国際芸術祭「あいち2022」企画概要

STILL ALIVE
今、を生き抜くアートのちから

ポストコロナの時代、いかに日常生活や社会経済活動を回復し、持続可能でより平等な世界を築いていくかは、全世界が直面する喫緊の課題です。2022年はこのパンデミックからの回復期にあたり、コロナが浮き彫りにした現代社会のあり方に対して、環境、政治、経済、文化といったあらゆる領域から新しい提言が求められる時期となるでしょう。見通しの立たない時間のなかで、その現実に向き合い、不確かさのなかから未来を生み出すことは、現代を生きるわれわれ全てに課せられた責務でもあります。

現代美術やパフォーミングアーツといった芸術は、その歴史を振り返っても、常に時代を反映し、真実を追究し、不確かさのなかから新しい価値観を提示してきました。90年代以降、欧米中心の価値観が多方向に分岐し、世界がさらに複雑化した今日では、多様な文化に対する理解や敬意を求める多様性(ダイバーシティ)や包摂性(インクルージョン)がますます重視されています。とりわけパンデミックが明らかにした社会構造の脆弱さはアーティストや芸術機関の活動にも多大な影響を及ぼしていますが、そのなかでも世界のアートコミュニティは差別や格差などの社会問題に対して連帯をもって立ち向かい、持続可能な世界の在り方を追究しています。

国際芸術祭「あいち2022」のテーマ「STILL ALIVE」は、愛知県出身で世界的に評価されるコンセプチュアル・アーティスト河原温が、1970年代以降電報で自身の生存を発信し続けた《I Am Still Alive》シリーズに着想を得ています。「あいち2022」は、この「STILL ALIVE」を多角的に解釈し、過去、現在、未来という時間軸を往来しながら、現代美術の源流を再訪すると同時に、類型化されてきた領域の狭間にも注目します。そして、芸術表現を通して不確かさや未知の世界、多様な価値観、圧倒的な美しさと出会い、そこからいかに理想的で持続可能な未来を共につくりあげられるのかを考える機会となるでしょう。一方、コロナによって国境を跨ぐ活動が制限され、人々の意識は自身の拠って立つ地域へも向けられました。地方都市における芸術祭の特徴のひとつ、地域再発見という観点からは、愛知県の誇る歴史、地場産業、伝統文化などを視野に入れ、現代を起点にそれらをいかに蘇らせられるのかを探究しつつ、同時に世界各地のローカルをいかにグローバルに繋げていくのかという問いにも、クリエイティブに応答していくことになるでしょう。

「STILL ALIVE」を考えるために、以下のビジョンを掲げます。これらは独立して存在するものではなく、優劣の関係にも無く、相互に関連し、ときに相対しながら国際芸術祭「あいち2022」の全体を構成するものです。

過去から未来への時間軸を往来しながら「STILL ALIVE」を考える

100万年後の未来における地球や人間の存続を考える
現代世界を自然の営みや宇宙の法則といった大局的な視点から捉え、100年後、100万年後の未来にも地球が美しく存続し、人類が平和に生きるための意識喚起や提案を重視します。環境問題やサステナビリティへの意識は、「あいち2022」の前身「あいちトリエンナーレ」が、2005年の愛知万博「愛・地球博」のレガシーとして創設された歴史を継承するものでもあります。
過去の多様な物語をいかに現代に蘇らせるのかを考える
地球の歴史、人類の歴史に光を当て、世界各地のローカルな文脈を現代に照らして再考します。愛知県は江戸時代までは尾張と三河という二つの国であり、そこでは戦国時代から安土桃山時代にかけて日本の統一に貢献した三英傑など数々の武将が輩出されています。歴史はしばしば正史とされる物語とそれ以外の多様な物語が、異なる視点から語り継がれるものです。「あいち2022」では世界の多様な物語を現代に蘇らせます。
現代を、この瞬間を、どう生き抜くのかを考える
2020年のパンデミックが引き起こした未曾有の健康危機、コロナ禍によって表面化した人種、ジェンダー、民族的な差異に対する差別や不平等などは、すべての人々の「命の重さ」を改めて考えさせることとなりました。自ら命を絶つ人々、なかでも女性と子供の自殺者数が増えていることも、日本社会が直面する大きな課題のひとつです。「あいち2022」では、「生きること」と芸術制作が強く結びついた力強い表現を通して、困難な時代の「生」について考えます。

現代美術の源流を再訪しつつ、類型化されてきた芸術分野の狭間に光を当てる

コンセプチュアル・アートの源流を再訪する
河原温が《I Am Still Alive》シリーズを始めた1970年代は、作品の視覚的な表現よりもその概念や意味を重視する概念芸術(コンセプチュアル・アート)が花開いた時期です。この考え方は今日なお、世界の現代美術の底流をなしています。愛知県からは河原温、荒川修作など国際的に評価されたコンセプチュアル・アーティストが輩出されていますが、「あいち2022」では世界各地のコンセプチュアル・アートにも光を当てます。
伝統工芸、先住民の芸術表現などを現代芸術の文脈から再考する
愛知県には地場産業、伝統工芸、食文化など固有の文化的伝統があります。海、山、川のある豊かな自然環境によって窯業や繊維業も発展してきました。近代以降、陶芸や染織などは「工芸」として「美術(ファインアート)」とは一線を画すものとされてきましたが、近年では多様な文化圏における近代美術の発展が再考され、工芸と美術を横断する表現、先住民族の芸術表現なども再評価されています。「あいち2022」ではこうした芸術領域を固定概念から解放し、同時代に生きる表現として再考します。
言葉と記号による芸術表現を再考する
河原温は《I Am Still Alive》シリーズの他にも、日付や起床時間など数字や言葉を使った作品を残しています。ソーシャルメディアが発達した現代社会では短い言葉や記号によるコミュニケーションが拡がっていますが、「あいち2022」では文字を使った美術表現やポエトリー(詩)の領域にも注目します。
身体表現や五感でアートを体感する
身体表現や五感で体感する表現などは、生きていることを直接的に実感させるものです。「あいち2022」では、現代美術とパフォーミング・アーツという領域が共存してきたあいちトリエンナーレの歴史を踏襲しつつ、現代美術の文脈で語られてきたパフォーマンス・アートに特に注目します。ここでも個々の領域の枠組みや空間にとらわれず、それぞれが有機的に融合するかたちを模索します。

生きることは学び続けること。未知の世界、多様な価値観、圧倒的な美しさと出会う

ラーニング・プログラムを通じて、体験や感動を未来に継承
初めて出会う現代美術作品は、しばしば難解であると言われますが、それぞれの制作背景やアーティストの生きた時代や文化などのストーリーを学ぶことで、世界の遠い場所に住む人々や世代の異なる人々の感情や意識への共感にも繋がります。「あいち2022」では、さまざまなラーニング・プログラムを通して、作品をより深く理解し、国際芸術祭での体験や感動がみなさんの記憶に刻まれ、その先の人生に活かされる知恵や知識、精神の糧となるよう取り組みます。
美しさに心を動かす
詩人のウィリアム・ワーズワースは、空に虹を眺めるときに踊る心を唱いました。大人になっても、年齢を重ねてもそうでありたい、と。国際芸術祭「あいち2022」もまた、芸術の圧倒的な美しさに感動し、人生のどの一瞬にあっても明日を生きるためのポジティブなエネルギーに繋がる、心躍る出会いや体験の場になることを目指します。
2020年12月
国際芸術祭「あいち2022」芸術監督
片岡真実