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国際芸術祭あいち2025、テーマ:灰と薔薇のあいまに、会期:2025年9月13日(土)から11月30日(日)79日間、会場:愛知芸術文化センター/愛知県陶磁美術館/瀬戸市のまちなか国際芸術祭あいち2025、テーマ:灰と薔薇のあいまに、会期:2025年9月13日(土)から11月30日(日)79日間、会場:愛知芸術文化センター/愛知県陶磁美術館/瀬戸市のまちなか

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フォスタン・リニエクラ

コンゴ民主共和国の豊かさと苦難

華井和代 (東京大学 未来ビジョン研究センター 特任講師/NPO法人 RITA-Congo代表理事)

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アフリカ大陸の中央に位置するコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)は、自然に恵まれた国です。コンゴ川の流域には熱帯森林が広がり、かつて人々は自然の恵みを享受する自律的なくらしを営んでいました。しかし、15世紀末に欧州との交易が始まると苦難が始まりました。長年の奴隷貿易に加えて、豊かな資源が搾取の対象になってきたのです。

1884~85年のベルリン会議において、コンゴはベルギー国王レオポルド2世の私的所有地になり、ゴム樹液収集のために苛酷なノルマと罰を課されました。1908年にベルギー植民地となってからは、パーム油と鉱物の採取が始まり、伝統的な社会のあり方は大きく変えられました。

これが「征服者が築いたコンゴの記録」です。その爪痕は、コンゴ人が紡ぐ記録にも深い影を落としています。

1960年、コンゴは独立と同時に動乱に突入しました。パトリス・ルムンバ初代首相は米国も関与した秘密工作によって暗殺され、今も人々に惜しまれています。米国に支援されたモブツ・セセ・セコが1965年にクーデタで大統領に就任してからは、独裁政治が始まりました。モブツは国名を「ザイール共和国」に変えました。

紛争が始まったのは1996年です。1994年に隣国ルワンダでジェノサイドと呼ばれる大虐殺が発生した後、大量のルワンダ難民がコンゴ東部に流入しました。難民のなかには、ジェノサイドを実行した旧ルワンダ軍兵士や民兵が紛れ込み、難民キャンプを軍事化したのです。この事態にコンゴ政府が対処できなかったことから、1996年に新ルワンダ政府軍が国境を越えて攻撃を開始しました。さらに、ルワンダとウガンダに支援されたコンゴの反政府武装勢力が蜂起し、モブツ政権を倒しました。これが第一次コンゴ紛争です。新大統領の座に就いたのは、武装勢力の統領だったローラン・カビラでした。大統領は国名を「コンゴ民主共和国」に変えました。しかし、1998年に今度はカビラ政権に対する蜂起がおこり、第二次コンゴ紛争が始まりました。紛争には周辺9か国が介入して、「アフリカ大戦」と比喩される規模に拡大しました。そして紛争中に、東部の鉱物資源が違法に採掘されて外国に密輸されるという問題が始まりました。

2001年に大統領の座を継いだジョゼフ・カビラのもとで紛争は2003年に「終結」しました。しかし現実には、東部には数多くの武装勢力が居続け、鉱物の違法採掘と密輸で資金を得て、住民に暴力をふるい続けています。首都キンシャサから遠く離れて政府の統治が届かない東部において、武装勢力は鉱山周辺地域を支配しています。さらに、国民を守るはずの国軍や警察官さえも、住民に暴力をふるうのです。

こうした兵士たちが「紛争の武器」として利用しているのが組織的な性暴力です。働き者で家族思いの女性たちが性暴力に遭うことで家族やコミュニティのつながりが破壊され、人々が武装勢力や軍に抵抗できない状態がつくり出されています。

2019年に就任したフェリクス・チセケディ大統領もまた、国民の苦難を終わらせられずにいます。2025年1月には、ルワンダに支援された武装勢力M23がコンゴ東部の主要都市を制圧し、コンゴにさらなる苦難をもたらしました。ルワンダを通じて鉱物を入手することを優先する国際社会は制裁を実施せず、コンゴ東部がルワンダの事実上の占領下に置かれる事態が続いています。

こうした悲劇のなかでもなおコンゴには、征服者にあらがい、苦難と向き合ってくらす人々がいます。身体に刻まれた記憶を呼び覚ますフォスタン・リニエクラ氏の作品から私たちは何を感じ取り、未来への羽ばたきに変えていくことができるでしょうか。リニエクラ氏の問いかけから広がる波紋を楽しみにしています。

華井和代

(東京大学 未来ビジョン研究センター 特任講師/NPO法人 RITA-Congo代表理事)

東京大学博士課程修了。学生時代のイスラエル・パレスチナ訪問を機に紛争研究の道へ。コンゴ東部の紛争状況から、国際社会の取り組み、企業による紛争鉱物取引規制の実態、日本の市民社会とのつながりを研究。近著は『ムクウェゲ医師、平和への闘い―「女性にとって世界最悪の場所」と私たち』(岩波書店、2024年、共著)。