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ブラック・グレース
エッセイ:ブラック・グレース 『Paradise Rumour』
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「見よ、スカイブレイカーたちが来る」振付家ニール・イェレミアによる詩はそう始まる。彼のダンスカンパニー、ブラック・グレースが2023年に行ったパフォーマンス『Paradise Rumour(パラダイス・ルーモア)』のインスピレーションとなった詩だ。ブラック・グレースを見ていると、確かにダンサーたちが空を壊そうとしているかのように感じられる。重力や疲労、振りの間違いをもろともせず、彼らは大鎌のような手足で空を切り裂いていく。ブラック・グレースの舞台を体験するとは彼らの驚異的な身体表現の中に、人体の制約に対する抵抗を見るということだ。
ブラック・グレース・ダンスカンパニーは、サモア系ニュージーランド人ニール・イェレミアが1995年に設立した。アオテアロア1・ニュージーランド最大の都市オークランドを拠点とし、ブラック・グレースは同国のコンテンポラリーダンスの新たな可能性を切り拓くとともに、国際舞台へも爆竹が破裂するように登場した。彼らの作品は抑圧的な男性性、植民地主義の暴力、失われた文化史などの、苦難に満ちたテーマを取り扱う。それは思いもよらない対比や大胆な新しい組み合わせについての研究であり、イェレミア自身にも重なるものだ。
二つの島からなるアオテアロア・ニュージーランドは根深い傷によって撚り合わせられた国だ。その傷とは植民地化の暴力であり、先住民の南太平洋文化と英国の欧州文化との、激しく衝突するような残酷な出会いである。その傷はリボンのようにねじれたり回転したりして、踊るイェレミアの手に現れる。それはダイヤモンドのように優美に輝きながらも、歴史の糸に織り込まれた苦しみを忘れることがない。イェレミアの振付は先住民族と西欧、その両方の伝統をふまえたダンス言語を組み合わせている。「ササ」や「ファアタウパティ」などの大地に根ざすサモアの踊りの型が、西欧モダンダンスの古典的な落ち着きのある動きと出会うことで、気高く壮大な、唯一無二のフィジカリティとなり、一つひとつの動きの中にイェレミアの故国の複雑な歴史を結晶化させていく。
植民地主義の暴力、祖先の記憶、同化による喪失の悲しみといったテーマを取り扱うこの作品は、アオテアロア・ニュージーランドと南太平洋の歴史を横断する作品だ。異なる衣装を身につけた4人のダンサーは「希望と抵抗」、「悲しみと受容」、「抑圧と解放」そして「信仰と危機」といった、人の生にまつわる経験を表現する。イェレミアはこうした感情をダンスに昇華させるのだ。たとえばバターのような柔らかさと、鞭のようにビシッと振り上げられる腕が交錯する、しなやかな動きの連鎖が生まれている。ある場面では、ダンサーたちはまばゆく照らされた長方形の光の中に体を据えて、目が眩むほどの速度と正確さで幾何学的な腕の動きを繰り返す。サモアの「ササ」の動きが現代のストリートダンスと出会い、そこに西欧のモダンダンスを連想させる脊椎の曲線的な動きや叫び声が織り混ぜられている。さまざまな影響をまるで円卓会議のように平等に並べるイェレミアの振付をここに見ることができる。
草木が鬱蒼と生い茂る熱帯の森を舞台に、本作はオペラのような広がりをもちながら、文化的な物語、時代、美学的ジャンルを横断する。そこでは、やはりオペラによく似た視覚的比喩が多用されている。イメージは意味を叫ぶが、しかしどれひとつとして言葉で説明されることがない。ライトブルーの衣装をまとい、雲のような形の装飾を頭につけたダンサーによってパフォーマンスは始められる。このダンサーは未来のビジョンであり、イェレミアが言うところの「希望と抵抗」を表している。数分後、このダンサーは力尽きて倒れ、別のダンサーに抱えられながら舞台を引きずられていく。こちらのダンサーはシンプルな装いだが、背中には何本もの矢が打ち込まれている。じっとしていることのできない死体。想像を絶する暴力を受け、それでもなお耐え続ける身体。傷者が穢れなき未来を運んでいる。その未来自身も、死んでいるか、少なくとも反応がないようだ。パラダイスは結局のところ、噂にすぎないのだ。
『Paradise Rumour』というタイトルは入植者たちの言説を指すものでもあるかもしれない。ニュージーランドや南太平洋にたどりついた彼らは、その土地をしばしば「裸の」「手つかずの」楽園だと説明した。その土地にずっと暮らし、土地とともに生きていた先住民の生活や存在は無視しながら。総じて、最初の入植者たちはこの噂の力を借りなければ、後続の者たちに移住を決意させることができなかったのだ。苦難が魔法のように消える、地球の反対側の、楽園のような土地。上陸前に今ふたたび考えよ、と警告するこのダンスの寓話は、イェレミアの巧みな振付によって、人間精神のすさまじいまでの忍耐強さを称えるものとなっている。物語がもつ推進力と、現代感覚である抽象とが結合した『Paradise Rumour』は、すべての観客の心を動かさずにはおかない力強いダンスシアター作品だ。
- 1「白い雲がたなびく地」を意味するマオリ語で、ニュージーランドを指す