前田美智子)

リサーチをしてみて……愛知にずっと住んでいながら、思った以上に「愛知」を知らないことに気付きました。「愛知」って何だろうと、リーダー、メンバーと、歩いて、見て、考えて、話し合って、試して、壁画に色々と詰め込みましたが、表現できてない「愛知」があるぞと思っています。リサーチ活動を続けていきたいなと思ってます!(佐橋早苗)

壁画を作ってみたかった私は、最初の集まりでありゃ場違いか⁈と感じながらも、活動を重ねていくうちに段々と楽しくなる。それは、アーティストの指示で制作していくのではなく、全メンバーのアイデアをほぼまるごと取り入れてくださり、アーティスト気分を追体験できたからだと思う。主体的に活動することで、企業の方に直接アポを取ったり、かなり積極的なことができる自分も発見。学生時代に戻った感覚で、開幕直前は、ヘロヘロでしたが、嫌ではなく、むしろ愉快。大人のガチ文化祭は最高ですね。またやりたい。(由利奈穂)

みんなで一つのものを作ることの面白さと難しさを実感しました。同じテーマを持って集まっても全く違う観点で話し始め、人それぞれに違う生活があり、そこで培った価値観があることを改めて感じさせられました。自分が考えているものがどう伝わっているのか、どのように見せるのがベストなのかを擦り合わせていく過程そのものがこのプロジェクトの核心だったように思います。
大きなスケール感を持って制作できたことは非常に面白かったです。(福永みくら)

アーティストの振り返り
「ラーニングに振り切った芸術祭も有効では」

談=眞島竜男

今回のラーニング・プログラムでは、9名の愛知県内在住のプロジェクトメンバーとリサーチを行い、「三英傑」(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)を通じて見えてくる「あいち」の「まるごと」を詰め込んだ壁画を制作しました。

ラーニングの進め方はアーティストによって様々です。アーティストが現代アートの言葉を用いて参加者に何らかの働きかけを行い、行動してもらうというのも一つのやり方ですが、今回、私が行ったことは、参加者とフラットな関係性に立ってコミュニケーションを取り、時にはネゴシエーション(交渉)を行ってお互いの合意点を見つけながら、壁画の完成というゴールを目指す試みでした。

ここでいうコミュニケーションとは、作品のモチーフやコンセプトを語るような「文芸的」な意味合いだけでなく、「造形的」なレベルにおいても行われます。ごく単純な例として、ある箇所の造形について、アーティストは丸がいいと信じているが、参加者は三角がいいと信じているような場合に、どのような思想のやり取りを経て合意点を見つけるのか。アーティストは、今まで信じてきた現代アートの言語体系をいったん手放すことができるのか、あるいは手放さないことに決め、参加者と交渉を行うのか。最終的なアウトプットに至るまでのコミュニケーションは、それぞれのプログラムのアーティストと参加者の間において、様々な形で行われたことだと思います。

現代アートの展示では、基本的に現代アートの言語体系を前提にした表現を行いますが、それがラーニングになると「現代アートの言語による表現」というもの自体に対する批評が顕在化します。普段からすべてのアーティストは自らの言語体系によって自らを批評しているものですが、ラーニングでは「なぜ三角ではなく丸なのか」といった造形的なレベルから、あらゆる場面において自らの表現が問われることになるのです。

今回のラーニングにおいて、私を含めたアーティストたちは、現代アートの言語体系をどこまで参加者と共有し、どのように進めるのか非常に悩んだと思います。それゆえに、今回の芸術祭で蓄積された思想のやり取りは貴重なものであり、今後に役立てられていくべきだと考えています。

今回の国際芸術祭「あいち2022」は、現代美術、パフォーミングアーツ、ラーニングという3つのカテゴリで構成されていました。この構成も優れたものだと思うのですが、私はここからもう一歩先に進む方向性として、ラーニングに完全に振り切ってしまう、という方法も有効だと考えています。

現代アートにはミニマルな方向へ様式化し、作品の物量を少なくする傾向もありますが、今回のラーニングの作品は種類や数も豊富で、そのこと自体にもラーニングの意義を感じました。作品の物量が多いからといっても、一つひとつの作品や全体のテーマが損なわれるということはありません。何かのアイデアを実現しようという際に、最短距離でゴールを目指す方法もありますが、ラーニングのように多種多様な表現のなかからコンセプトが立ち上がってくるというアプローチもあります。

それぞれの複雑性を持った複数の人たちが集まるラーニングは必然的に物量が多くなり、さらには誰と一緒に行うかによって、アウトプットには無限のバリエーションが生まれます。ラーニングの意義は、物量と多様性という点にもあります。現代アートが寡黙になりすぎている状況だからこそ、ラーニングに完全に振ってしまってもいいのでは、と思うのです。

一方で、今回の芸術祭において現代美術とラーニングのカテゴリを対比した際に、現代美術はアーティストによる「作品」だが、ラーニングは「作品」ではないと見られることがありました。しかし、素朴に、ラディカルに考えれば、現代アートにおいては「作品か否か」という判断自体が意味をなしません。なぜなら、現代アートは社会規範や美の規範の外側にあるものを取り入れ、枠を拡張してきたという歴史があるからです。そして枠の拡張という意味では、ラーニングのようなやり方は、実はスタンダードなアプローチだということもできます。

今やアートがあらゆる人に向けて「開かれている」ことは当然の態度になりました。美術館はアート愛好者だけに向けたものではなくなり、アートと聞けば現代アートがすぐに想起されるほど、現代アートも社会に浸透しました。この先、ますますアートが社会に開かれていくなかで、ラーニングという手法が広まっていくのはごく自然な流れです。今回のラーニングの実践の中で出てきた可能性や問題点の蓄積は、アートの新しい歩みのための踏石のような役割を持つことになるでしょう。

(構成=玉田光史郎)