「あいち2025」ストーリーズ
レポート
ラーニング
瀬戸の版築プロジェクト「凸と凹」制作プロセス
- ラーニング
- 愛知県陶磁美術館
2024年
2月5日(月)
フール・アル・カシミ芸術監督からキュレーター(ラーニング)辻󠄀琢磨へ、「ラーニングとの協働によるハイブ・アースの招聘」の枠組みが提案される。
9月18日(水)
ハイブ・アースの(クワメ・ディヘル、ジョエル・アイソン)とアル・カシミ芸術監督、学芸統括の飯田志保子、キュレーター(現代美術)の入澤聖明、プロジェクトマネージャーの副田一穂、辻󠄀で最初のミーティングを行う。
10月10日(木)
ラーニングチーム、「愛知県陶磁美術館」(以下「陶磁美術館」)を現地視察。「つくるとこ 陶芸館」(以下「陶芸館」)中庭の地面に、土の塊を使って落書き。
11月18日(月)
作品設置場所は、陶磁美術館「デザインあいち」前の広場を候補に。地面を掘削した土で、その場に「ステージ」を版築を用いて作るイメージが初期案となった。
11月27日(水)
ハイブ・アース(クワメとエベネザー・サカ)来日1日目。陶磁美術館の視察をし、土を掘って版築のテストピース(試作)【1】を作る。陶磁美術館で掘り出した土に数種類の粘土を混ぜて試した。
掘り出した土は、Top(表土)・Middle(およそ20cmより深い層の土)という二種類に大きく分類し、比率を調整した。
11月28日(木)
ハイブ・アース(クワメとエベネザー)来日2日目。株式会社加仙鉱山とヤマダ窯業原料有限会社を視察。クワメと辻󠄀、ラーニングチームメンバーの村上慧と、プロジェクトで制作する作品について検討。キラ(粘土の製造過程で生まれる副産物)利用の可能性を議論。陶磁美術館で掘り出した土にキラを混ぜたテストピースも新たに一つ制作。
12月12日(木)
初期案からブラッシュアップし、掘削した凹地に版築でつくったタイル(版築タイル)を敷き詰めるイメージを提案。
12月16日(月)
辻󠄀、脱型したテストピース【1】を確認。キラを混ぜたテストピースでは、層同士の接合が弱く脱型した際にすべって分離してしまった。
12月18日(水)
SNSを利用した村上、辻󠄀、クワメの連絡グループを作成。アイディアやテストの状況をカジュアルにシェアできる環境を整える。
12月26日(木)
掘削の施工マネジメントを、アーキテクト(陶磁美術館担当)のナノメートルアーキテクチャー(三谷裕樹、寺田春芽)に依頼することが決まる。
2025年
1月6日(月)
辻󠄀、村上で企画書を作成。版築タイルを前提にした「舞台」と「ベンチ」を作る案に改編。
1月19日(日)
辻󠄀、村上でテストピース【2】を陶磁美術館にて作成。
版築は石灰を混ぜることで強度を上げられることから、瀬戸の産出物である「キラ」が石灰の代わりにならないか本格的に検討。キラと土を混ぜたバージョンに絞り、キラの配合割合を変えながら複数のテストピースをつくる。
1月20日(月)
「かまど案」が浮上。まわりに型枠を転用した机と椅子があるパターンや、7メートル四方の巨大なものなど。
2月25日(火)
クォン・ビョンジュン(パフォーミングアーツ参加アーティスト)の作品も同じ場所で展開されることを考慮し、辻󠄀、村上で「舞台」の位置を再検討。村上から場所を陶芸館の中庭に移す案が出る。
当時の村上コメント:
作品の「成立」を考えたときに、参加アーティストであるハイブ・アースがエンジニアとしてしか関わっていないモノを私たち芸術祭側の人間がデザインしてしまっているところに、この作品の「成立のしにくさ」があると思うんですが、その打開策として、陶磁美術館という場所の文脈に、作品の成立を助けてもらうイメージというか、あるいは「ステージ」の上に陶磁美術館を載せるイメージといえばいいのか⋯
2月27日(木)
「舞台」の場所を陶芸館の中庭に変更する。「陶芸館のお客さんやスタッフの日常を座って眺めるための座席」として再検討。土を掘り出した「穴(凹地)」も鑑賞対象にするアイディアも生まれる。
3月5日(水)
陶芸館中庭に設置する作品について、「かまど」としての役割を持った「凸」と、それを囲うベンチの案になる。
3月13日(木)
ハイブ・アース(クワメ、ジョエル、エベネザー)、辻󠄀、村上、入澤、プロジェクトマネージャーの芹澤なみき、コーディネーター(現代美術)の坂田実緒子でオンラインミーティング。現状や変更点について確認。
3月22日(土)
ハイブ・アース(クワメ、ジョエル、エベネザー)、辻󠄀、村上、入澤、芹澤、坂田でオンラインミーティング。日本側は陶磁美術館からつなぎ、ハイブ・アースは画面越しに現場を確認。
3月24日(月)
辻󠄀、テストピース【2】の乾燥後の状況を確認。【1】と同様、層と層の接合が弱く、キラを含んだ版築の強度に不安が生じ始める。
4月11日(金)
プロジェクト名を《瀬戸の版築プロジェクト「凸と凹」 The Rammed Earth Project in Seto “Convex and Concave”》に決定。版築を凸、穴を凹と呼び、その両方を展示物として捉える方針から。新しく5つの「凸」を作る案を提示。
キラの粉砕に想定以上の費用がかかることが判明し、強度も含めキラの使用について再検討することに。
4月18日(金)
クワメと学生スタッフによる制作ワークショップ実施を決める。学生スタッフはアルバイトとして雇用する。村上が概算した制作時間は約230時間、人件費も含め、現案が非現実的であることが明確に。
村上の概算をふまえて、「凸」を3つ(1つはかまど)に変更することを検討。
5月19日(月)
サイズの大きいテストピースをつくるため、辻󠄀が型枠を作成。テストピースのサイズはW300mm×D300mm×H200mm。
5月26日(月)
キラを混ぜたテストピースの強度が思わしくなかったことを受け、キラを使わずに石灰だけを土と混ぜたパターンで、辻󠄀と村上でテストピース【3】を作成。
A. 石灰5%(土6kg+石灰300g)、6層
B. 石灰10%(土6kg+石灰600g)、6層、一番上の層のみセメント5%を混ぜる
テストピース【2】の耐候性を検証するために、Top・Middle・キラの比率が1:1:1でつくったものを屋外に設置する。
石灰量を抑える別案として、「凸」の「側(ガワ)」のみに石灰を混ぜ、内側(アンコ)にキラを混ぜた土を使うパターンを考案(アンコガワと呼ぶことにする)。
会期後に「凸」を解体し「凹」に埋め戻すことを前提とすると、石灰が混ざることで土壌のpHが変わり、植生への悪影響の可能性があるため、現状のpHを測りつつ慎重に検討していくことに。
6月4日(水)
陶磁美術館長の佐藤一信と辻󠄀でミーティング。「凸」を2つにし、「アンコガワ」のアイディアを採用してキラの使用は取りやめ、石灰のみを使うことにする。
当時の辻󠄀コメント:
「作品」を成立させるのであれば、凹に最終的には凸のすべてを埋め戻した方が適切だが、埋め戻すことに固執すると石灰を使えない可能性もあり強度に不安が残る。今回はラーニングの活動としても位置付けられるわけだから、「作品」を成立させるというよりも、プロセス自体を学びの「プロジェクト」として捉えることで、作品をつくる意味の厳密さにこだわりすぎなくても良いのではないだろうか。
土の総量と作業量を考慮してかまども割愛することに決定。テストピース【3】も脱型。テストピース【2】と合わせ、耐候性の確認のため屋外にさらす。
6月9日(月)
辻󠄀、村上、コミュニケーター(ラーニング)の松村淳子でテスト。
テストピース【3】の状態を確認、劣化は目立たず、上に乗っても十分な強度がある。キラを混ぜたテストピースは下側が崩れていた。
「アンコガワ」のテストピース【4】を作成。石灰の割合を変えて3パターン作る。それぞれ5層重ねる。
A. 石灰1%
B. 石灰3%
C. 石灰5%
掘削する場所のpH値を測定。5.8〜6.4のやや酸性。石灰を加えた場合のpH値変化は、1%=7.3、3%=8.4、5%=8.8〜9.2だった。
6月26日(木)
クワメに「アンコガワ」のアイディアを辻󠄀と村上から共有。クワメから「石灰を四隅と一番上の層のみに混ぜれば、石灰の量も減り、角の強度を保ちつつ、土のみの部分と石灰を混ぜた部分との色の違いが出て美しく見えるのではないか」という新しいアイディアが届く。
7月2日(水)
辻󠄀と村上でクワメ考案の「四隅+最上層のみ石灰入り」パターンのテストピース【5】を作成。石灰5%を混ぜる。
7月8日(火)
松村、テストピース【5】を脱型。強度に問題はなさそう。「四隅+最上層のみ石灰入り」のパターンでの制作を決める。
7月11日(金)
制作ワークショップに参加する学生スタッフが決定。総勢17名。
7月18日(金)
「凹」の位置を概ね決める。「凹」を囲む外周部(黄枠部分)に、「凸」の型枠を再利用した座席をつくる想定。
7月22日(火)
「凹」の掘削。晴天。最高気温36度。
辻󠄀の指示で掘削位置を決め、ショベルカーで掘削。縁は職人の手で丁寧にエッジを出す。掘削開始から約4時間で4メートル四方の凹ができた。掘削した土は陶芸館の中庭へ運び、土山が出現した。
「凹」の状態を職人と確認したところ、南側がシルト層(粘土より細かく、砂より粗い層)が多く、縁が崩れる危険性があることがわかる。
土留めの必要性が浮上し、どうするかを検討することに。
一方、外周の座席は無い方が景観としても良いだろうということで、取りやめに。
7月23日(水)
シルト層の土留めの案を検討。階段の案にする。
8月1日(金)
陶磁美術館に、使用する石灰150kgが到着。
8月13日(水)
クワメ、辻󠄀、村上、松村、陶磁美術館陶芸指導員の岩渕寛、佐藤館長、学芸員の澤井祐輝と制作直前打ち合わせをする。
打ち合わせ後、みんなで型枠とテントを設置。突き固める際に型枠がずれないよう構造を検討。水と角材を利用することにし、明日からの制作準備を整える。
8月14日(木)
制作ワークショップ1日目。学生スタッフが毎日メンバーを入れ替えながら6人ずつ参加。 下記の流れで作業をしていく。
- トップとミドルの土をコンクリートミキサーで混ぜる。分量はスコップで計測。植物が混ざっているトップを6杯、ミドルを14杯(合計約60kg)、必要に応じて水を少し入れる。
- 硬さチェック。混ぜた土を手で握ると固まり、上から落としてバラバラと散らばったらOK。
- 1と同じ要領で土を混ぜ、コンクリーミキサー1杯分(約60kg)に対して3kgの石灰を混ぜて、5%の割合で石灰が混ざった土をつくる。
- 型枠の四隅に3の土を入れて、突き固める。
- 4以外の部分に1の土を入れる。突き固めると体積が半分になる。5cmずつ層を積み上げていくイメージで、10cm分土を入れる。
- 突き固める。角と周辺を強く固めることで崩れにくくなる。周辺から固めていき、真ん中へと進めていく。
- 4〜6を繰り返して8層つくる(最上層は全て石灰が混ざった土)。
クワメから、腰を痛めないでうまく力を「タコ」(突き固めるための道具)に伝えられる身体の使い方を教えてもらう。ラーニングチームの他メンバーや事務局からもスタッフが参加。
8月15日(金)
制作ワークショップ2日目。想像以上の暑さに、1時間遅らせてスタート。1日目同様に作業を進めていく。
「凸」の下段が完成。後半は上段の90cm角の「凸」の型枠を設置して制作。
終了間際、1つ目の「凸」が完成。
8月16日(土)
制作ワークショップ3日目。2つ目の「凸」に着手。下段の6層目まで進んだ。
8月18日(月)
制作ワークショップ4日目。1つ目の「凸」の型枠を外す。ねじを外し、ゆっくり型枠をとる。「おお〜〜」という声とともに、全体があらわれ、重ねられた層の美しさに感動。
クワメ、辻󠄀、村上が相談し、90cm角の「凸」を1つ増やすことに。鑑賞の際のアプローチとなるエリアに追加。
2つ目の「凸」の下段が完成、追加した「凸」の3層目まで進む。
8月19日(火)
制作ワークショップ最終日。昨日に引き続き38℃近い猛暑。追加した「凸」と2つ目の上段の「凸」を同時進行。
辻󠄀、村上、岩渕で「凹」の土留めを制作へ。クワメも途中サポートに入る。階段状の土留めを完成させる。見上げた空が神秘的。
19:00に、とうとうすべて完成。片付けをしつつ、感慨に浸る。
8月20日(水)
17:30、クワメ、辻󠄀、村上、松村、岩渕、澤井で2つ目と追加した「凸」の型枠を外す。3つの「凸」があらわになる。不思議な空間が登場した。
12月1日(月)
9:00、辻󠄀、村上で撮影。9:30から凸の解体開始。最初に辻󠄀、村上、岩渕でスコップで崩し始める。職人が操作するユンボで本格的に崩し始める。たった数分で版築が土の山に戻る。トラックに積み、凹へ運搬。5往復。
凹へ土を埋め戻し、ユンボで整地し、完了。
当時の辻󠄀コメント:
解体して埋め戻すのは「想定」していたことだったが、いざ執り行われると、美しくもあり、さみしくもあり、新しくもあり、自分が目指していた「動きとしての建築」の、最もプリミティブな瞬間に立ち会えたと思う。整地された凹の「跡地」は、ただの地面だけど、明らかにただの地面ではない。土が500m動いて突き固められ、壊され、また戻ってきたというただそれだけの経験を土と自分たちが記憶していることで、尊い地面に生まれ変わった。きっとこの地面も歳月を経てまた植物に覆われるだろう。少し植生が変わるかもしれない。土を移動して埋め戻すだけでも、確実に自然に影響を与えている。村上さんは作者不在の、芸術祭自体が作者と言えるプロジェクトだと言っていた。それもそうだと思う。僕はこのプロジェクトの作者は、土なんじゃないかと思った。
文責:
松村淳子(ラーニング コミュニケーター)
辻󠄀琢磨(ラーニング キュレーター)
村上慧(ラーニング チームメンバー)




























































