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国際芸術祭あいち2025、テーマ:灰と薔薇のあいまに、会期:2025年9月13日(土)から11月30日(日)79日間、会場:愛知芸術文化センター/愛知県陶磁美術館/瀬戸市のまちなか国際芸術祭あいち2025、テーマ:灰と薔薇のあいまに、会期:2025年9月13日(土)から11月30日(日)79日間、会場:愛知芸術文化センター/愛知県陶磁美術館/瀬戸市のまちなか

WEBマガジン

「あいち2025」ストーリーズ

作品を知る

クォン・ビョンジュン

環境のなかで個別の体験をする
サウンドインスタレーション

畠中実 (キュレーター・批評)

  • コラム
  • パフォーミングアーツ

1971年ソウル(韓国)に生まれ、現在はソウルを拠点に活動しているクォン・ビョンジュンは、1990年代初頭にシンガーソングライターとして活動を開始し、その時代の音楽状況を反映したオルタナティブ・ロックからミニマル・ハウスまでの幅広いスタイルで6枚のアルバムを発表した。映画のサウンドトラックや舞台音楽などを手がけ、音楽家としての活動を経て、2005年にオランダに渡り、ハーグ王立音楽院でソノロジーを学んだ。その後、アムステルダムの電子音楽やサウンドパフォーマンスに特化した研究開発施設である、STEIM(Studiofor Electro-Instrumental Music)でハードウェア・エンジニアを務めた。そうした、ある意味独特のキャリアを経て、2011年に韓国に帰国したビョンジュンはサウンド・アートの領域からロボティックスを駆使したパフォーマンス作品まで、幅広い領域で活動している。

サウンドインスタレーションには、韓国の寺院にある伝統的な鐘をアクチュエータ(電気信号を運動に変換する装置)によって鳴らし、その共鳴現象を聞く作品や、音響彫刻的な作品では、観客の位置に応じて遠距離制御された動力によって静かに打ち鳴らされるウインドベル(長さの異なる金属の棒がぶつかりあって共鳴する楽器)によって、ジェネラティブに音空間が創出される作品などがある。これらは、二つの微妙に異なる周波数同士が干渉しあうことで生じる音響現象で、二つの音が合わさりながら、そこにもともと存在していなかった第三の波(周波数)があらわれ、周期的なうなり(聴覚上の音量の変化などによって顕在化する)を生じる、音響現象にもとづく作品である。また、アンビソニックス(没入型立体音響システム)を活用したマルチチャンネル・サウンドインスタレーションなど、テクノロジーを用いた通常とは異なる聴覚体験をもたらす作品など、幅広いサウンドアート作品を制作している。

今回出品されるサウンドインスタレーション作品『ゆっくり話して、そうすれば歌になるよ(Speak Slowly and It Will Become aSong)』は、会場である愛知県陶磁美術館の屋外空間に広がる自然環境に合わせて、音によって制作されたバーチュアルなサウンドスケープを、ヘッドフォンを着用して散策する。観客は現実の風景のなかを自由に歩くことができ、それによって、それぞれの訪れた場所に応じてヘッドフォンからさまざまな音があらわれることで、体験者がその環境のなかで個別の体験をする。現実環境自体を舞台にして、自身が見ているものと聞こえるものとのあいだで、現実と仮想の境界があいまいになる体験をすることが可能となる。またそれは、展示される場所と結びついた、場所に固有の内容をもつサイトスペシフィックな作品で、瀬戸のやきものや、韓国と日本に残された生活の痕跡を伝える女性が歌い継ぐ民謡など、その土地のリサーチにもとづいて制作されている。精緻な指向性スピーカーと立体音響技術により、この土地の土、水、火、植生、まちや人々から採集した音で構成されたバーチュアルな環境と実際の場所の自然環境とが多層的な環境を作り出し、現実空間がイマーシブシアターとなる作品である。

畠中実

(キュレーター・批評)

1968年生まれ。1996年のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]開館準備より同館に携わり、数多くの展覧会やイヴェントを企画し、2025年同館を退任。著書に、『現代アート10講』(共著、武蔵野美術大学出版局)、『メディア・アート原論』(共編著、フィルムアート社)。